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第二話 天然王子の思い付き 2


 広間の一部の壁には覗き窓があり、外側の小部屋から中の様子を確認できるようになっている。


 その一つに、エル王子とクリエラが中の様子を伺っていた。


「なるほど。ふーん……」


 王子は腕組みをしながら、一人でうんうん、と何かに納得しているようだ。


世界渡航許可証ワールドパスほしさにルピルナ様を助けたわけではないけど、それが結果的にあの魔女様の障害をひとつクリアした、ということでしょうけど」


 魔女であるルピルナを助けたのも、また魔女だった。


「あの戦争で魔女の絶対数が減ってるとは聞いていたんですけど、まさかこんな近くにまた別の魔女を見ることができるなんて、なかなかない体験だと思いますけど」


「……世界渡航許可証ワールドパスが必要っていうことは、結構あちこちの国に行くってことだよな?」


 独り言なのか、クリエラに質問しているのか、視線が定まらない目でエル王子は誰ともなく問いかける。


「そう考えていいと思います。そもそも目的地があるようにも聞こえませんでしたけど」


 壁の向こう側は話がひと段落したのか、料理が運ばれてきたのが匂いで分かる。


「お、食べながら生き先の話になったぞ…… まずは、アンゼン?」


「アインゼンですね、東北東のハーバン大陸にある港町で、パキシリアから出る船便に乗ってからの最初の寄港場所ですけど」


 クリエラは、指をくるくる回しながら些細な間違いを指摘する。


「次が、キケンクーイキ? に乗るとか」


「また船に乗るんでしょうか、少し遠いですがここよりさらに西にあるセマンデル大陸にキカンクスという港町があったはずですけど」


「次はツツキさんという人に会いに行くみたいだぞ?」


「それはツツキ山脈でしょう。霊峰と言われる山脈です。アンサヴァス教団の総本山でもありますけど」


「これは分かる、オルトゥーラ!」


「……そこはもう人が住んでいないはずですけど」


「最後? はナップラ?」


 ここで初めてクリエラの補足が止まる。


「知らないのか? この地名は」


「そう、ですね。おそらく小さな集落なのではないでしょうか。思い当たる地名や町の名前にはなさそうですけど」


 広間の会話も一通り話が進んだようで、皆食べることに注力し始めたようだ。


「さ、私たちもこれ以上遅くならないうちに夕食にしたいのですけど」


 もう少し、とわがままを言う王子を、クリエラはがっしと王子の腰を抱えてずるずると引きずりながら部屋を後にした。




     *   *   *




 エル王子ことエルステラスは、食事を終えた後自室に戻り、ベッドの上で林の中にある大岩にしていたように、仰向けに横たわっていた。


 ひどく表情のない顔を天井に向け、先ほどクリエラと話していた世界の地名を思い出していた。


(自分は、何も知らない)


 広間ではまだエンリ達が父王たちと共に昔話や旅行先の聞き出しなどで賑やかなようで、いつもなら静かなはずの部屋の外が、いまだに誰かの小走りの音が近づいては離れていく。


(世界は広い)


 ルピルナが城にいたころ、彼女から様々な話を聞いた。色々な特徴を持った自分以外の種族がいて、昔に戦争があって、おいしい食べ物がたくさんあって、もちろん口に合わない食べ物もあって、海があって、山があって……


 その時まで、エルステラスの世界はこの城の中だけだった。


 昼間、同じようなことを考えていたことを思い出す。


 祖父であるサングレシアは、ルピルナが来るより前、クリエラが傍仕そばづかえとして仕える前、よくおとぎ話を聞かせてくれた。


 世界が混沌に覆われたときに、各地に生まれた混沌を治めにまわった英雄の話だ。


 時には山へ行き、邪竜を討ち。


 時には海を越え、悪政の主をたしなめ。


 またある時には、悲しむ少年の涙をぬぐった。


 おとぎ話はおとぎ話。そう思っていたが、ルピルナの話や祖父達の話を聞いてからは、おとぎ話はむしろ事実が元となったのではないか、と強く感じるようになった。


 悲しむ少年はいるのか。よくないまつりごとをしている国はあるのか。邪竜は今だ存在するのか。自分たち以外の種族がどれだけいるのか。他の大陸ではどんな動物が生息しているのか……


 そんな色々なことを考えているうちに、エルステラスの思考は深い深い闇の深淵に引きずり込まれていった。




     *   *   *





 翌朝、道すがらとるつもりだった朝食をサングレシア達と共にしたエンリ一行は、出立の準備を終えて城のエントランスを後にするところだった。


「すまんな、孫のエルステラスにも会ってもらいたかったんだが、今朝は誰も姿を見ていないんだと」


 サングレシアは心底申し訳なさそうに謝罪する。エンリにとっては別にそれが目的ではないので別段気には留めていないようだった。


「ふふっ、いいの。昨日は楽しかったし、あのイタズラのおかげで昔を思い出したし。……昔と言えば、あの時もそうだったわね」


 エンリはサングレシアの方を見ながら続ける。


「〝英雄ログレス〟の誕生…… 懐かしいわ」


「英雄ログレス? ああ、よく父がしてくれたおとぎ話ですね」


 二人のやりとりに、サングレシアの顔色が一瞬で青ざめる。


「あ、おいエンリ! 今その話は……」


「確か、あの当時は世界渡航許可証ワールドパスをもらいにここまできて、色々話をして発行してもらったはいいものの、出発の時になった途端、今みたいに王子様が城から消えちゃったんですもの。その後、私がパキシリアに着くと、どこからともなく謎の英雄が……」


「やめろ! もう昔の話だ!」


 サングレシアの顔がどんどん深刻な表情になっていく。


「え? もしかして事実が元になっているんですか? てっきりモデルはあるものの作り話だと」


 なぜ昨日の話で出なかったのか不思議なくらい、この魔女は古くからこの国と縁があるのだとアスガルナスは感心した。とそこへ、昨日も食事を運んでいた老齢のメイドがアスガルナスに耳打ちする。


「……ふむ、そうか、ありがとう」そこまで聞くとエンリ達に振り返り、「どうやら普段、エルステラスの身の周りの世話をしている若い傍仕えもいないらしいです。二人が一緒ならそこまで危険ではないでしょうが、このタイミングで何を考えているやら……」


 だが、サングレシアもエンリも「やはり」という表情から変わらない。古くから知っている仲だからなのか、お互いの思考が読めるのだろう。


「まー、なんだ、エンリ。何かあったら頼む。帰ってきたら、また話を聞かせてくれ!」


 エンリは苦笑いを返しながら、パルティナ達と一緒に馬車に乗りこんだ。


「さて…… 父上には少しお話を聞かせていただきましょうか。久しぶりにログレスのおとぎ話についてなど、いかがでしょうか?」


 サングレシアは、今更ながら広間でのイタズラを後悔する羽目になった。




     *   *   *





 実は、パキシリアからネオントラムの城まで、自動馬車でほぼ一日かかる。


 もちろん帰りであるネオントラムからパキシリアへは同じ日数で行ける、と思いきや、実はパキシリアは高台にあるため、馬車で向かうには逆に時間がかかる。下りは時間をかけて進まないと馬車では事故に会いやすいからだ。


 とはいえ、馬車の御者は人工生命体であるため休む必要がなく、エンリ達さえ問題なければ走りっぱなしでパキシリアへと向かうことができる。


 そんな最中。


 あと数時間でパキシリアに到着という夕方の山道で、パルティナの顔色が曇る。


「エンリ様、この先の街道で何かを感じます」


「何か、っていうと?」


 パルティナはその違和感の正体をどう表現していいか考えあぐねているようだ。その様子を、エンリはどちらかと言うとほほえましく眺めている。


「良くないこと、でしょうか。狩りというか、金属の打ちつけあいや叫び声のようなものを感知できます」


「そうね、恐らく少人数の誰かが大人数の誰かに襲われているわ。そんな噂もあったし」


 エンリはそう言うと、御者に声をかけて、その喧騒の正体付近まで進むよう指示し、その手前で止めてもらうようにまで伝えると、自分は馬車の後方に捕まり立ちし、前方を確認する。


 まだ肉眼では見えないが、近づくにつれ森に囲まれた街道のほぼ真ん中に二人の人影。その周りを複数人の人影が物々しい獲物を持って襲撃している様子が見えてくる。


 ほどなくして、これ以上は危険だと判断したのか御者が馬車を止める。それに伴い、パルティナとチャイクロが出てきた。


「多分、ここの街道を襲撃の縄張りにしている山賊に捕まったのかも。 ……左右の木に何人かまだ潜んでそうね」


 エンリは左目のモノクルを少しいじり「パルティナ、左側に二人。チャイクロ、右側ちょっと高いところだけど一人、お願い」


 それを聞くと、パルティナは頭の装飾具アクセサリーを外して高く投げ上げる。次いでチャイクロは静かに小道の草むらに入ると、その姿を捕らえられない速度で木を登り、見つけたであろう人影へ枝伝いで向かっていく。


 パルティナによって投げられた装飾具アクセサリーは空中で形を変えてその場に留まり、偵察使い魔よろしく樹上の襲撃者を探し出す。見つけ出すまでにそう時間はかからず、パルティナは発見した襲撃者へ向け、自身の髪を数本束ねて引き抜き、投げナイフのように投げつけた。


 見事命中すると同時に、チャイクロも獲物を捕らえたようで、三つの落下音がほぼ同時に響くころ、エンリは少し早足で中央の二人のもとへ向かっていた。


「なっ、これ以上近づくんじゃあねえ!」


 左右の仲間(と思われる人影)が落下したことで動揺しているのか、一番近くにいた襲撃者は近づいてきたエンリを精一杯威嚇する。


 ここまで来るとよく見えるが、中央の二人組はまだ幼い少年少女だ。だが、少年はとても楽しそうで、少女は逆に表情がない。そのせいか、なぜか襲われている雰囲気を感じない。


「お前もあいつらの仲間か? くそっ、今日はツイてない!」


 そのセリフに驚いたのか、襲われていた少女がエンリ達の方を向く。その隙をついて、別の襲撃者はよそ見をした少女に向かって剣を振り下ろそうと襲い掛かる。


「あらあら、弱い者いじめはダメじゃない?」


 エンリは周囲の精霊を使役するため、杖の先の水晶を軽く撫で、杖ごと周囲の空気に晒すように二、三回くるくると回す。たちまちその動きに興味を示した風の精霊が、杖の動きに合わせて風を起こす。その風の先は少女を襲わんとしていた襲撃者へと吹き飛び、そのまま勢いは止まらず街道を外れて森にまで吹き飛ばす。


「おお、助かる!」


 少年のものと思われる声がすると、その人物のシルエットが一瞬消える。直後、うめき声が上がると、少年の左右にいた襲撃者が苦悶の表情を浮かべながら街道と熱い口づけをかわす。これで襲撃者はあと二人になった。


「さあ、どうする? もう逃げたほうが良いのではないか?」


 よく見ると、少年の足元にはさらに三人分くらいの人がうずくまっている。かなりの大立ち回りを披露したようだ。


「くそ、退くぞ! これ以上は割に合わん!」


 とは言うものの、無事なのは叫んだ襲撃者ともう一人しかおらず、気絶で済んだ者たちは気絶から回復するまでの間に、エンリ達によってきれいに拘束されてしまった。


「さて…… 危ないところ、助けていただき感謝する!」


 少年は、いささか演技ぶった口調でエンリに謝辞を述べる。


「実は修行のために城…… いや村を出たはいいが、もう少しで港町につくという所で妙な悪漢どもに襲われ、いや実に危ないところだった!」


 実際少年の体には無数の傷ができている。どれも紙一重で躱したようで大事には至ってないが、あの状態が続いていれば、潜んでいた連中もいることだったのでどう転んでいたかはわからない。


「ご無事で何よりです」


 パルティナがアクセサリーを頭に戻しつつ、少年を観察する。



「ぜひ、助けていただいた礼がしたいのだが……」そう言いながら少年はエンリをジロジロと無遠慮に物色して「もしかして、旅の途中ではあるまいか?」


「ああ…… 今から船に乗ってハーバン大陸へ行く予定だが」


「ちょうどよい! ぜひ我らを用心棒としてお供させてはくれまいか? そなたたちの力量に我らが加われば、旅の安全は保障されたも同然、ぜひ一考願いたい!」


 どちらかというと、少年たちの方に利がある申し出ではある。が、そんなことを一切気にせず、


「我が名は…… ログレス! いずれ世界を冒険しつくす者だ!」


「クリエラと申します。ログレス様を主として仕えるものですけど」


 少し長い金髪を頭の後ろにまとめた少年と、長い黒髪を三つ編みにしてまとめた少女は、それぞれ自己紹介をする。


「え、エンリよ。こっちはパルティナ。この子はチャイクロ」


 エンリもつられて自己紹介をするが、言葉の端々が落ち着かない。その様子をパルティナがのぞき込むと、どうやら笑いをこらえているようなのがわかった。


「どうされたのですか、エンリ様」


「い、や…… 過去に同じようなことがあって、思い出し笑いというか……」


 くっくっ、と若者二人を見ては笑い、見ては笑いを何度かすると、ようやく笑いが収まったようで、


「いいわよ。連れていってあげる。その代わり、用心棒としてしっかり働いてもらうからね」


 エンリの許可に、少年用心棒ログレスは満面の笑みを浮かべる。逆に、さっきからずっとではあるがクリエラという少女はほとんど表情を変えない。


「まったく、血は争えない、ってところかしらね」


 かくして、エンリ達五名はパキシリアにて世界渡航許可証ワールドパスを五名分(なぜか発行希望者の欄が無記載だったのでログレス達も)発行してもらい、翌日のハーバン大陸行の定期船に乗船したのであった。

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