エピローグ 魔女の親友にさよならを
「まだ仕事ですか? 明日も早いはずですけど」
クリエラは、夫であるエルステラスが机から離れずに何かを書いている姿を見て、心配そうに声をかける。
月は既に峠を越えて、虫の声が大合奏を繰り広げていた。
「いや、今は会社の仕事ではない。趣味と言うか、少しな。やりたいことをやっておる」
言われてみれば、今日の仕事は打ち合わせばかりで書き物の作業はなかったことをクリエラは思い出した。
「では、何をなさってるんですか?」
「物語だ」
「……亡きお爺様の思いを継いで?」
「いや、ログレス冒険譚の本を書いているわけでは…… まあ、登場しないわけではないのだが」
エルステラスはペンを置き、机の引き出しからかつて祖父が書いた本を取り出した。
「城を出てリンカ殿らと世界を巡った経験を元に旅行会社を立ち上げた。今となっては平和になった世界の国々を安全に行き来できるということは、間違いなく素晴らしいことだ」
祖父の本を数ページめくる。もう、この本からはつらい思い出を感じない。
「だが、かつてその裏で消えてしまった本当の歴史や、真に世界に立ち向かった人がいたことを、このままにするのはもったいない。かと言って、吾輩に何かできることはないか、何かできるのではないか? そう思ったときに、爺様の本の事を思いだしたのだ」
誇らしげに祖父の本を眺める夫を、クリエラはどこか愛おしく感じ、思わず笑顔がこぼれた。
「これは、『物語』という形で伝えよう! かつて爺様が、自身の事をログレスと言う少年に見立てて吾輩に語ったように、一人の魔女が世界を救った話を、吾輩も世界中に届けたい! そう思ったら…… ペンを執っておったのだ」
「なら、もうタイトルは決まってるのですか? ぜひ聞きたいんですけど」
「いや、それが意外とよいものが浮かばぬのだ」
「それなら――」
終
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