暖炉と呼ばれて
夏に就職先が決まった、学生の田中君が私に対し、小腰をかがめ両手をかざしている。お客さんの行列を見ながら私は、ため息を吐いた。
店内放送と年末のざわめきが飽和した夕方の、郊外の大型スーパーのレジは大忙しで、視界に入る田中君に声をかける暇は無い。教育・指導係として最善をつくす努力はしてきたつもりだけど、これ以上どうしたらいいのか私には分からない。
店長には何度も「彼の教育は私には務まりません」と言って、教育の困難さの実例を話しながら思わず泣いた事もある。四十八年生きている中で、人前で泣いたのは高校生の時以来だった。更年期なのもあるかもしれないけど、いろいろと自信を無くして辛かった。
私の子供のような年齢の田中君に対し、カッとなって厳しい言葉をかけた事もあったと思う。そのたびに自己嫌悪になり、晩酌の量や体重が増えた時期もあった。体形が変化する事で、好きだった服やメイクが似合わないように感じて、自尊心が傷ついた。それでも、支えてくれる仲間がいるから、今こうしていつも通り元気に働いていられる。ほんとうに、ありがたい事だと思う。
考え事をしながらでも体が勝手に動いて仕事をしてくれるにのは我ながら驚く。
ふと気が付けば行列が無くなった、売り場の通路を眺めてつかの間の達成感をゆっくり味わっていたその時だった。
「前田さん、寒くないでしょう」
隣のレジの田中君が、またしても私に手をかざしている。
「寒くないよ、むしろ暑いわ」
私は呆れつつ、田中君の顔を正面から見ようと、体の向きを変えた。あんたいったい、何考えてんのさ……
「やっぱそうですよね。前田さんって暖炉みたいに熱を発してますよね」
病み上がりの目で力なく笑う田中君を見た私は、隣のレジまで行き
「なんじゃそりゃ。風邪は治ったんか」
そう言って、田中君の肩をバシッと叩き、ハハ! と笑ったのであった。
年末を意識して、季節感がある題材や内容のものを書けたらなあと思って、お話を作りました。じっさい、作者は小説を書いている場合ではない状況といいますか、試験や就職活動を控えていて、このお話に出てくる人たちのようなのんびりした心境ではぜんぜん無いのですが。
ということで(?)、みなさま良いお年を。