8.狼は面白くない
「白ちゃん、鼻の下伸ばしてた」
「伸ばしてない。普通に新しいクラスメートと会話しただけじゃないか」
「いーや、あれは確かにあの雌犬の事を異性として意識してた!」
昼休みである。
俺と愛狗姉は学校の屋上で昼食を食べている。屋上は庭園になっていて、昼休みの間は開放されている。俺達以外にも、何組かここにいる連中もいる。
だが、いつもよりは人数は少ない。暑さのせいもあるだろうが、俺と愛狗姉のせいもあるだろう。
「だからこうやって、お詫びに抱き付いて、食事を食べさせ合っているんじゃないか」
「そりゃ、今は幸せだけどさぁ。それで消える程、私の嫉妬心はチョロくないっていうかさ……まだ、百歩譲って、叔母様相手なら良くはないけど許すよ。仲良くしてても。何だかんだいっても、私も昔からあの人には色々良くしてくれた恩もあるしさ。でもさ、ぽっと出の転校生に簡単に心許しちゃダメでしょ」
「別に仲良くしてた自覚はないんだけどな。第一、愛狗姉と俺は恋仲じゃないし……」
「同日生まれの血の繋がらないきょうだいとか、実質夫婦みたいなもんでしょ」
「いや、そうはならんでしょ」
彼女は俺に抱き着いて、口移しで弁当を食べさせながら嫉妬の炎を燃やしている。
俺達からすると、口移しについては両親が日常的にやっている事だから、そこまで違和感は無い。なんならただのスキンシップ位の感覚なんだが、全く知らない人が見たら、明らかにやべー奴らだろう。何となく、距離を置かれるのは仕方ない。
と、いうか自分でやっててなんだが、鳥が雛にご飯与える時のやつみたいだな、これ。
弁当は、今日は愛狗姉が早起きして作ってくれた。そこから今朝のセクハラモーニングコールに繋がったというところか。実に美味そうで、実際に美味しいが、何となく変な後味もする。
「……ところで、なんかこのお弁当、変な感じがするんだが……もしかして、何か入れたか?」
「あ、やっぱり分かる? 隠し味として私の血を少々……」
「鉄分たっぷりな良い隠し味だ。だけど、流石に自傷行為は見逃せん。もう、血を入れるのは止めなさい。愛狗姉が傷つくのは見たくない」
見ると、彼女の指先には絆創膏が巻かれていた。恐らく、そこから絞り出したものだろう。
そう諭す様に言うと、愛狗姉はしぶしぶ顔を縦に振った。
「今度からは直接指を切らずに、経血を入れるよ」
「そうしてくれ。楽しみにしている」
こうやって恋仲になる気もないのに甘やかすから、余計彼女がつけあがるんだとも思うが、俺はこういう性分だから仕方ない。何だかんだでシスコンな所は、母さんの遺伝なのだなと思う。
「それで、話は戻るけどさ。あの転校生。何かえらいくっついてたけど、本当にやましい事は無いんだね?」
「無いよ。ただ、まだ教科書が用意出来なかったらしいから、見せていただけ」
「楽しそうに話してたのは?」
「普通に挨拶の範疇だよ。今後ともよろしくってね」
「……」
愛狗姉は、俺に抱き着きながら、ハイライトの無い瞳で、俺の目をじっと観察している。
「嘘をついてる様には見えない……白ちゃんが嘘を付く時って露骨に目が泳ぐし」
「よく観察してるねぇ」
「そりゃ、最愛の弟だもん。そりゃ分かるよ。この前、エッチな漫画隠し持ってたのを言い訳してた時なんて、友達から預かった、なんて言いながら目が泳ぎまくってたし」
数か月前に起こった事件を回顧する愛狗姉。事件と言っても、いつも通り、俺の部屋のごみ箱を漁りに来た愛狗姉が、たまたま俺が隠していた助兵衛な漫画を発掘したという、しょーもない事件なわけだが。
「ありゃ、愛狗姉にそんなもの見つかったら、何されるか分からなかった恐怖もあったし……」
「ふふ……私はこう見えて寛大だから、二次元のものくらいは許すよ。現に、白ちゃんのコレクションには一冊も手を出して無いし」
「いや、まぁ、それはありがたいけどさ」
「それに、超えっぐい内容の物ばっかりだったから、逆に怒る気が失せたというか……なんなの、何で隠し持っていたエッチな漫画、全部鬼畜監禁〇辱ものなの。お父さんの悪影響?」
「昼間から人の性癖開示するの止めて……」
俺は真顔で言った。いや、マジでこんな話が広まったら俺のイメージダウンは避けられない。ある意味、彼女に特大級の弱点を握られていると言っても良い。
「……流石に、傷が残るくらい痛いのとか、精神崩壊とかは私も嫌だけど、監禁拘束くらいなら付き合ってあげるから、ね?」
「そういう配慮は別にいらなかったかな……」




