9.この狼はメンタルが弱い
「もう良いじゃん。白ちゃん、さっさと私に手を出しちゃいなよ。白ちゃんのしたい事なら、どんな事でも付き合ってあげるよ?」
少し真剣な眼差しで、そう言ってくる愛狗姉。
「……本当に? 【自主規制】とか、【自主規制】とか、【自主規制】とかも?」
俺は真剣な顔をして聞く。……内容によっては考えても良い。
「え……いや、その……そういうガチで引くレベルの行為は流石に……でも、白ちゃんへの恋慕は本物だよ?」
俺が滲み出させた狂気に、若干ドン引き気味なものの、愛狗姉は俺に強く抱きついてくる。
「昔、私が出自の事で精神的に病んでた時に、ずっとこうしてくれたよね」
「ああ。俺としても、義姉が壊れていくのは見るに忍びなかったし」
中学生だった頃の記憶が蘇る。
初めてこうしてあげたのは、確か、衝撃的なカミングアウトから一日経った後だったか……。
「一日中この事を考えて辛い……。なんとかして、白ちゃん」
そんな事を言いながら、涙を流しながら俺の部屋に来た愛狗姉を抱き寄せて、朝まで一緒にいてあげたのは、確か、寒い冬の日。それ以来、一週間に一度か二度、こうして抱き合って、彼女に(家族としての)愛を囁いているうちに、俺も俺で愛狗姉に親愛と情愛が混ざった感情が湧いてしまったので、少し困っている、というのが目下の悩みの一つである。
「あれがどれだけ救いになったか。あの時以来だよ。この子に一生を捧げようって思ったのは」
「こう言ったらアレだけど、重いよ」
「お願い、見捨てる様な事しないでぇ……」
「まーた鬱モードに入っちゃったよ、このお姉ちゃん……」
「私なんて……私なんて……生まれた事が間違いな子なんだぁ……」
昔から、テンションの上下が激しい節はあったが、最近は特に振れ幅が極端になっている気がする。思春期の不安定さと、出自に関するコンプレックスと、俺への恋愛感情が混ざって、この義姉はたまに、ものすごく精神的に弱くなる時期がくる。今がまさにその時だった。
それだけ、俺への依存が高くなっているのかもしれない。
俺はゆっくり彼女を抱き返すと、よしよしと頭を撫でてやる。
「よしよし。愛狗姉はとっても良い娘だ。生きてても良いんだよ。ただ、何というか、愛狗姉はもう少し自己肯定感が欲しい所だなぁ」
「【自主規制】くらいなら頑張ってしてあげるよ。そうすれば愛してくれるんでしょ? 私、頑張るから!」
「……その話は、たちの悪い冗談のつもりだったんだが……」
本当に勘弁して欲しい。多分、今のダラダラとした関係性の状態で、彼女が俺の性癖に付き合ってくれたら、本気でもう後戻りできない所まで一気に行ってしまう自信がある。
俺の性癖が支配欲から湧き出ている事は確実である。『この少女を守りたい』という感情と、『欲望のままにぐっちゃぐちゃに穢したい』という感情が同時に存在している。心が2つある〜ってやつ。我ながら、酷い男だと思う。認めよう。俺は性欲と支配欲が強いのだ。
「血の綺麗さなんて気にするなよ。愛狗姉は、もう吉弔谷家の子なんだから」
「……うん」
ひとまず、落ち着かせつつ、そんな風に愛狗姉を抱いていると、見慣れた顔が俺の目に入った。
「……?」
それは、例の転校生、大邦浜かぐやだった。
彼女は、我々を認めると、少し顔を険しくしつつ、声をかけてきた。
「白兎、不純異性交遊は良くないと思うなぁ」
「これはこれは、転校生殿じゃないか。見苦しい所をお見せしたのは申し訳ない」
「転校生殿、じゃなくてちゃんて名前で呼んで欲しいものだがね」
「失礼。大邦浜さん」
「よろしい」
俺がそう涼しい顔をしながら返答したのに対して、愛狗姉は明らかに警戒の色を強くしながら大邦浜さんを睨みつける。