01
神父とシスター三人のたった四人で運営している、帝国のスラム街の外れにある古びた教会。そこは、幼いルビーが毎日の大半を過ごす場所だった。
帝国の大神殿は美しい宗教芸術があちこちに点在するが、この教会はごく質素であり、治安が良くない立地にあることからシスターたちも訳ありの者が多い。
しかし、貧しい子供たちに最低限の教育の機会を与え、湯浴みをさせて身を清めさせたり、食い扶持のない者には食事の施しを行うことから、スラムで親にほったらかしにされる子供たちの憩いの場でもあった。その中でも神父は特に学があり、子供たちだけでなく、街の大人からも頼られることのある賢人でもあった。
「もしかしたら、ルビーは魔力が強いのかもしれないね」
ルビーの擦りむいた膝小僧に手をかざしながら、神父は言った。
彼は三十代後半ぐらいの比較的若い神父で、優しいまなざしと、安心感のある穏やかな低い声が、ルビーは好きだった。
神父がかざした手からは柔らかな光が放たれ、ゆっくりと時間をかけて、膝の傷が癒されていく。
「まりょく?」
「僕の神通力が大したことがないからかもしれないけど、他の子よりも効きが悪い。そういう子は、遠くの親戚に始祖の魔女がいるかもしれない」
「悪いことなのですか?」
「いいや、悪くないよ。神通力とは相対する力だから、少しばかり僕の力が効きづらいというだけさ。そうだ、じゃあ今日はこれを勉強しようか」
傍の本棚から取り出した本は、ルビーのような年の少女には少し難しそうな内容だったが、神父が「ルビーならこれも読めるだろう」と高く買ってくれることが嬉しくて、どんな本でも手を出すようになった。
「『赤と青の始祖の魔女、その功績と帝国の繁栄について』」
「赤と青の魔女のお話は、この間絵本で読みました」
「そうだね。それを大人用に書き直したのがこの本だ」
――昔々、二人の少女がいました。二人は思いやりのある、心優しい少女たちでした。人々が不気味だと嫌う魔物たちとも分かり合い、友達になりました。
二人は、森で小さな魔物たちと一緒に遊ぶのが好きでした。
ある日、いつものように森で遊んでいると、魔物の王様が二人を訪ねてきました。
王様は子供たちと友達になってくれたお礼にと、二人に魔物と同じ魔力という力を分けてくれました。
けれど、人間は魔物のように魔力を自由自在に使いこなすことはできません。
王様は言いました。「人間がこの力を使いこなすには難しいだろう。たくさんの苦労があることだろう。それでも使えるようになりたいかね?」。
少女たちはどんなに大変でも、この力を使えるようになることを望みました。それがたくさんの人たちの助けになることを分かっていたからです。
二人は王様を先生に、訓練に励みました。長い年月をかけて多くの努力を積み重ね、ついに魔力を使いこなすための方法、"魔法"を作り出すことに成功しました。
二人は魔物たちと同じ不思議な力で、人々の生活を助け、豊かにし、夢を叶えたのでした。
「そう、この少女二人こそが始祖の魔女。赤のキテラ、青のミーズ」
「この人たちが、私の遠い親戚?」
「絶対そうとは言えないけど、そうかもしれないなってこと。ここに書いてあるだろう。ずーっと昔、二人は魔法が使えることを認められて貴族になった。でも、その子孫たちは徐々に魔力が薄まって、爵位を取り上げられてしまったんだ。それ以降は平民に戻って、僕たちと変わらない生活をしていたようだから、平民の人間に多少魔力が受け継がれていても不思議じゃない。ルビーはその中の一人かもしれないね」
「じゃあ、私も魔法が使えるのでしょうか?」
「うーん、残念ながら、一般人に備わってる多少の魔力程度では、魔法は使えないと言われてるんだ。キテラもミーズも、一族の高い魔力を維持するために苦労したというし、魔法が使えるほどの魔力なんて、一般人の中でちょっと高い程度じゃ、夢のまた夢だろうね」
「……なーんだ」
「ふふ。けれど、魔法は人類にとって毒にも薬にもなった。神の力で生命力を回復させることに特化した神通力と違い、魔法はそれ以外のことならほとんど何でもできた。何かを作り出すことも、誰かを傷つけることも。だから戦争の道具になってしまったこともあったんだ。戦争に勝つことで帝国は栄えたから、魔法の存在を齎した始祖の魔女たちを称賛する本は多い」
「神父様は、魔法が嫌いなのですか?」
「……いいや、そんなことはない。ただ、強すぎる力は人の判断力を狂わせる。抱えているだけで誰かを傷つけるハードルが下がる。それが僕には恐ろしいだけさ」
「神父様ならぜったい、大丈夫です。だって神父様は帝国で一番勉強ができて、優しくて強い人ですから!」
「ふふ、照れてしまうな」
神父はルビーに無邪気に言われ、照れくさそうにはにかんだ。
「ルビーならとても善い魔女になっただろうね。君は賢くてまっすぐだから、きっと始祖の魔女と同じように、魔法を誰かのために、正しく優しく使えるだろう」