獣は何を思う。
『人狼、私です。茨木童子』
茨木童子は獣の、ジンの心に干渉していた。
『・・・茨木童子様?』
『そうです、目を覚ましてください』
『僕は確か、閻魔様に封印されているはずです・・・なぜ茨木童子様が?』
『やっぱり覚えてないのですね。貴方は封印を弟に解かれて獣の姿になって暴れ回っているのです』
『・・・ロウが、帰ってきた?』
『そうですよ、弟が帰ってきたのです。さぁ、早く目を覚まして地上侵略を諦めてください』
『ロウが、帰ってきた。やっぱり、僕がいなきゃだめなんだよ、ロウは』
『・・・あの人狼には、娘がいます』
『・・・え?』
『地上の人間との間に産まれた子です』
『なんで、なんで、僕のロウなのに、どうして?ロウは、僕がいないとだめでしょ?ロウは、僕がいないと何もできない子でしょ?』
『・・・弟が貴方を必要としているのではなく、貴方が弟を必要としているのでしょう?』
『僕ら2人は家族なんだ、ロウは僕を必要としてるはずだよ、人間との間に子供?ロウは人間に穢されたんだ、やっぱり地上を滅ぼさなきゃ』
『貴方の弟は地上で幸せを手に入れてきたのですよ?』
『は?何言ってるの?ロウは人間に脅されたに違いないよ、ロウには僕がいなきゃ。そうだ、その子供も殺さなきゃね』
『正気に戻ってください、貴方の弟はそれを望むのですか?いいえ、私は違うと思います。あの人狼が貴方の封印を解こうと思ったのは、地上を滅ぼしてほしいのではく、貴方を含めて3人で暮らしたかったのだと思いますよ』
『うるさいうるさいうるさい、黙れ。茨木童子様にロウの考えなんてわかるわけないですよ。僕が、僕だけがロウの理解者なんだ。』
『・・・いい加減、目を覚ましてください。貴方の弟はもう、立派な父親になったのです。もう、あの人狼は独りじゃない。これから幸せな人生を歩もうとしているのです。家族なら、兄なら、それを応援するべきでしょう!!!』
『黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ』
『どうやら貴方は、地上侵略を止める気はないようですね』
『当たり前ですよ、ロウの為に殺さなきゃ。大丈夫だからね、ロウ、僕が守ってあげる』
『無駄な抵抗はしない方がいいですよ、こちらには四天王。そしてもうそろ閻魔様が到着します。貴方の弟も来ますよ。弟に本心を聞いてから地上侵略するか考えた方がいいと私は思いますけど。まぁ、侵略を続けるというなら我々が止めますが』
『そうだねぇ、ロウの口から聞きたいね、人間を皆殺しにしてほしいってその言葉を。泣きじゃくりながら僕に助けを求める姿』
『・・・はぁ、じゃあとりあえず貴方の意識も戻ったことですし、弟と話し合うことにもなったようなので一旦抵抗はやめてくれるんですよね?』
『ええ、弟の言葉を聞くまでは地上侵略を中断しましょう。僕は約束は破らないですよ』
『・・・ではまたあとで』
「・・・ん」
「茨木童子、戻ってきたか。ジンはどうだ?」
人狼の心の中から戻ってきたようだ。目を開けると酒呑童子様と金熊童子、星熊童子がいた。そして、その向こうには大きな獣が倒れ込んでいた。
見た目に反して弟への愛が凄まじい兄。
きっと、父親が亡くなってからおかしくなってしまったのだろう。
「とりあえず、弟の言葉を聞いてあげることになりました。いざとなったら私たちで取り押さえましょう」
倒れ込んだ獣に向かって茨木童子は手を伸ばし、中指と人差し指をクロスして呪文を唱えた。
「解ッ」
するとたちまち大きな獣がどんどん小さくなっていき、やが元の形を取り戻した。
「さて、そろそろ閻魔様が到着するでしょう。念の為、今のうちにこの人狼の腕を縄で縛っておきます」
「ああ、茨木童子頼んだ」
「・・・ん」
「目を覚ましたか」
僕が目を開けると、そこには閻魔様が立っていた。そして、その後ろには僕の最愛の弟。
「ロウ、帰ってきたんだね」
僕は笑顔でそう言った。
優しい頼れる兄を演じるんだ。なんともない風に。
「・・・兄さん、ただいま」
「うん、おかえり」
本当は抱きしめてあげたいところだけど、どうやら縄で縛られてるみたいだ。
「ロウ、地上はどうだった?」
さぁ、ロウ。素直に怖かったって言ってごらん。大丈夫、兄ちゃんが乗り込んであげるからね。
「兄さん、地上はね・・・」
不安そうな弟の言葉を待つ。
「・・・地上は、楽しかったよ」
「・・・ロウ、本当のことを言ってみ」
「兄さん、地上は自然があって、光がよく当たる場所で、仲良くできる妖怪が住んでた。あと、俺、優しい人間との間で子供ができた」
え?ロウ???
「・・・なぁ、ロウ?嘘だよな?」
「全部本当だよ。だからさ、兄さん。地上を滅ぼさないでほしい。兄さんにとっては嫌な世界かもしれない。でも、俺にとっては大切な人がいた大切な場所なんだ。兄さんの封印を解きに来たのは、俺と兄さんと娘の3人で暮らしたいと思ったからなんだ」
ロウの目には苦痛なんてなくて、真っ直ぐこっちを見て楽しそうな目をしていた。
「そっかぁ・・・」
ロウの願望の中にしっかり僕が入っていることが嬉しくて嬉しくて。本当は嫌なのに、地上を滅ぼしたくてしょうがないのにそんなことできなくなってくる。ねぇ父さん、父さんの仇は取れなさそうだよ。ごめんなさい、ごめんなさい。
勝手に涙が出てきた。弟の前で情けない。
「兄さん、泣かないで・・・地上は確かに父さんを傷つけた。でもね、良い奴もいたんだよ。妖怪も人間も変わらない。俺だって父さんを傷つけた人間は許せないよ。でも、父さんは地上を滅ぼしてほしいとは思ってないと思う」
「なんでそう思うんだよ」
「父さん俺に言ったんだ。『この先父さんがいなくなったときに、お前はジンを支えてやれ。あいつは優しすぎて誰かの為に動こうとする。そんなことはしないで自分の幸せの為に動いてほしいんだ』って。兄さんは父さんと俺の為に地上を滅ぼそうって考えてる。でもさ、それをして兄さんは幸せ?俺には今の兄さんが辛そうに見える」
「───ッ」
「兄さん、本当はどうしたい?」
僕は、僕は、地上を滅ぼして・・・・・。
そのあとどうしたいのか何も浮かばない。
本当はどうしたい。僕は。
────僕はロウとずっと、バカ騒ぎがしたい。前みたいに。
「・・・うぅ、僕、僕はッ」
急に涙が出てきた。
封印されている間、ずっと痛かった、怖かった、苦しかった。地上への復讐の想いと共に夢をみていた。みんなで幸せに暮らす夢。なぁ、ロウ、父さん、僕なんかが幸せになっていいの?普通に暮らしたいっていうちっぽけな夢を叶えていいの?
「兄さん。もう一度聞くよ、兄さんはどうしたい?俺は兄さんと娘と3人で暮らしたい」
「ぼ、くはッ」
嗚咽混じりに必死に答える。
「僕はッ・・・ロウたちと、い゛、一緒に・・・暮ら゛したいよ・・・」
「じゃあ、地上なんて滅ぼさないで。地上を滅ぼしたら兄さんはそのまま地獄に落とされてしまう」
「うぅ゛・・・ごめん、ごめん゛・・・兄ちゃんが、わ゛る゛かった・・・」
涙が止まらない。情けない姿を見られた。
なのに、なんでかな、ロウったらさ、僕を抱きしめてくれる。許してくれる。
「閻魔様、四天王の皆様。兄は地上を滅ぼさない。害のある妖怪じゃない。だから、どうか、もう解放してください」
ロウは、僕から離れて土下座しながらそう言った。
閻魔様はゆっくりと頷いた。
「・・・いいだろう。はぁ・・・全く、なぁんでこの地下世界の妖怪共はすぐ問題を起こすのやら、全く騒がしい連中だ・・・少しは地上を見習ってくれ」
それだけ言って閻魔様は消えていった。
─数ヶ月後─
ふぅ、今日の仕事も終わったことだ。地下世界の方を覗くか。
我は水晶玉に呪文を唱えて地下世界を監視した。
あの日、あのあとジンはロウの娘の沙那に出会った。沙那は少し人見知りをしたが、ジンはそれに構わずかわいいかわいいと言って抱きついたりした。きっともう弟に泣き顔を見られたからどう見られてもいいとか思ったのだろう。ロウは少しびっくりしていたが。まぁとにかく、沙那はジンに可愛がってもらってる。
ふむ、今日もジンは沙那を連れ回しておるな。さて、ロウは・・・ああ、渚丸たちがまた喧嘩したのか。あいつから懲りないなぁこりゃ血の池地獄かなぁ。
えっとぉ火車の火廻は・・・鼠の死体を漁ってる・・・めっちゃニコニコしてるな。
髑髏の助は・・・歯が一本消えて大捜索始まってるな・・・。
土蜘蛛女、なんだっけ、ああ、絡芽だ。こいつは・・・地下界のスナックのママだな・・・相変わらず大繁盛。
あー、あと四天王の監視もしなきゃ。
酒呑童子は一昨日も昨日も今日も酒飲み、宴会。今日も呑み比べか。全く。
茨木童子は精神統一中か。酒呑童子の仕事もやったりしてあいつが一番苦労人だな。
金熊童子と星熊童子は、うむ。しっかり犯罪やら喧嘩やら起きてないか見回りしてるな。
「失礼します、閻魔様。おや、どこの監視中ですか?」
「地下世界の妖怪たちの監視だ」
「そうですか。こちらの書類、明日の死者達のデータです」
「ああ、ありがとうな」
地下世界、今日も妖怪たちが騒がしくて迷惑だ。
初めましての方もそうでない方もまずは、ご愛読ありがとうございます。
妖怪が好きなので今回は妖怪の話を書いてみました!ここ最近で一番書いてて楽しかったかもしれませんw
本当はギャグ路線でいこうと考えてたんですが、私にギャグ路線は無理だと思ったので、自分の好きなやり方でやらせていただきました。個人的にお気に入りのキャラクターは茨木童子です。片腕の無い鬼で、厨二心を擽られる妖怪ですw
物語はこれで終ってしまいますが、私の中では登場人物たちは歳を重ねていっています。ジンは老死しますし、ロウは老いぼれになって沙那はロウの跡を継いで門番になりますし、あの地上の河童にはたくさんの子供ができて魚を地下世界に落としてくれたり。助さんは沙那の死後にどんどん弱っていって歯もいずれ揃わなくなったり。
終わっても、続きは皆さんの中で作ってみてください。二次創作なんか作ってくれたら喜びますw是非Twitterなどに載せてくれたら速攻見に行きますw
ではそろそろ、また次の作品でお会いしましょう!