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第九話 深古の都 3

「多分、あれはフィファルナ様が天穿ちの矛に残した魔霊素が、最後の力を振り絞ってエンリを助けたんだと思う」


 エンリを来客用のベッドに乗せ、一息ついたセランゼールが、クリエラ達にあの奇跡についての考察を語った。


 そこへ、パルティナが淹れたてのズッケ茶を持ってやってきた。


「ご心配をおかけしました。皆様も一息入れてください」


 全員にズッケ茶を振る舞い、自身もテーブルに着く。


「確かにあれだけの魔法を扱えるなら、ナラルの練習場で我に魔法を使わなかったのも分かる。あの威力では怪我では済まぬからな」


 ログレスは、先ほどの戦闘と以前の『鬼ごっこ』の時の違いを冷静に思い返していた。


「あれほどの威力だったなんて、流石に驚きました。けどあれから、天穿ちの矛もただの金属の塊のように重くなって、さすがにフィファルナ様にお返ししたんですけど」


「ああ。あの矛は別名『界域断ち』って言われてて、相手を切るんじゃあなくて相手の『存在している空間』を切るんだ。だから、相手がどんな存在なのか、っていうのはあまり関係がない、って昔フィファルナ様が言ってた」


「なるほど、それであの矛を使うことが思いついたのだな! ってことは、この具足も何かしら別の能力を持っているやも知れぬのう」


 ログレスは自身が身に着けている四天の武具をまじまじと見つめる。


「そういや、あんた達はエンリと今までどういう旅をしてきたんだ?」


「それは、まずはわが祖父の話からせねばならんのではないか?」


「ああ、それはいいわ。大体知ってるから」


 そう言うと、ログレスは「お互いがどこまで知っているか、どこまでが真実か答え合わせをしようではないか」と言って、二人の聞きかじり旅話が始まった。


 祖父のサングレシアがいかにしてエンリと出会ったか。


 世界を巡り、何を探し当て、何を諦め、何を成したか。


 セランゼールは逆に戦争前、エンリが何をするために世界を巡り、ここにたどり着いたか、フィファルナとエンリはどういう関係なのか、そんな話を延々と続けていた。


 気が付けば夜は開け、クリエラは既に船を漕ぎ、チャイクロは眠りこけ、パルティナはもう何杯目か分からない飲み物の用意をするところだった。


「……変わらないな。エンリは」


「気が付けば半年以上はエンリ殿と旅をしておるが、城にいたころの何十倍もの時間を共にしておるように感じる。正に、師匠と呼ぶにふさわしいかもしれぬな」


 会話がひと段落したところで、パルティナがエンリの寝ている部屋から出てきたのをログレスが目に留める。


「どうだパルティナ殿、エンリ殿の様子は?」


「はい、やはり体内の魔霊素のバランスが整わないようで、今しばらくは安静にしておいた方がいいでしょう。手持ちの薬も切れてきてますから、いくつか用意する必要もあると思います」


「うん? エンリ殿は魔女であろう? 魔法のための魔霊素は守り子から発生するのではないのか?」


「はい。魔女が魔法を使う時に使用される魔霊素は主に守り子様より生まれる力を使いますが、魔女自身の魔霊素を使わないわけではありません。あるじ様は他の魔女と違い、そのバランスが崩れやすくございます。強力な魔法をいくつか使ったために、体調を整える基礎魔法へ魔霊素を割けなくなっているのが今の症状の原因であると思われます」


「よし、なら早く回復してもらうためにも我らでできる事があればするゆえ、何か申し付けるがよい!」


「……私は、早くお休みいただくことが願いですけど」




     *   *   *




 結局、エンリが目覚めるまで十日ほどの時間が必要だった。


 その間も、ログレス達はリアンカタスのセランゼールの家に世話になる中で、すっかりこの辺の人たちに顔と名前を覚えられてしまった。


 エンリ自身は五日目には顔色が戻ってきたものの、深い眠りから目覚めることはなかった。つまり、それだけあの深古の獣との戦いが過酷なものだったことが伺える。


「そういえば、この辺は雪は降らぬのだな」


 ログレスが、一緒に山菜狩りに出ているセランゼールに質問する。


「ここら一帯の雪雲はかなり低い位置でできるんだ。ケルメードあたりは真っ白だろうけど、この辺で雨や雪を見ることはめったにないよ」


「なら、なぜ植物が成長するのだ? 水がないと枯れるであろう?」


「霧だよ。雪雲が低くできるだけで、霧は微かだけどこの辺まであがってくるんだ。この辺の植物はそういったわずかな水分だけでも自生できるようになってる」


「なるほど…… 砂漠地帯とは別の意味で、植物も苦労しているのだな!」


 などと話しながら家へ戻ると、エンリがパルティナの介助を受けながら、薬を飲んでいるところだった。


「エンリ殿! 目が覚めたのか!」


 駆け寄り、エンリの顔を覗き込む。表情はまだ辛そうだが、笑顔で迎えようとしてくれているのが分かった。


「ありがとう。悪いね、心配かけて」


「いやいや、構わぬ! あれほどの大物と戦った後だ。みなが無事なのはそなたのおかげである故、そなたを責めるのはおかしな話よ。それより、気分はどうだ?」


「……ちょっと、夢を見たわ」


 エンリは視線を落とし、作った笑顔が幾分か薄まった。


「夢? どんな夢を見たのだ?」


 セランゼールも荷物を置いて部屋に入る。


「エンリ! もう、無茶なことするんだから……」


 入るや否や、セランゼールはエンリを抱きしめる。本人はそのつもりはなかったかもしれないが、抱き着いた勢いが強く、エンリは少しふらついた。


「セラ、ごめん、ちょっと苦しい」


「ああ、ごめんよ」


 エンリの懇願でセランゼールはすっと離れる。


「……ファルの夢を見たの。色々話をした気がするけど、何を話していたかは忘れた。ただ、たくさん話をして、最後に、『ありがとう』って言ってくれたのは、覚えてる」


 その言葉に、全員が言葉を忘れる。


 ただ、エンリの夢は夢ではないのではないか。そんな想いがそれぞれの胸中に湧いてくるのを感じた。


「……さあ、もうしばらくお休みください。まだ普段の四割程度しか調子がお戻りではありません」


「なに、それはいかん! このあとカレンヴァーザにも行かねばならんのだからな!」


 カレンヴァーザに行く、というログレスの言葉に反応したのは、意外にもセランゼールだった。


「え、まだ旅を続けるの?」


「怪しげなローブの男との約束でな。それがなくとも、そもそもエンリ殿はカレンヴァーザに行く予定だったと聞いておる」


「何その怪しげなローブの男とか、あ、もしかして今回の、静界守の墓にいたアレ? しかも、こんな目にあってまだ行くとか言うの?」


 それを聞いたセランゼールは、言葉を失い唖然とした表情でエンリとログレスの顔を、目だけ行ったり来たりさせた。


「……もしかして、あの時の約束のため?」


 エンリはセランゼールの言葉に、満面の笑みで答える。


「だぁっ、全く!」


 盛大なため息の後、


「……約束は約束。ちゃんと守るから、エンリもまずは体を治しなさいよ」


 それだけは譲れないから、と付け加えて、セランゼールは部屋から出ていった。


「うん。よろしく」


 エンリも、その言葉に安心したのか、再び深い眠りへと誘われていった。




     *   *   *




 リアンカタスに到着してから、既に二十日以上が経過した。


 理由はいくつかある。


 一つは、エンリ達が想定外の襲撃に遭遇したこと。


 一つは、その襲撃によってエンリが動けなくなったこと。


 一つは、天候。ここ数日、稀に見る天候の大荒れが原因で、里から出ることができなかったこと。


 だが、二十三日目にして、エンリの体調回復はもちろん、やっと理想の天候となり、晴れて出立の瞬間が訪れた。


「おはよう! 今日こそ、カレンヴァーザ日和なんじゃあないの?」


 昨日あたりから随分と元気になったエンリが、チャイクロ達を起こして回る。とはいえ、寝ているのはあとクリエラくらいで、ログレスに至ってはこの数日で山里での生活が身に着き、既に薪割の手伝いが終わろうとしていた。


「ここの霧と言い、立地と言い、湿り森にいた頃みたいに体の調子がいいのよね」


「霧に関しては同意しますけど、湿り森はもっと低い場所にありますから、必ずしも同じ気候とは言えないと思いますけど」


「ああ、確かにそうね…… 多分、故郷のカレンヴァーザに近いからかしら」


 一同は、ここリアンカタスで摂る最後の朝食の準備をしながら、これからの事についての確認をしあっていた。


 エンリはもちろんカレンヴァーザへ向かうとして、エンリ以外はこのリアンカタスに残留する提案がされた。これは、先日の戦闘の発端となる例のアンサヴァス教団のローブの男が関連することだからだ。


 しかし、ゼーオ・ナラルでの鬼ごっこの件からもある通り、ログレスは自身の同行を諦める様子はなかった。


「エンリ殿が行くなら、我が行かぬ理由などない。最後まで同行させてもらうぞ!」


「また、あんな目に合うかもしれないわよ?」


 あんな目、とは、もちろん静界守のことである。


「そもそも、今のカレンヴァーザにはオルトゥーラ王国はもちろん、まともに機能している町村まちむらはあるのか?」


 これは、昨今でも有名な話ではある。


 戦争敗戦国であるオルトゥーラ有するカレンヴァーザ大陸にあったそれぞれの町や村は、今までオルトゥーラがあったからこそ成り立っていた貿易中心の生活ができなくなったために、その住人のほとんどが他の大陸へと移り住んでいったのだ。


「なくはない、けど、確認したわけじゃあないから、確信はないわ」


「それなら、道中は野宿になるであろう? いくら魔女とはいえ、一人は危険ではないか。頭数は多いほうが安心できる。な、クリエラ!」


「……私は、ログレスが行く後に付いていくだけですけど」


「ダメよ。そういう問題じゃあないのは、こないだの戦闘でわかったでしょ?」


「いやいや。エンリ殿が休んでいる間に、セランゼール殿とこの辺を散策する事でまた多少は鍛えられておるぞ!」


 一歩も引かないログレスに、エンリはある提案をした。


「なら、鬼ごっこ、しましょうか」


 エンリはそう言うと、全員とりあえず出発の準備を終えて、全員が外へと出た。


 ある程度広い場所へ出ると、エンリはみんなから一定の距離を空けた位置で止まる。


 そして、杖を振るい、突然魔法を紡ぐ。


はぜよいかづち穿うがたらん(バルィガ)!」


 杖から生み出された無数の小さな炎は、ログレス達の足元目がけて打ち出される。


「な、何を?」


 突然の事に一歩下がるログレスだが、その魔法の理由を、エンリが説明する。


「それは目印。今からとお数えるまで、そこから走り出して私を捕まえたらあなたの勝ち。私はここから動かない。捕まえられたら、連れていく。けど、もしも捕まえられなかったら、私が戻るまでここにいること」


 その説明に、ログレスはもちろん、他の者も唖然とする。


「そんなの、すぐリーリが負けるよ?」


「その通りぞ! 歩いて近づいても半分は余る!」


 しかし、クリエラとパルティナは未だ緊張が抜けない。


 パルティナはそれが何故かわかっているからだが、クリエラはまたエンリが魔法を使ったという事そのものが、どれだか真剣なことなのかを悟ったからだ。


「なら、私の杖が地面を叩いたら開始。いいわね」


「望むところよ!」


 そのログレスの言葉を聞いたエンリは、一呼吸置いた後で一度杖を頭の上まで掲げて。


 ログレスは、その様子を見ながら、いつでも走り出せる姿勢で構えて。


 すっ、とエンリは地面を優しく叩いた。


「はっ!」


 弾かれたように、ログレスは走り出す。


「一」


 一走、一走。


「二」


 半分近づいたあたりで、エンリは杖を振り上げた。


「……!」小さく、エンリは魔法を唱え終わる。


 短く紡がれた圧縮言語が周囲に小さく響いたその時、ふわっ、と周囲が青く瞬いた。


 攻撃魔法かと身構えたログレスだったが、意外にもそよ風程度の変化しか感じなかった。


「何だ、こけおどしでは歩みは止められぬぞ!」


「三」


 そのまま一気に加速し、一歩また一歩と駆ける。


「よし、捕まえ……」


 もう、残りの半分を走り切った。


 そう、ログレスは感じた。


「四」


 捕まえるために、右腕を前へと突き出している。


 しかし、目の前のエンリは魔法を使う直前とさほど縮まっていなかった。なので、突き出した右腕は何もつかむことができない。


「な、ん」


「五」


 一瞬バランスを崩したが、失われつつあった速度を右足を前へ出すことで踏ん張り、再度前へと駆ける。


 だが、今度はそれがうまく行かない。


「ログレス! 何してるんですか! 早く!」


 クリエラが叫ぶ。


「六」


 エンリのカウントが進んでいく。


 なんだ、体が思うように動かない。


 もう一度、全力で両足に力を込め、地面を蹴りつける。


「七」


 地面がその力に反発し、推力を手に入れる。


 だが、そのベクトルが前方へ向かう直前に打ち消されるような感覚に陥る。


 まるで、巨大な空気のクッションが体の前方にあるような感覚。


「八」あと二秒。


 前には進んでいる。


 しかし、それはログレスが想像しているような速度ではない。


 まるで、赤子が這いつくばって母親へと向かうような、そんな速度。


「九」あと一秒。


 そこでログレスは理解した。


 さっきの魔法の正体を。


「あああああああああああーーーーーーーーっ!」


(あの魔霊素合成光は、確か時間――)


「十」


 エンリのカウントが、十を告げる。


「……セラ。私は行くわ」


 エンリは振り返り、セランゼールの方を見る。



 ログレスが行かなくてよくなったことに安堵したのか、それとも当分面倒を押し付けられることを諦めたのか、セランゼールは短い溜息をこぼしつつ、両手を大きく広げ、天を仰いだ。


「わかった。今日は天気もいいし、そんなにかからないでしょう」


 そう言うと、広げた両腕の羽毛が太陽の光を受けて赤く輝くように光を吸い込み、徐々に大きく広がっていった。


 それに連動して首が伸び、体中の羽毛が真っ赤に染まっていく。一呼吸の後に、その姿は深古の獣、巨鳥ロウセーヌ(真っ赤な羽毛を持つ巨大な鳥。尾羽が体調の八割を占めるのが特徴)に瓜二つの姿となった。


「じゃあ、エンリを送ってくるから。戻ってくるまで待っててね」


 と、エンリはチャイクロへ近づき、優しく話しかけた。


「けど、チャイクロ。あなたは、私が戻ってもここに残りなさい」


「え、どうして?」


 チャイクロはきょとんとして、エンリの真意がつかめていない。


「もともと、あなたはここの人たちに縁がある存在。今でこそ、そんな姿をしているけれど、本当は私やログレスと同じ、人間として生きるべきなの。そして、人間として生きるなら、あなたは私とではなく、ここの人たちと共に歩むべきなの」


「うーん、 ……よく、わかんない」


「大丈夫、考える時間ならいっぱいあるから」


 そう言ってエンリはチャイクロから離れ、パルティナと共にセランゼールの背に乗る。


「っとおおお、エンリ殿!」


 ようやく魔法の効果が切れてまともに動けるようになったログレスが、エンリに向かって文句の一つを言おうとしたとき、彼女は既に出発するところであった。


「それじゃあ、ちょっと行ってくるから!」


 セランゼールは、大きく翼を羽ばたかせる。


 両手を広げた大人五人分はあろうかという大きな翼が起こす突風は、その場にいた人間の誰もが目を開けたまま見送ることが困難なほどの風圧を生み出し、一人と一体を乗せた巨鳥は、大空へと舞い上がった。


 目的地は、カレンヴァーザ。


 その大陸は、遥か空高く浮かび上がる大地。まさに、雲上大陸。


 セランゼールは、友を遥かな高き大地へ誘うために、今一度その翼を大きくはためかせた。

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