57.催涙スプレー『酒呑童子殺し』 効果:相手は死ぬ
「ところで、白兎。その教団の本拠地なんじゃが……この飛輝鐘市にあるんじゃ」
4人で弁当を食べつつ、翠姉ちゃんが言った。何かを企んでいそうな口調だ。何を企んでいるかは、その悪戯っぽい瞳を見れば分かった。
「……まさか、潜入したいって?」
「流石は儂の可愛い甥っ子。よく分かっておるじゃないか」
そう言って、翠姉ちゃんはスマホの地図アプリを起動させて、見せてきた。目的地を表すピンが立っているのは、飛輝鐘市内。ここ、牢狼池から自転車で1時間程の場所。市街地から少し離れた小高い丘の上にあった。
廃墟になって久しい様子で、航空写真には、一部が崩れた朽ちかけた建物が映っていた。
なんというか、いかにもなカルト教団の施設といった胡散臭い感じの建物ではなく、一見すると、丘の上に建ったお洒落なホテルの様にも見える外見である。
逆にいうと、こんな所で狂った儀式殺人が行われていたという事で、それはそれで恐ろしいものを感じる。
翠姉ちゃんの見せてくれたネットニュースに曰く、中が空洞の鉄製の芋虫の像に拉致してきた被害者を詰め込み、下から火で炙って焼き殺していたらしい。
要はファラリスの牡牛の再現だが、なんとまぁ趣味の悪い話である。……そもそも、常世神って生贄を要求するタイプの神様だったっけ? 伝説では確か、信者の財産を要求する神様だった様な……。その時点でだいぶ冒涜的で不勉強と言わざるをえない。
「大丈夫かな? 廃墟探検なんて、今日はサイクリング用の装備しかないぜ?」
「うん。こういう場所って、よくホームレスが寝床にしてたり、不良がたむろっていたりするし……」
「懐中電灯や、護身用の催涙スプレー、スタンガンくらいは欲しいな。いくら私が電撃魔法が使えるっていっても、あれは発射までに時間がかかる。それに、記録用のビデオカメラとかも」
考えると色々と必要な物が出てくる。
「何か、手がかりが得られるかと思ったんじゃがな……」
「それなら、明日の放課後に行く事にしよう。市内なら、うちの家からの方が近いだろう。それに……」
「それに?」
「正直、昨日のアレと午前中にずっと自転車を漕いでいたから、体力的にキツイ……」
「白兎~。調子に乗りすぎじゃ」
少しバツが悪そうに俺が言うと、翠姉ちゃんは呆れた様な顔をした。
「ま、まぁ。私達も気持ちよかったし……」
「叔母上だって、獣みたいな声でよがりながら腰振ってたじゃん」
「それはそうじゃが……」
翠姉ちゃんは、頬を軽く染めつつ、スマホをスリープモードにした。
「とりあえず今日は帰るかの。廃虚探索は明日の放課後じゃ。吉弔谷家に集まり、そこから出発じゃ。家からは30分ほどじゃろ」
「懐中電灯は家にあるな。記録は……スマホの録画機能で良いだろう」
「スタンガンと催涙スプレーは私が持っている。なんなら、スプレーは今もあるよ」
姫様は鞄から細長いスプレー缶を出した。『酒吞童子殺し』と書かれたそれは、おどろおどろしいデザインで、本当に人どころか鬼さえ撃退できそうだ。
「すごいデザインだな」
「見ての通り、自分で言うのもなんだが、私は可愛いからね。変な奴に変な事されない様に持っているんだ。充填されている刺激成分は、最強クラスの辛さとして有名な唐辛子のキャロライナ・リーパーの約3000倍。我が霊道財閥の防犯部門が開発した試作品だ。市場に出回っている『星熊童子殺し』や『茨木童子殺し』とは文字通り桁が違う。あまりの威力に開発中止にされた曰く付きの品でもある」
「なにその怖すぎるスプレー……なんでそんなものを姫様が?」
「馬鹿親父にねだって貰ったんだよ。私ってかわいいだろう? 昔からちょっかいかけてくる男が多かったからさ。私の貞操はシドのものだっていうのに……流石に私も実際に使った事は無いよ?」
恐らく、日本で一番有名な鬼を殺す程の威力、という事か……。下手すると、それ、相手死ぬんじゃ……。
「というわけで、武器については任せてくれ」
「……一応、『星熊童子殺し』や『茨木童子殺し』も買っておこうか……殺人犯になるのは、まずい」
帰りにホームセンターにでも寄って行こうか。
「というわけで、明日はまたうちに集合って事で」
「廃墟探索か……いよいよTRPGの探索者みたいになってきたね」
愛狗姉は、楽しそうに言った。不安よりも好奇心の方が勝っている様だ。何となく不安もある。
「とはいえ、やばそうならすぐ撤退だ。廃墟とはいえ、そこにいたのは、せこい霊感商法どころじゃなく、殺人もしていたカルトだ。何があってもおかしくない」
「「「はーい」」」
俺達はその後、池を出発し、ホームセンターで防犯用の催涙スプレー『星熊童子殺し』と『茨木童子殺し』を買って我が家へ帰宅した。




