7.初対面でここまでグイグイくる奴は珍しい
月並みな自己紹介だが、声は舞台女優もかくやと言わんばかりの美声である。
眼鏡越しに俺の瞳と似た真紅の瞳を輝かせ、長い黒髪をたなびかせて歩く姿は、まさに昔話のかぐや姫を想像させた。
「大邦浜かぐやです。よろしくお願いします」
彼女は、反応が無いのに戸惑ったのか、再度、自己紹介をした。
一呼吸遅れて、男子連中が歓声を上げる。
「凄い美人さんだ……」
「つ、付き合っている人はいますか?!」
「転校して困った事はありますか?! 何か困った事があれば俺が!」
「すげぇ、白兎より美人だ……」
最高に高まる教室内のボルテージ。最後に聞こえた言葉に少しムッとしつつも、俺は笑みを浮かべる。
「ククク……妬ましいが俺より綺麗な女性というのは認めよう。ひとまず、トトカルチョは俺達の勝ちだな」
「なんだよ、美人相手に嫉妬してるのかよ」
「これでも自分の顔面偏差値には自信があるからな」
「白兎。お前、意外とナルシストな所あるよな」
俺がそんな事を鉄鼠と言い合っていると、大邦浜さんと目があった。
俺の真紅の瞳とそっくりな赤い瞳は、彼女自身の落ち着いた雰囲気もあって、知的な印象をもたせた。彼女は俺を認めると、ふっ、と微笑みを浮かべた。
俺に向けたのか? 彼女も俺の容姿に見とれたのか?
ちなみに、彼女のアルカイックスマイルに、クラスの男子連中が軒並みノックアウトされたのは言うまでもない。
「白兎、白兎君や」
「なんだよ」
俺が彼女の笑みに対して営業スマイルを返していると、鉄鼠が声をかけてきた。
「お前さんの姉ちゃん兼恋人、すごい顔してる」
「え……?」
愛狗姉の方を見ると、明らかに不機嫌そうな顔をしながらこちらを眺めている。その瞳に、一切の光は灯っておらず、彼女の殺気を察した一部のクラスメートはいけないものを見てしまったとばかりに、愛狗姉と俺達から目をそらしていた。
「こりゃ、後で色目使ったったとか言われて、しばかれるかもしれん……後でフォローしておこう」
「……白い兎ちゃんも気苦労が多いねぇ」
「美人に生まれた代償ってことさ」
そんな事を言い合っていると、鎌鼬先生が手を叩いた。
「質問は山程あろうが、ホームルームの時間は限られている。交流の時間は後にしよう。まず、大邦浜の席だが……ちょうど、吉弔谷弟の隣が空いているな。そこに座ってくれ」
「はい」
「え、俺の隣?」
俺の席はちょうど、最後列だ。小柄なお陰で板書が見辛くて仕方ないが、ここにきて、この席は新たな問題を運んできた。
隣のちょうど、空いていた席に、転校生殿は座った。それはつまり、俺の隣に美少女が座るという事で、それはつまり、我が家の狼殿の闘争本能が更に刺激されるという事で……。
案の定、愛狗姉の方を見ると、嫉妬心に塗れた瞳と目が合った。あ、あの目はヤバいやつだ。
「改めて、私の名前は大邦浜かぐやだ。……せっかく隣同士になったんだ。仲良くしようじゃないか。吉弔谷白兎君?」
更に、大邦浜さんは俺に気安く話しかけてくる。声は相変わらず可愛らしい。雰囲気的にも柔和かつ知的な印象で、素の口調は結構中性的な印象だ。これはますます愛狗姉の神経が苛立つなぁ……。
……あれ? 俺は彼女と初対面のはずだが、何故、俺の名前を知っているんだろう?
「……ああ。よろしく」
「名前を知っているのが意外だったかい? まぁ、アレだよ、君は学年、いや、この学校でも指折りの美少年っていう事で有名だからね。噂には聞いていたのさ」
「なるほど、噂、ね」
「そう、噂。こう見えて、私は男の趣味は、ゴリゴリにむさくるしい男らしい男より、可愛い系の男子が好きでね。正直、タイプだよ、君は」
なんだ、この子もずいぶんグイグイくるな……。
「そりゃあどうも。……あまり、その気も無いのに、男に粉をかける様な事はしない方が良いぜ? 男っていうのは単純な生き物だから、すーぐ勘違いされるぞ?」
「ご忠告、感謝するよ。まぁ、君の事は割と本気で気に入ってはいるがね」
「好意には感謝するが、悪い事は言わないから、俺を狙っているなら止めた方が良い。色々と厄介な身内がいるからな」
目線だけ動かして愛狗の方を見る。真顔のまま自身の指の爪をかじっている。彼女がイラついた時に、昔からやる癖だった。
「ふふ。まぁ、ゆっくりと仲良くなろうじゃないか、隣人さん」
「ん……ま、よろしく」
「早速だが……まだ教科書を用意出来ていなくてね。机をつけて見せて欲しい」
「……はぁ~」
思わず、溜息をついた。これは……今日は愛狗姉の機嫌取りに終始する事になりそうだ。さもなければ、あの狼が、この娘に何をするか分かったもんじゃない。
話のストックが尽きたので、以後は不定期更新になります。
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