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第十二話 最後の雫 2

 ものすごい速度で落下してきた()()は、大きな声をあげながらエンリの正面に割って入り、ローヴェルの腕に向かって両腕を掲げた。


 すると、衝突の瞬間に水分が蒸発するような激しい反応音が響き、ローヴェルの腕が黒い霧へと解けるように掻き消えてしまった。


「ウ、グァ…… 誰だ!」


 消えた腕の傷口には霧散した魔素が急速に集まり、再び腕を形成する。


「……ログレス!?」


 ログレスは、猛烈な落下速度をまるでなかったかのように静かに減速、着地する。


「待たせた、エンリ殿! 遅くなって済まぬ!」


「い、一体どうやって?」


「儂らじゃよ」


 シェンク達が見上げると、そこにはコリットとドーミネン、そしてクリエラがこちらに向かってきているのが見えた。


「まったく、四天の武具を過信しおって…… まあ、間にあったからよしとするか」


「それより師匠、あやつは何なのだ! もしかしてあれが、例のオルトゥーラの王か?」


 ログレスはローヴェルを指さし、コリットに詰め寄る。


「そうじゃ。おこがましくも世界の国々をオルトゥーラに服従せしめんと戦争を始めた張本人。五十年前に肉体を失っても死ななんだ故、仕方なく現界域と素界域、覚界域が混じるこの『深淵の祭壇』に封印し、完全に滅する機会を伺っておった。……のだが、まったく二人とも先走りおって」


「エンリ様、お怪我は?」


「大丈夫、ログレスがあいつの腕を防いでくれたから」


 クリエラ、ドーミネンも到着する。その様子を見て、シェンクがため息をつく。


「ルピルナめ、まったく使えない魔女を弟子にしたもんだ。あとで説教だな」


「そう攻めてやるな。こうして我らがここに集えたのは、ひとえに彼女のおかげよ」


 ドーミネンは優しい笑顔でシェンクを諭す。シェンクの表情としては、納得したのか微妙な顔ではあるが。


「何人来ようが、余に逆らうのは神に逆らうも同義ぞ?」


 黒い肉塊は、侮蔑を込めた声でログレスを批判する。


「神だろうが何だろうが、関係ない! 友を傷つけられて、平気でいられるものか!」


 ログレスのいつも通りの口上に、肉塊は侮蔑を込めた笑みをこぼす。


「馬鹿か! 魔女が一人いなくなるくらい、よくあることだ、何故諦めない!?」


「我は、諦めるくらいなら望まぬ! 諦めきれぬから、今の我がある!」


 ログレスは腰の剣を抜き、ローヴェルに向ける。


「……愚かな。エンリの言う通り、家に帰っておれば命も落とさず済んだかもしれぬというのに、わざわざ死にに来たようなものぞ」


「手が届く場所で、友が助けを求めておるのだ。手を伸ばすことの、何が愚かなものか!」


 上段に構えた剣に仄かな光が宿る。ログレスの魔霊素が剣に宿っている証拠だ。


「成長したじゃろう? この場所でまともな活動ができるほどに信念こころを鍛えてやったんじゃ。儂に感謝せいよ?」


 コリットがエンリの近くまで来て、エンリを起こす。そして、杖を振って光を杖にまとわせると、それに腰かけ全員から距離をとる。


「さて、儂は補助に回らせてもらうぞ。いつものように(・・・・・・・)な」


 空いた両手でくるくると周囲の空気をかき混ぜる。その両手にはコリットの魔霊素が絡みついており、空気と界域と魔霊素が絶妙の配合で混ぜ合わされていく。


なんじがひとみにうつせしせかいよわれとともとせよ(イズキキョウ)!」


 唱えられた魔法が祭壇全体を包み込むように淡い緑の光が広がってゆく。その光を浴びたシェンク達の体に浸透していく。


「究極の共有魔法、ですね。視界や魔霊素などが欠乏しそうな人へ自動で供給されたり、背後をとられにくくなる、敵に回すと怖いですけど」


「むむ、話には聞いていたが、体力が溢れてくるような感じか……?」


 事前に聞かされていたクリエラは、自身が精霊使いということもあってさほど驚くことはなかったが、ログレスは、今まで感じたことのない魔女の持つ魔霊素の圧力を直に感じて少々戸惑っているようだ。


「儂以外が使うと、普通の人間と魔女を区別することなしに色々共有してしまうからな。二つ名〝千里眼〟は伊達ではないぞ」


「でェは、次は私の番ですねェ」


 ドーミネンは、小さな声でぶつぶつと呟くと、小さな精霊を無数に召喚し、周囲を走らせ始めた。


「精霊に、素界域結界を展開させたェ。少し窮屈になるかもしれんが、これで精神体の漏出は抑えられる」


 精霊たちは、ドーミネン達を中心とした球状の魔法陣のような軌跡で周囲を囲み始める。それは、球より外にある魔素や黒い霧が、そこから内部に入り込めなくなる効果があるようで、まるで透明な壁ができたような効果があるようだ。


「あるじ様、今のうちに」


 パルティナはエンリの正面に立ち、両手を合わせて指を絡める。


「今までのご恩に報いれるよう、力を尽くします」


「……うん、お願いするわ」


 パルティナの体全体が、エンリの両手に収束し、輝く金属の塊に変化していく。絡められた指から、まるで先ほどまでそこにあったかのような、美しい杖が握られていた。


「無駄だ。既に精神体は安定している。少し遅かったようだな」


 だが、既にある程度の三身生成を終えたローヴェルにとっては、遅すぎる展開であるようだった。よく見ると、皮膚のようなものも形成されつつある。


「逆なんよ、ローヴェル王。あなたを逃がさないため。我々はあくまでェ彼女のサポートをするためにここに来たんだェ」


 ドーミネンも、コリットと同じように一歩離れた位置まで下がる。


「戦わず、静観か? なら、遊び相手を融通してやろう」


 そう言うとローヴェルは両脇に手をかざす。するとそこから黒いもやが生み出され、奇妙な音が鳴り始めた。


「な、何事だ!」


 驚くログレスの声をよそに、もやから見たことのある獣が飛び出してきた。


「ポ、ポラポア? と、あの時の暴走魔女!?」


 そこから生み出されたのは、深古ふかしえの獣ロンガリッタとポラポアの原種、ハーノゥムであった。


 それぞれがコリットとドーミネンに襲い掛かるが、それよりも早くクリエラとログレスが反応した。


「一度見た相手に、後れを取るわけにはいきませんけど!」


 クリエラは、背中に背負っていたものを鷲掴みにして、巻き付けてある布を無造作に外して投げ捨てる。その中からは先日使っていた天穿ちの矛が、美しい刀身をきらめかせていた。


「ファーーーーー!」


 精霊シャロザと共に握られた剣が閃き、ロンガリッタは素界域ごと断ち切られるも、片方の腕が切り落とされるまでに留まる。


「浅かった? しっかり踏み込んだはずですけど!」


「落ち着けクリエラ。ここはお前たちがいた空間とは少し違う」


「……すみません、頭に血が上っていたようです。けど」


 クリエラは距離を取ってこちらを見ているロンガリッタをにらみつけ、


「……次は、きっちり決めますけど」


 と、矛を構え直した。


 一方、コリットに襲い掛かったハーノゥムは、何度かポラポアに乗ったログレスがその経験を活かして無理やり背中に乗り、剣を突き立ててとどめを刺したところだった。


「なるほど。魔女らと行動を共にした経験か。人間もなかなかやるではないか」


「お前のように、人間をやめた人間が言うと説得力が違うな」


 ローヴェルの褒め言葉に、シェンクが挑発をかける。


「人間はおろかな生き物よ。かつて存在した深古の存在こそ、この世界に生きるにふさわしい存在だった。翼を持ち、鱗を持ち、毛を生やした生き物が現れ始めて、何かが壊れ始めた」


 ローヴェルは、再びもやを創りだし、新たな獣を呼び出す。


 それは、ケルメードにもあった石像の元になった獣、ロシャカダだった。


「そもそも、数で圧倒されるのも不愉快だ。少しばかり整える必要があるな」


 次いで、両腕を頭の上へ掲げ、大きく振りかぶって手を叩いた。


 ただそれだけの動作であったにもかかわらず、まるでそこを中心にとてつもない衝撃波が発生し、ローヴェルを中心に空間が瞬間的に膨張した。


「あ、はぐっ!」


 この衝撃は、コリットとドーミネンにとって想定外の行動だったようで、二人が作り上げた結界と共有魔法が一時的に遮断されてしまった。


「素界、域に……」


「見よ。研鑽を忘れた魔女ほど、もろいものはない」


 その隙に、ローヴェルはさらに魔素を吸い込みながら、ロシャカダをコリット達に差し向けた。


「師匠!」


 共有を失って、さらに衝撃によって体制を崩したログレスは、それでもコリットのもとへ駆けだそうと、体を起こす。


 ロシャカダはまるで空中を泳ぐようにコリットへ近づき、掴みかかろうとする。


りんとすみたるきばをもちてとどろくがごとくながれうて(リガーグル)!」


 そこへ、シェンクの魔法がさく裂し、ロシャカダの半身が吹き飛んだ。


「何やってる! ここは敵の真っただ中だぞ! 平和ボケしてるなら帰れ!」


 ところが、その残ったロシャカダの半身は吹き飛んだ先のエンリを視野に入れると、そのままエンリへと向かった。


「っ! しまった!」


 エンリとの距離が詰まり、今にも腕がかかるかといったその時。


 ロシャカダは、白い*何か*に文字通り喰われて、消えてしまった。


「……遅いぞ! チャイクロ殿!」


 ログレスがチャイクロと呼んだそれは、真っ白な体毛に包まれた四肢の獣で、背中からは同じく白い羽毛で彩られた翼が二対。エンリは、その姿に見覚えがあった。


「……フィファルナ」


「リーリ! 帰ろう。一緒に!」


 チャイクロは、まるで叫ぶような声でエンリに問いかけた。


「僕は、リーリといっしょがいい! みんなといっしょがいい! 今決めなくちゃいけないなら、いっしょに帰る!」


 ひとしきり叫んだあと、周囲を見回してローヴェルを見つけると、今度は低い、決意を込めた声で叫んだ。


「だから、用事を早く終わらせて、家に帰ろう」


 エンリは、深く、強く息を吸いこんだ。


「……みんなに教えられる、ってこういうことかもしれない」


 仮面を取り、腰の鞄にしまう。そして、首飾りを外して、天解きの杖にあるくぼみにはめ込む。


 首飾りは、あつらえたかのように、綺麗に収まる。


「……エンリ殿?」


 ログレスは、仮面の外れた顔を見る。


 そこには、彼女が魔女である証〝シルシ〟が右の頬に大きく刻まれていた。


「私はリンカ。リンカ・イントネート。愚かにも世界に終焉をもたらした魔女」


 リンカは杖を掲げ、己の魔霊素と杖に込めた、多くの魔女の魔霊素を混ぜ始める。


「無駄だ! 世界はオルトゥーラに屈するのだ!」


 ローヴェルはさらに力を込める。周囲に軽い破裂音が何度か響くと、人の頭くらいの火球が、無数に出現する。


「魔法? 圧縮言語の展開はなかったはずですけど!」


「神を守り子に持つあの男に、もはや魔法を使うための言葉は必要ないのじゃ」


 コリットの言葉に、クリエラは絶句する。


「神を守り子? ローヴェル王は女性なのですか? どう見ても男性のような気がしますけど」


「そう。男で、守り子を持ってる。いや、無理やり守り子を宿らせたのさ。ミシュウをそそのかして、とんでもないものを守り子として呼び出した」


 コリットは、忌々しいものを見る目でローヴェルを見ながら、クリエラの質問に答える。


「サヴァス神…… この世の二柱のうちの一柱をその魂に結わえ付けた。最悪の魔飼まがい者さね」


「神様を? では、私たちは今まで神様と闘っていた、と? さすがにそれは信じられないんですけど……」


「正直、実際にサヴァス神と闘ったことはないけど、恐らくは魔女と戦うのと大差ないとは思うの。極端な力の差を感じないし。ただ、魔女との大きな違いは魔法の行使に圧縮言語すら省略して魔法を使うのが厄介なのよ」


 火球はローヴェルの周りをぐるぐると周り、周囲の魔素を吸収しながらさらに大きく成長する。


「消えよ!」


 号令と共にリンカへ向かって火球が空を駆ける。しかし、その直前にログレスがリンカの前にいたチャイクロの隣へ飛び込む。


「ログレス!」


 クリエラの叫び空しく、半分はチャイクロが、半分はログレスが火球の餌食となる。


 しかし、本人たちすら多少の怪我を覚悟で受けたその体は、意外にも軽い怪我で済んでいた。


「……腕の防具のおかげか?」


 だが、圧倒的な熱量は今でも近くで感じる。どこか怪我をしていないか見回していると、すぐ正面に見覚えるのあるものが視界に入った。


「ピラン、ミラ……?」


 それは、エンリが呼び出したことのある炎の精霊・ピランミラであった。


「精霊を盾に味方を守った、ということか? だが、契約精霊が負う傷は、術者にも返還されるはずだ」


 それを聞いたログレスは、リンカへ振り返る。


 だが、リンカは未だ集中している姿のまま、微動だにしない。


「リンカ殿? ……!」


 よく見ると、杖の先端から緑色の光が、まるで意思を持った粘液のように垂れ、足元へと滴るのが見えた。しかし、足元にはその雫が溜まった様子がない。


「な、なんなのだこれは……」


「ログレス少年」


 後ろから名前を呼ばれたログレスは、再び正面へ向き直る。どうやら、ピランミラがログレスを呼んだようだった。


「短い間だったが、なかなか刺激的な旅行だったと思わないか?」


 背後から、雫が垂れる音。その音が響いたとき、足元に光の波紋が広がる。


 その波紋が、遠い位置にいるクリエラ達のいるところで波紋が留まり、人の形を取りながら何かが現れた。


「あ、あれ、ヴァノーシャ!」


 チャイクロが現れたものの名前を呼ぶ。ログレスの記憶が正しいなら、水の精霊だ。


 そこで、再び緑色の光が周囲を包み始める。ドーミネンが結界を展開しなおし始めたのだろう。


「魔女が精霊に頼るとは、脆弱な人間の極みよ」


 ローヴェルは相手が襲い掛かってくることはないと判断したのか、再び周りの魔素を取り込み、集中し始めた。


 周囲に新たな黒いもやが現れローヴェルを包んだと思うと、その上から白い布のようなものがローヴェルに被さり、ふっと足元へ落ちると、そこから黒いもやの体を持ち、白い布…… ローブをまとった姿を持った人のようなものがローヴェルの前に立つ。


「ぬ、あやつはいつぞやのローブの男!」


 と、そこで異変が起こった。


 最初に異変に気が付いたのは、コリットであった。


「リンカ……? 何をしておる?」


 ローブの男たちがすぐにでも魔法を展開してくると考えて構えていたコリットは、いつまでも動かないことを不審に思い、千里眼の力で魔素の流れを観察を始めた。


 周囲の魔素は、動いてはいない。動いている干渉元は、リンカが杖から滴らせている滴から、覚界域を干渉しつつ召喚される精霊のみ……


「何故、素界域の存在である精霊を、覚界域を経由して召喚している!?」


 三度みたび、雫が垂れる。


 リンカの足元を中心に波紋が広がり、ローヴェルを挟んだ反対側に波紋が集まってゆく。


 三体目の精霊、風のザークイングが姿を現した。


 それに伴い、今度はローヴェルが動きを止める。


「……リンカ、何をした」


 ローヴェルのうめきに、リンカは答えない。


「ドーミネン、どうなっておる!? あんな精霊召喚聞いたことがない!」


「いえ、別に珍しい召喚方法ではないのです。『覚醒召喚』という技術で、精霊を一段階上位の存在として召喚方法なのです。ただ……」


「ただ?」


「『この場所』で覚醒召喚は相当な魔霊素が必要になるはず…… しかも、あの様子だと四体は覚醒させるつもりでしょう。そんな魔霊素、彼女の何処に」


 そこまで言って、コリットとドーミネンはあることに気が付いた。


「よせ、リンカ! ここでお主が集めた魔霊素を使いきるつもりか!」


 リンカはそれに言葉で答えず、笑顔を返す。


「でも、相手は動きを止めています、何か仕掛けるなら今が絶好の機会と思いますけど」


「逆なの、クリエラ。今のリンカに加勢できる魔女はいないェ。彼女がしようとしているのは……」


 リンカの杖から、四つ目の雫が垂れる。


 三つ目までと同じ軌跡で波紋が広がり、四体目の精霊、ストペタックがローヴェルを挟んだヴァノーシャの反対側に姿を現した。


葬廻そうかいの儀式。魔女の魂から守り子を強制的に切り離す魔法じゃ。本来は精霊を呼ぶ必要もなければ、魔霊素を使う必要もない。効果も、せいぜい魔女が暴走せずに死ねる、くらいのものでしかない」


 コリットの、杖を持つ手に汗がにじむ。この儀式の行方が何を示すのかを、コリットは感じていた。


「恐らく、本来はリンカは自分にこの儀式を用いるつもりだったんだろうねェ。でなければ、各地で集めた魔女の魔霊素を、想定外のはずのこの機会に使うはずはない」


 ドーミネンも、コリットと同じ考えに行きついたようだ。


 しかし、リンカは高らかに言葉を紡ぎ始める。朗々と、高々に。


永久とわの軌跡、終焉の兆し。悠久の時の流れに終わりはなく、ただ彼方から此方へ向かうことわりの如し。汝の歪な理を正しく有らんとするならば、かの者はあるべき場所、あるべき存在、あるべき姿へ還さんと、我はこいねがう者なり」


 リンカの言葉が精霊たちに届き、精霊たちがその言葉を復唱する。波紋によって定着した界域の境界が、中央のローヴェルの空間だけ、別の界域へと繋がる不可視の門が創造される。


「あるべき場所とは、人はうつつ、神はたましい、精霊はさとりである。あるべき存在とは、人は生、神は永遠、精霊は輪廻である。あるべき姿とは、人は死、神は不変、精霊は循環である」


 一言一言に魔素を乗せ、一文一文に魔霊素を込め、一呼吸一呼吸に命を通わせる。


 それらの響きの一つ一つが各界域へ干渉し、歪な存在へと成り下がったローヴェルを元の存在へと矯正してゆく。


「はぐぁっ! ……なんだ、これは!」


 ローヴェルに今まで感じたことのない不快感と脱力感が体を襲う。


 肉体を失った時ですら、むしろ解放されたような感覚であったというのに、今は肉体がないことが逆に精神を不安定にさせている。


「それらに属しながら理を外れしものの魂よ。我が声を聞きたもうたならば、汝の生まれし界域へ帰れ。汝の始まりし存在に帰れ。汝の有りし姿に帰れ!」


 リンカは杖を大きく振りかざし、ローヴェルに向かって杖を指し示す。


 杖の先が、一層明るく輝きだした。


 それと同時に、ローヴェル自身が同じような輝きを放ち始めた。


「こ、これは! 貴様あぁぁ! 何をしたぁぁ!」


 ローヴェルは悶える。失われて久しい自身の肉体から、何かが出ようとしているのを必死に食い止めようともがく。しかし、そんな努力もむなしく。どす黒い液体が質量を無視して、ローヴェルの口から、体から、手から、押し出されるように湧き出てくる。


「ああ! ああぁぁ! ああああぁぁ!」


 現れた黒い液体は、そのまますっぽりとローヴェルを包む。


「……見事だ」


 シェンクは、小さく呟く。


 球体となった黒い液体は、中身ごと徐々に質量を減少させていく。どんどん、どんどんと小さくなり、最後には、目に見えなくなるほどの小ささになり、消えてしまった。


「……勝った、のか?」


 ログレスがつぶやくと、背後の方で何かが割れる音が響いた。それも、四回。


「今までありがとう。みんな」


 リンカが、誰ともなく礼を言う。その言葉にログレスがリンカへ振り向くと、彼女が付けていた髪飾りの宝石が砕けていた。正面の二つがないということは、後ろの二つも砕けているのだろう。合計、四個だ。


「見事な覚醒召喚だった。俺たちが巡りゆく先で会えたなら、その時はまた末席にでも加えてくれ」


 ピランミラの体が、少しずつ塵になり消えていく。他の精霊たちも、同じように体が崩壊を始めていた。


「な、何事だ? 精霊が、塵に……?」


「魔霊素を触媒に召喚された精霊は、現界域にて肉体を持った状態で召喚される。それを覚醒召喚と言うんだ。そして、その体の中にある魔霊素を用いて魔法を使うと、肉体を失い、それに伴って精霊は死を迎える」


 ピランミラは、ログレスに自身に起こっている現象を冷静に説明する。


「死ぬ…… お主、自分が何を言っているのか、分かっているのか?」


「もちろん。俺たちはこのときのために、エンリと契約したんだ」


 笑顔でピランミラはリンカを見る。


「契約、いや、約束だな。ちゃんと果たせたか?」


「……わからない。けど、後悔はないわ」


「ならいい」


「……ありがとう、みんな」


 ピランミラが消え、ヴァノーシャが消え、ザークイングが消え、そしてストペタックがその場から消えていった。


「さあ、帰りましょう」


 そこで、リンカの記憶はぷつりと切れた。

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