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第九話 深古の都 1

 夜が明け、外を見ると、ここケルメードにも雪が降り始めていた。


 例年よりひと月ほど雪が降るのが遅いと言うが、気象のズレではなく別の要因ではないかと言われている。それがサンサタの事なのかは分からない、と再度里長に会うために集会場を訪れていたエンリに里長は言う。


「この辺は雪が降ってもあまり積もることはありません。恐らく、地面のすぐ下にマグマだまりがあるからだと思うのです。温泉が良く出ることも同じ理由なのでしょう」


 集会場では昨日の宴の片付けと、これからの里の運営方針を決めるべく会議が行われるとかで、少々慌ただしい雰囲気に包まれている。


「なら、邪魔者は早々に立ち去るのが礼儀というものだろう!」


 ログレスは、いつもの調子で会話に割って入る。確かにそれはエンリも感じていただろうが、珍しくクリエラがそれに食ってかかる。


「せめて、ゆかりある方の死に目を見送ったエンリ様に、少しは配慮をされてもいいと思いますけど」


「む…… それもまた必要だ! 我は決定を待つぞ!」


 終始笑顔で、ログレスはエンリから一歩下がる。


「いいの。サンサタ姉さまの件でもなければ、特に長居するつもりもなかったし。そもそも目的は『リアンカタス』へ送ってもうためのポラポア手配なの」


「リアンカタスへ参られると?」


 と、里長の顔が少し渋くなる。


「あら、何か問題があったのかしら?」


「いえ、リアンカタスへ行かれることには何も。ただ、あそこはそもそも有毛種の方がいかれるような場所でも、観光名所でもない故、行かれるほどのところでは……」


「あるわ。フィファルナに会いに行くの」


 フィファルナの名前を聞いて、里長は驚いた。が同時に深くお辞儀をする。


「フィファルナ様とのお知り合いの方でしたか! なるほど、サンサタ様ともご縁のある方ならば、当然でしょう。いや、愚問でした。里のポラポアを手配いたします」


 てっきり魔女繋がりのみの縁と思っていたローズクは、自分がどんな相手と話をしていたかを再認識したかのように、最高の礼を持って対応をするべきであると感じたのだろう。しかし、エンリ達にとっては行き過ぎるほどの対応に、少々肩が張ってしまうのではないか、とも感じた。




     *   *   *




「もう、行かれるのですか? もう二晩ほど泊まっていかれても、まだ歓迎の気持ちが足りぬ思いですよ」


 ルカーネが、エンリ達を乗せてきたポラポアに乗せた鞍の位置を調整しながら、正直な気持ちを漏らす。


「他の魔女が珍しい?」


「魔女、と言うより理解ある有毛種の方が珍しいのです。時代がら、ここにも他の有毛種の人が来る事が増えました。ですが、まっとうに我らと仲良くしようという人は滅多にいません。よくて歴史的建造物の研究者や、滅びゆく種族を奇異の目で楽しもうとする者がほとんどなので」


「そう言えば、我らはそなたたちの案内と空飛ぶ獣の背に乗せられて運んでもらったが、そうでない普通の旅行者はどうやってここに来るのだ?」


「あれ? キカンクスで話はなかったですか? あそこの籠者で来れますよ。ただ、山道を往復しなきゃいけないのと、籠者の運搬者の宿泊代も必要なので、通常はかなり高額な料金を請求されますけどね」


 ログレスはそれを聞いて、なぜキカンクスの籠者の受付の人が不思議な顔をしたのかを納得できた。このルートは、エンリだからできるのであって、通常ならば高額の案内料がとれるはずであったのだろう。


「さて、準備できました。『風の守り』を施したら出発しますが、もう発たれますか?」


「ええ、そのつもり。お願いできるかしら」


「任せてください」


 ルカーネと他のポラポア乗りは、鞍につけてある金色の装飾に手を当て、なぞりながら何かをつぶやき始めた。


「風の守り、とは何だ?」


「『理道りどう』術の一つで、私たちで言う錬金術みたいなものよ。自然の流れを理解し、利用する技術。大きな違いは、彼らの使う理道術の対象は必ず生物である必要があるの。動物に対して使ったり、植物に対して使ったり。それを無機物に使えるように転用した技術が錬金術ね」


「では、あれは何をする錬金術なのでしょう? よくわからないですけど」


「ああ、あれはね、鞍がポラポアから落ちないようにするためのものよ」


 ルカーネは、鞍の装飾を三回ほどなぞり、風の守りをかけ終えた。


「さあ、乗ってください。出発します」


「ありがとう。じゃあ、よろしくね」


 戦闘のポラポアにはルカーネとエンリ。すぐ後ろのポラポアにはチャイクロとログレス。最後尾のポラポアにはパルティナとクリエラが乗り込んだ。


「よし、じゃあ頼むぞ!」


 ルカーネは、手綱をぐっと引っ張る。甲高く長い嘶きが山いっぱいに広がると、後ろのポラポアもそれに続けて嘶く。肺の空気をすべて使いきったのか、息を吸い込むような動きとともに、両腕の翼幕を勢いよく地面へと打ち付ける。


 その動きが周囲の魔霊素と反応したのか、地面にあたる瞬間に突風が発生し、思っていた縦方向の衝撃ではなく、まるで前方へ吸い込まれるような軸移動が起こった。


「なな、なんか来た時とは乗り心地が違っておるぞ!」


 思わず漏れるログレスの文句に、ルカーネ達は苦笑する。


「あの時は既に飛行状態でしたからね。飛び立つ瞬間だけはちょっと特殊なんです」


 まるで小さな鳥が飛び立つのと同じ動作で、これほどの大物が飛び立つ瞬間であったために、地面から離れる際に発生する風圧は相当なものであった。それでも風の威力で振り落とされなかったのは、まさに風の守りのおかげであっただろう。


「さあ、ここからはさらに速度が上がりますよ、気を付けて!」


 ルカーネは手綱に気合を入れる。それが通じ、ポラポアはさらに強く翼をはためかせた。後続の二体も、それに倣ってさらに速度を上げる。


 しかし、視界に入るのは茶色い岩肌ばかりで、一行に上昇する気配がない。上方に障害物があるわけでもないので不思議な感覚に襲われる。


「何故上昇せぬのだ? 谷間を抜ける方が危険な気がするのだが」


 ログレスは、自身が乗るポラポアの操舵主に声をかける。


「ああ、別に今となっては深い意味はない。昔はいたずらに高く飛ぶと危険でね。その名残なんだ」


「今となっては? 昔は高く飛べなかったのか?」


「なんだ、知らないのかい? かつてあった軍事協定では、一定の高度より高く飛びすぎると打ち落とされたんだよ。まあ、こうやって低く飛んで障害物をよける動きっていうのは結構訓練にもなるし、特に困らないのも理由だね」


 ログレスは、いまだ納得はできなかったが、高く飛んでもらう理由もなかったのでそれ以上は声をかけなかった。


 比較的真っすぐな谷の合間を抜けると、少し広い空間に出た。


 しかし、よく目を凝らすと左右にはやはり岩肌が広がっており、下をのぞき込むと風が吹きあがってきている。恐らく、高温になって蒸発した水分が上へと昇っているのだろう。ポラポアたちはその上昇気流を受けて、さらに上昇を始めた。横方向が縦方向に変わっただけで、山間ギリギリを飛行しているという状況は変わらない。


 気流が収まるほどの高さまで昇ると、さらに羽ばたいて上昇し、眼前から岩肌が亡くなったあたりで草原が見えた。


 そこで、ポラポアは着地し、一行を地面に下ろした。


「もう少し行くと無人ですけど行き来する時に使う小屋があります。ここまで結構時間がかかりましたから、そこで一泊していただいて、残りは歩いて向かってください。さすがにポラポアたちでは進めない場所ですので」


 ルカーネが丁寧に説明する。他の二人の操舵主はポラポアを休ませに別行動をとっている。


「直接ではないのか。となると、もう少しその目的地までかかるのか?」


「ええ。歩きになるけど、まあ三日もあれば十分。走れば丸一日で着くけど」


「無茶ですよ、我々でも二日はかかります。籠者の連中でも一日で換算しませんよ」


 ルカーネが会話に割って入る。さすがに無謀な内容の会話だったエンリに危険を伝えたかったようだ。


「ふふふ。分かってるわよ。とりあえず、結構冷えるから小屋で休みたいわね」


「あ、我々も直行では戻りませんので、夕食の支度もこちらでさせて頂きますよ」


 よく見ると、先ほどポラポアを繋ぎに行った二人が既に小屋へと向かっていた。




     *   *   *




 さすがに用意された夕食は昨日のものに比べて質素なものだった。


 しかし、この辺での食事はログレスもクリエラも、果てはチャイクロにとって目新しい食材ばかりだったので、非常に楽しい食事になった。


 中でもログレスの目に留まったのは、ここツツキ山羊の肉質の話だった。


「ツツキ山羊は、この山脈に生息している動物なんだけど、基本的に山間を飛び回って餌探しをするから筋肉の発達がすごいんだ。加えて、たとえ足を滑らせて落ちたとしても大けがをしないように外皮もかなり分厚い。防寒も兼ねてるから毛皮も重宝するんだ。そして何より彼らの内臓や角。彼らが普段食べる餌はロモッソという高山植物で、食べると体温が低下するのを防いだり、筋肉の成長を促す効果があるんだけど、それらの成分を凝縮した効果がある薬が作れる。この辺で生活するなら、彼らと共存しないと生きていけないくらい、重要な隣人さ」


「同じ山羊でも、地域によって生態が異なるのは勉強になる! そもそも、このセマンデルでは他の地方と比べて変わった食べ物や薬が多いのだな!」


「そりゃ、この大陸は『始まりの地』とか、『神々が降り立った台地』があることでも有名だからな」


 すっかりログレスと打ち解けて色々と話をしているのは、ログレスが乗っていたポラポアの操舵主であるザラッコという有鱗種の男性だ。


「ここの山小屋だと凝った料理は作れないが、他の大陸の調味料が揃えばもっとおいしい料理が作れる。同じ山が多いハーバン大陸のトイル岩塩なんかは、まぶして焼くだけで肉は柔らかくなるし、味も引き締まる。ただの塩だと流石に柔らかくなるまで行かない。食材にも相性があるからな」


 そもそも交易の休憩所のような山小屋であるため、宿泊設備もままならない山小屋で、エンリ一行とルカーネたち三人は、お互いの文化の違いに驚き、笑い、認めあうことが何よりも楽しく、気が付けば一人、また一人と眠りの中へと落ちていった。


 夜会の最後の落伍者であるクリエラ(薬草についてかなり聞いていた)とザラッコに毛布を掛けたのはルカーネだったが、一人足りないことに気が付いた。


「……エンリ殿が居られないな」


 ルカーネは、一応確認を、と思って外に出てみた。


 すると、月の光の中、山小屋の薪割り広場のすぐ横で空を仰ぐエンリの姿を発見した。


 彼女は、空を見ながら歌を歌っていたのだ。




 リーヴェン パラン デァマッス (魂は巡りゆき)


 リーヴェン セデン レビィリィオ (体は土に還り)


 リーヴェン テュロブ オラナリメ (心はもとへ戻れ)


 リーエルィソ ハバリット レグレシア (再び会うために)




「『精霊の子守歌』の続きですね」


 ルカーネは、つい声をかけてしまった。


「……この歌、知ってる人、珍しいわ」


 エンリは少し、声が上ずっていた。


「セマンデルの人間は、古き文化を守りたがる習性があるようで。私も例に漏れず、古いものが好きなんです」


「この歌は、サンサタ姉さまに教わったの」


 エンリは、辛そうに微笑んでいた。


「……葬廻守には、多くのものを授かりました。我らは、それをまた先の子供たちへ伝えるのが役目です。あの方が遺した、大切なものを守るために」


 エンリは再び空を仰ぐ。


「ええ。……お願いね」


 ルカーネはもうしばらくそこに居たが、エンリがまだ戻らなさそうだったので先に山小屋に戻り、そのまま床についた。


 眠りに落ちる前、また先ほどの歌が聞こえて来た気がした。




     *   *   *




 朝になると、ルカーネたちは山小屋の保存食から少し崩し、エンリ達に朝食を提供した。


 また、それとは別に二日半、七食分の携帯保存食を渡した。


「道なりに行けばリアンカタスに到着します。いくらか保存食をお渡ししますので、道中で召し上がってください」


「ありがとう。早く行かないと間に合わなくなるから、って買い物する時間もなかったし。助かるわ」


「間に合わなくなる? ゆっくり行けば良いのではないのか?」


 時間制限などを聞いていなかったログレスは、その言葉に少し引っかかった。


「まあ、リアンカタスに行けば分かるわよ」


 エンリは、空を見上げながら答える。今日は雲もほとんどなくいい天気のようだ。


「まあ、よいか。早くが良いのであれば、もう出発するべきではないか?」


 いつも通り、ログレスとチャイクロが先陣を切る。


「それでは、我々はこれで」


 ルカーネたちが撤収の準備に入る。


「ありがとう」


 エンリも簡単に礼をし、ログレス達を追う。


 リアンカタスへの道は、高地とは言え木々が生い茂る山道を進むことになる。その山道も、夜遅くに振ったと思われる雪でうっすらと雪化粧が施されていた。


「寒いと思ったら」


 エンリ一行は、なだらかな雪化粧の山道をゆっくりと登り始めた。


「しかし、どんどんと山の上に向かっておるが、そんなところに本当に村などあるのか?」


「ええ。基本的に有翼種の人々が生活を営んている里だけど、村を治める人はふもとのケルメードにいる有鱗種の人から選んで派遣してもらってるの。昔からの《《習わし》》らしいわ」


「変わった習わしなんですね。何が始まりか教えてもらえると面白いんですけど」


「そうね、始まったきっかけまでは知らないけど、それで双方の里とやり取りが続いているならいいんじゃあないかしら」


「案外、エンリ殿でも知らないこともあるのだな!」


「私だって、コリット姉さまたちみたいに長々と生きてるわけじゃあないんだから、知らないことだってあるわよ」


「ではなぜ今、リアンカタスを目指しておるのだ?」


「それは流石に答えられるわよ。そこには、知り合いのお墓があるの」


「戦争の犠牲者か?」


 ログレスが何の配慮もなく、ズバッと聞く。


「……まあ、今の平和のためになくなった命だ、っていう点ではそうかもしれない」


「そ、そうか。なら、我らも挨拶をしておこう」


 エンリの声のトーンが下がったので、ログレスもそれ以上言わなくなった。


 道中は環境も相まって特に危険な目に合うこともなく、また旅慣れた足運びが到着予定をいくらか早めたようで、二日目の昼前にはリアンカタスの見える位置まで近づいた。


「ここまで来ると、この辺の舗装具合が住人の生活圏、って感じがしてくるわ」


 確かに、先ほどまで土むき出しの獣道から、人が踏み込んだ道、次いで雑ではあるが大きめの石を敷き詰めた道、均等な大きさの石を敷き詰めた道、レンガ上の整った石を敷き詰めた道と順を追って歩きやすくなっていった。


 と、里の門が見えるか見えないかのあたりで、エンリの目の前が急に暗くなった。


「な」


 何事、と叫びそうになるエンリの首回りを、突如何かが包み込む。


「エンリ、やっと着いた! 待ってたんだから! 遅い! 何年待たせるのよ!」


「だ、誰だ!」


 突如、真上から現れ、エンリの首を強く抱え込んだ人物に、ログレスが大声で威嚇する。


「あら、ログレスじゃない! あら、若返った? 有毛種って、変化がないのね」


 ログレスが良く見ると、赤茶色の長い羽毛を持つ有翼種の女性が、エンリに抱き着いているようだ。


「何故我の名前を…… お主は何者ぞ!」


 つい腰の剣に手を伸ばす。エンリを知っている時点で敵ではない可能性は高いのだが、ログレスの名前も知っているのは少し嫌な予感がする。


「あ、よく見たらヴィリオット…… にしては」


 そこまで言いながらその女性はエンリの拘束を解き、クリエラに近づく。


「な、なんでしょう、ヴィリオットなら大叔母の名前ですけど……」


「オオオバ? なにそれ」


 どんどん女性はクリエラの顔に近づく。ともすれば鼻と鼻がくっつくほどだ。


「大叔母っていうのは、お婆さんの姉妹のことよ、セラ」


 エンリにセラと呼ばれた有翼種の女性は、そこでようやく一歩引き、全員を見渡す。


「あー、よく見たら確かにログレスも少し顔、違わない? なんでログレスなんて嘘ついたの?」


「そこをつつき始めると話は長くなるんだけどね……」


「でも、エンリはエンリだよね! 久しぶり! ケルメードから早文来てて連絡もらってたんだ!」


「……そういやあなた、そんなだったわね」

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