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第四話 王魔戦争 2


「わざわざ、魔女である確認がいるの?」


「ええ。まあ一応ネ、王魔戦争以来、新しい国際条約が締結されテ、一般人には魔女の所在地を教えることができなくなったデス」


 淡々と答えるのは受付担当のエンシュ人。もちろん、評議会の中央議事堂の中である。


「急いでるわけじゃあないけど、他の方法はないわけ?」


「そデスネ。例えバ、何かしらの事件の調査のためとカ、魔女と会うことガ犯罪に関わることに結びつかないと確定すれバ問題ないデスヨ。情報要求側モ魔女なら問題ないということは例外措置のヒトツなだけデ」


 ずいぶんとややこしい事態になっているようだ。


 事の発端は、もちろん王魔戦争である。


 そもそも、王魔戦争の始まりは、オルトゥーラの王の名のもと、世界各地の魔女がとある方法で洗脳され、各地で破壊活動を始めたのがきっかけだった。


 ある魔女は所属国を抜け出してオルトゥーラ軍に属し、またある魔女は国の要人をさらったり、また別の魔女はあちこちの街道を封鎖したりなど、様々な破壊・妨害を始めた。そして、オルトゥーラの王は世界に向けてこう宣言した。


〝この界域に住むすべての者よ、オルトゥーラに仕えよ。さすれば永劫の幸福を、背けば塵になる義務を与えよう〟


 方法は不明だが、魔女にのみかかる洗脳魔法を用いて、次々に魔女を配下にしていくという方法によって他国の軍事力を奪い、自国のものにしていったのだから、魔女を召し抱えていた国にとってこれほどの恐怖はない。


 魔女に対抗できうる軍事力を持っている国がわずかしか存在しないことも問題の一つだった。当時はまだ錬金術も未熟で、ようやく魔霊素の理が解明され始めた程度。まだまだ軍事転用できるほどの成果は上がっておらず、かといって精霊魔法は戦場の環境に強く左右されることが多かったため、いざという時にこそ役に立たない場面が多かった。それに比べ、魔女はその体内に『守り子』と呼ばれる神の使いを宿し、そこから常人には扱えない量と純度を持つ魔霊素の供給を受け、ほぼ限界のない術式展開による魔法の実行を繰り出し、敵兵らを塵に変えてゆく火力を持っていた。


 この事態に対抗できたのは、世界三大魔女と後に呼ばれるようになる三人の魔女と、錬金術の研究所を持ち、どの国よりも進んだ錬成術を修めていたナチュ・ナラル。そして、魔霊素を素にして使われる魔法の効果を受けにくいという特殊な外皮(という毛のかわりの鱗)を持つ種族『有鱗族』が多く住むセマンデル大陸はヒビーロロ共和国の二国だけだった。


 ただ、終戦後も結果として魔女がどうやって洗脳されたのか、が誰にもわからなかった。あらゆる錬金術による魔霊素の伝達を研究しても、界域を超えて精霊たちとその根源を調べても、最終的な結論としては『不明』で終わってしまったのだ。


 こうなると、いつ何時にまた同じようなことが起こるとも限らない。というのが「魔女の所在を一般人に公開することができない」理由だそうだ。


「面倒ね…… 魔女なら、問題ないわけね?」


 深く呼吸をしてからゆっくりと顔の仮面に手をかけ、右半分の頬を露出させる。久しぶりに両方の瑠璃色の瞳があらわになる。


「あ、ハイ。ありがとうゴザイマス。魔女の〝シルシ〟を拝見しましたので…… えー」


 パラパラと書類をめくる音が聞こえてくる。おそらくは登録魔女のリストでも見ているのだろう。しかし、ある情報を読み終わったとき、受付のエンシュ人の顔色がみるみる青くなっていった。


「しゅ、終焉守しゅうえんのかみ、でしたカ! ししし失礼いたしましタ!」


 仮面を戻し、もう一度ゆっくり呼吸をする。


(こうなるから、あまりみせたくなかったんだけど)


 そんなやり取りをしていると、突然大きな音が地面を伝って響いてきた。


「素界域に魔霊素の残留を確認しました。近場で何者かが中クラスの魔法を使ったと思われます」


 パルティナが淡々と状況を報告する。そのすぐ後、仮面のないほうの目につけたモノクルから緊急事態を示す警報が発せられた。


「……マズいわ。チャイクロの〝偽飾〟が剥がされたみたい」


「では、チャイクロ殿に誰かが魔法を?」


 パルティナの言葉を待たず、エンリは中央議事堂を駆け足で外に出る。既に、ある方向から大勢の人が走ってきたのでおおよその騒ぎの方角は分かる。


 目を閉じて、意識を今いる現界域から魔法を使う時に干渉する界域〝素界域〟に接続する。一瞬視界がホワイトノイズまみれになった後、唐突に青い光で満たされる。次いで、魔法を発動したと思われる場所が、赤色の煙で覆われた状態で瞳に映し出される。


 一瞬、違和感。


(魔女、かしら。普通の人が使う魔法の魔霊素消費の量じゃないわね)


 魔霊素の収束過程が一般の魔法使いが使う動きと違い、爆発的に増えた魔霊素がそのまま魔法の素として消費されている。守り子を通して魔霊素を引きだして使う、魔女が用いる魔法の使用後に酷似している。しかし、王魔戦争以来魔女がこんな街中で魔法を使うなど、聞いたことがない。例外があるとしたら、最近話題の反社会テロ組織か。


「まあ、近くで見ればわかるんじゃない?」


 後ろからパルティナが追ってきたのを耳で確認すると、目を開いてその方向へと向かった。




     *   *   *




 背格好は、どちらかというとログレスよりは低い。


 短く刈り上げられた美しい銀髪に、白い肌の所々には小さな銀色の、鱗。


「…有鱗族にこんなところで出会えるとは。しかも……」


「チャイクロ!」


 チャイクロの名前を叫びながら、広場にエンリと一呼吸おいてパルティナが走ってきた。パルティナはうずくまるログレスを見つけて駆け寄り、エンリはチャイクロへ向かって走り出していた。


「何のためにこんなことを!」


 エンリが叫ぶ。ローブの男に駆け寄りながら腰のバッグから杖を取り出し、髪留めの一つを叩く。そこからまるで太陽のようにまぶしい光を放つモノが飛び出し、ローブの男へ飛びかかる。


「ヒューッ! 情熱的な呼び出しじゃねーか!」


 飛び出したのは炎の精霊〝ピランミラ〟だ。出現の勢いのまま、ピランミラはローブの男へ殴りかかる。が、僅かな距離でその拳は空を切った。


「ピランミラ、あいつを〝滅して〟!」


 エンリは、まるで演奏会の指揮者のような杖使いでローブの男を指し示す。


「いいのかい? フーッ! 久しぶりの召喚よびだしでそこまで切羽詰まったとあっちゃあ、『俺も働かないとな!』」


 言葉が終わるあたりで、ピランミラの両腕が天を仰いだ姿勢で消失する。が、僅かな時間で再び出現する。 ……燃え盛る炎の精霊の体の輝きよりも、さらに強く輝く塊を持って。


「ほらよっ! 腹の外から直接放り込んでやるぜ! ハーッ!」


 あまりの熱気からか、周囲が歪んで見えるその光の塊は、一直線にローブの男へ投げつけられた。一瞬ローブの男は何か魔法を唱えようとしたようだが、反応が遅れたのかそれを両手の平で受け止めるべく前へ差し出した。


 しかし、光の玉は男に衝突すると同時にするすると光の玉は吸い込まれてしまった。


「これはこれは。許容量が一瞬でいっぱいになってしまった」


「吸っちまった……? 結構な魔霊素を含んでたはずだぜ? 人間なんかが吸収したら魔霊素の過剰摂取でヒトの形を保てなくなるはずなんだが、ハッ!」


「多分、人間じゃあないんでしょう。やっぱり」


 エンリは、目の前のローブの男の正体を少なからず察した。ここ最近の反社会的テロ事件や、自分が旅行に出たことをきっかけとするなら、ある理由から線がつながる。


「ログレス! チャイクロ!」


 思考をめぐらせていると、宿のあるほうの道からクリエラが飛び出してきた。恐らく帰りが遅い二人を迎えに行くために外に出たら妙に騒がしかったため、ここまで出てきたのだろう。


「あの娘も連れか? ちょうどいい。お返しをしなければ」


 ローブの男は、自分のローブの裾を持ち、大きくはためかせた。すると、そこから先ほど取り込んだ光の玉がクリエラめがけて飛び出した。


「危ない、クリエラ!」


 チャイクロが駆けだす。しかし光の玉の速度はそれよりはるかに早かった。


 弾ける、轟音。


「うそ…… でしょ」チャイクロは茫然と立ち尽くす。


「クリエ…… ラ?」ログレスもそちらを見たまま動かなくなってしまう。


 エンリは、無言で杖を振るう。杖の先からは、まるで空中に文字を書くような、流れる動作で光の帯が中空に描かれ、完成するたびに少しエンリから離れては新しい光の帯に繋がる。強力な精霊を呼び出すための、予備動作だ。


「おっと、それは困る」


 しかし、その動きが完成する前に、ローブの男は、自身の上着をローブごと脱ぎ捨てる。


 地面にそのローブが落ちたとき、男そのものもその場から消えていた。


「やはり、鏡人形ドッペルゲンガー!」


 急いで動きを中断して、クリエラがいたほうを振り向く。


 そこには。


「……なんです、今の。かなり驚いたんですけど」


 いつも通り、人差し指をくるくる回すクリエラが、かなり不満げな表情で立っていた。


「どうした、なにがあった!」


 すっかり人が引いた広場に、ようやく警備兵がやってきた。


「ああっ、怪我人がいるぞ! こっちだ!」


 駆けつけた警備兵にログレスが引っ張られていくのを、クリエラとチャイクロは追いかけ、エンリ達は遠巻きに見ていた。そんなエンリ達に近づく人影があった。


「これはこれは、どこかで見た覚えのある魔女さまじゃあないか。 ……もしかして、この騒ぎもあなたが? なかなか派手にやってくれたようで」


「こっちは全然そんなつもりじゃなかったけど、相手がちょっと賑やかな方が好きだったみたい。騒がしくしたなら謝るわ…… 〝疾駆の魔女〟様」


 〝疾駆の魔女〟と呼ばれた女性は警備兵にあれこれと指示を出している。どうやらこの町の警備兵を束ねる隊長の立場にあるらしい。警備兵はみな明るい赤系統の布素材を元にした服装をしていて、彼女も同系統の服装をしている。ただ、他の兵と見間違えないように大きな帽子をかぶっている。赤い、三角の鍔広帽だ。


「随分な呼び方じゃあないか。エンリ姉さま(・・・・・・)


「……覚えてるんじゃない」


「さ、姉さまが騒ぎの扇動者じゃない、っていうんなら、……やっぱりそこに落ちてるローブの中身が原因かな?」


「やっぱりあれは」エンリが先ほどの男の事を聞こうとすると、疾駆の魔女はそれを制し「まあ、詳しいこととは駐屯所で聞きましょう」

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