54.第二地点
飛首池。
かつて、捕らえた邪教徒達の首を刎ねたという曰く付きの場所である。先程までいた血魚池から小一時間程自転車を走らせた先に、この池はあった。
周囲に住宅は殆ど無く、周りは田んぼと畑だらけ。時折、農家の家がポツリポツリとあるくらいで、まさに飛輝鐘市の辺境といった趣だ。
その中で、用水路に水を注いでいる池が飛首池だ。結構大きな池で、周りは遊歩道になっている。ちなみに、台風が来ると時折ここの水門を閉めようとして滑落、溺死する農家の人が稀にいる。そういった意味でも曰く付きの土地である。
「ここが曰く付きの場所、その2ってわけ」
自転車から降りた姫様は、池を一望しながら言った。
「ああ。この周りでおよそ200人が斬られた事になっている」
「少し離れた所に、無縁菩薩が立てられているんだけど、そこに死体を埋めたらしいよ。あんまり騒いでると、呪われちゃうかもよ~」
愛狗姉は、手をだらりと下げてお化けのポーズをすると、茶化すように姫様の横で言う。
「ふっ、こちとら元独裁者のお姫様だぞ? 呪いや怨念くらい怖くないさ」
「じゃあ、本当にそうか試してみようか」
「何だい? 肝試しでもするのかい?」
「毎晩、貴女の線アプリに怖い画像や動画を貼り付ける」
「うわぁ、地味な嫌がらせ」
そんな風に仲良さそうに言い合っている2人。やっぱりあの2人、俺が絡まなければ素の相性はいいのでは? いや、昨日致した時、翠姉ちゃんを俺が抱いている間、手持無沙汰になった2人に百合プレイをさせたせいで、その経験が色々と脳を焼いたのかもしれないけど。
まぁ、仲良きことは美しきかな。
「そんな事より白兎、走っていて思ったんじゃが、この辺りは電灯が少ないのう。懐中電灯……出来れば、両手が使える様に、ヘッドライトを用意しておいた方が良いかもしれん」
「ヘッドライトか……。確か、家に防災用のがあったはず。それを使おう」
翠姉ちゃんの気付きに、俺はすぐに対応策を考える。この辺りの目の付け所は流石、最年長である。
「それに、道は見通しが悪い。夜中は運転に注意じゃな」
「うむ……色々と注意する点が思い浮かぶね」
心霊スポットの行き帰りで事故に遭う、なんて話がよくあるが、あれも心霊スポットなんて寂れた所にあるのが多いという事を考えると、実際はオカルトのせいというより、土地勘の無い土地で操作ミスや注意不足で事故る事が多いんだろうと思う。
「出来れば、血魚池で済むなら、それで済ませたいが……」
「そこら辺はNSクロスロードの機嫌次第だろうねぇ……本当だ、常世神を祀っていた邪教衆をここで処したって書いてある」
姫様はこの池の縁起が書かれた立て看板を眺めながらそう言った。……あまり楽観的な考えはしない方がいいだろうな。
「心なしか、ここらには橘の木が多いね……これも常世神信仰のなごりかな」
そして、姫様は今度は池の周辺に植えられた木々を見つつそんな事を言う。
「『「常世の国」は、海の彼方にある、不老不死の世界のことである。大国主命の国造りを助けたスクナヒコナ命や、浦島子(浦島太郎)が行ったのが常世の国といわれる。この常世の国には、「時じくの香の木の実」という、不老不死の仙薬になる木の実が生えており、『記紀』では「橘」のこととされる。橘は常緑樹で、雪や霜にも負けずに繁茂し、その実も保存の利く植物であるために、常世の木と同一視されるに到った。橘に発生する「虫」が常世神とされたのも、これに関連づけられている[2]。』らしいのぅ。まぁ、関連があるのは事実なんじゃろうな」
「Wikipediaからの引用ありがとう。改ざんやソース不明の怪情報があったりするから、あんまりWikipediaを参考にするのは良くないが……翠姉ちゃん、レポートや卒論に使っちゃダメだからね?」
スマホを操作し、Wikipediaの中の一節を読み上げた翠姉ちゃんに、俺はその危険を警告しつつ、姫様の方を見た。確かに池の周りに植えられているのは橘が多い。
「死んでいった人たちへの、せめてもの鎮魂って感じかなぁ」
愛狗姉もそう言って、木を一瞥した。すると彼女は何かに気付いた様だ。
「ん?」
「どうしたの?」
「根元に何か書いてある」
彼女はしゃがんで木の下にあった小さな木片を指差した。俺は釣られる様に、その木片に目を通す。
「……植樹、『斬首教団』?!」
思わず驚いた声を上げた。今朝、話題になっていたカルトの名をここで聞くとは。
「ほほう……何々……ここで散っていった偉大なる殉教者たちに献ぐ……か」
「何か、妙な話になって来たねぇ」
翠姉ちゃんと愛狗姉に同調する様に、俺もうなずいた。
「10年前に壊滅したカルトが、わざわざ調べなければ分からない悲惨な歴史をもつ池の周囲に邪教徒達の鎮魂を目的に橘の木を植えた。何か両者の間に関係がある可能性が高い。か……」
本当に妙な事になってきた。困惑する俺達を煽る様に、山の方から一匹の揚羽蝶が飛んできた。
何で急に話に常世神が絡んできたかって? 少し前に東方の某ソシャゲで引いた常世神に作者が脳を焼かれてるからだよ。




