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第六話 世界樹の神殿 3

 ドーミネンと別れた一行は、その夜はミゴナ・ナラルに泊まり、翌日の朝早くに街を出てさらに東へと進んだ。さすがにここからは他国となるため、徒歩ではなく乗合馬車である。


 最近は馬車の馬にあたる部分も錬金術で作られた人形馬であることが多いが、この辺はむしろ精霊の力で動かす乗り物が多い。もちろん他の地域に比べて割高な運賃を支払うことになるが。


 ミゴナ・ナラルを南に進むと、そこからは別の国になる。ただ、小国が集まってできた地域で、国をまたいで移動する者にとってはただただ手続きが面倒になるだけ、という理由から、共有道路が設置されている。特に途中の国で降りる理由がない場合は、最東端の港町まで一直線で行ける道だ。もちろん、エンリ達の次の目的地はその港なので、共有道路を渡ることになっている。つまり。


「まだ、このくるまに、乗るのぉ?」


 チャイクロが座りっぱなしの現状に、いささか不満があふれ始めている。


「船旅も悪くなかったが、地上での移動旅もなかなか悪くないぞ! ただ、尻が痛くなるのだけはなんとかならんものか」


 あのログレスですら、今の移動様式はお気に召さないようだ。


 なにしろ、ミゴナ・ナラルを出てから既に十日近く経っている。


 加えて、まともな休憩地点はほぼ寝るためだけに作られた宿場町のみ。あとはひたすら乾燥地帯と森林地帯を縫って移動しているため、景色としても環境にしても優しくない。


「まあ、だからこそ交通業者が儲かるのよ。特にここの道路の往復だけで今でもひと月近くかかるらしいから、どうやって移動の速度を上げるとか、快適に過ごせるか、日々改良されているの。昔来た時はもっと宿場町が少なかったし、道は舗装されてないし、そもそもひと月で渡れなかったりしたし、大変だったんだから」


「ちょ、ちょっと待たれ! まるで以前もここを通過したような口ぶりではあるが、エンリ殿はその時ここを何で渡ったのだ?」


「長距離用の乗り捨て馬よ。目的地に着いたら繋がずに放すの。まだ錬金術も精霊術も文明としては当時は未熟だったし、牧場の方が多かったから自然とそういう商売が成り立ってたわ。たくさん飼育されていたから、最悪道に迷った時の食料にも…… ハックション!」


 ついつい、昔の話で盛り上がるなか、急な寒気にエンリは鼻をくすぐられる。


「そう言えば、もうすっかり暑さがどこかにいきましたね」


 パルティナが、すっかり日の落ちた空を見上げながらエンリに話しかける。


「確かにね。できたら本格的な冬になる前までにツツキ山脈へ行っておきたいんだけど」


「ここからだと、あとどれくらいで到着予定なのだ?」


「んー、まだここはマーキ・ナラル地域に入った所だから、まず東の端っこにあるナラル・ヘオンの港まであと二日はかかるかな? となるとあとは船の速度次第なんだけど、少なくともまた三日はかかるわね。セマンデル大陸の港キカンクスに到着したら、なんとかしてツツキ山脈のフロンプ神坐殿行きの定期便に乗せてもらって、早くても丸一日はかかるし…… って感じだから、まあ十日くらいは見積もっておいたほうがいいかな


 そんな会話をしていると、乗合馬車が止まった。どうやら今日の宿場町に到着したようだ。


「さ、今は安全に一日が終わったことに感謝して、明日に供えましょ」




     *   *   *




「〝魔女〟とは何なのだ!」


 一晩明けて、次の宿場町へと出発した馬車の中で、ログレスはいきなり質問をしてきた。


「守り子を持った人間の事、よ」


 エンリは悪びれずに答える。


「それは知っておる! ……なら、守り子とは何だ!」


 答えに納得しないログレスは、ふくれっ面のまま質問を繰り出す。


「神からの授かりもの。では?」


「ダメだ」


 表情が険しい顔から戻らない。どうやら、自分の気が済むまではこの手の質問を続けるようだ。


「神と、人間を繋ぐもの」


「繋がっているのか?」


「一種の契約みたいなものかしら。精霊と契約すると、精霊魔法の一部を素早く発動させることができるでしょう? そんな感じで」


「その守り子は、どうしたら手に入るのだ?」


 この質問には、さすがのエンリも一瞬口ごもってしまった。


(まあ、いいか。誰もがなれるわけでもないし)


「神に会えばいいわ。認められれば、その証として守り子を授けてもらえる」


「ぬぬぬ…… 神々と相見えるなど、想像もつかぬぞ」


 質問の意図が読めず、今度はエンリが質問を始める。


「ログレスは、魔女になりたいの?」


「そうではない。あまりにも、我は魔女や精霊使いについて無知でありすぎる! ちょっと錬金術をかじった程度では、そなたらについて行けぬ、と感じた故だ。ちょうど遠距離移動の最中の時間つぶしに、良い発想ではと思ったのでな」


 まっすぐ見つめるログレスに、エンリは何かを悟り、


「……いいわ。私の知ってることでよければ」


 と、ゆっくり話し始めた。


「〝魔女〟とは、人間の体でありながら、神に等しい力を行使できるようになった存在。世界を創造せしめた古の神々と邂逅かいこうし、契りの証である守り子を授かったものをそう呼ぶの。守り子がその人間に宿り続ける限り、その人間は魔霊素を際限なく使うことができるようになる。つまり、圧縮言語を用いた高密度の魔霊素術法…… 〝魔法〟を行使できるようになるわ」


 エンリは、右手の杖で軽く円を描く。その軌跡を青白い光が追従する。


「今でこそ、魔法という言葉が定着しているけど、魔女が生まれたばかりの時代では精霊使いの能力の方がより現実的で、より安心して使える技術だった。何より、当時の魔女は短命で、それこそまともに運用できる魔法技術がなかったから、かなり当時は軽視されがちな技術だったらしいわ」


 次いで、円の中に文字を書き始める。軌跡の光が、文字を書くごとに輝きを増していった。


「本来、圧縮言語による魔法の行使は昔から研究されてきたけど、効率は悪いしその割に効果も期待ほどではなかったっていう背景から成果はほとんど出ないも同然だった」


 光の軌跡は、球体を形作ると、ふわっと弾けて消えてしまう。


「だけどある時、オルトゥーラが諸外国に対して魔女を提供する準備がある、と言い出したの。元々オルトゥーラは圧縮言語の研究については他の国よりも進んでいて、多くの魔女を抱え込んでいる、という噂が絶えなかったんだけど、それが事実だという裏付けにもなったわけ」


「魔女を作っていた、という噂も聞いたことがありますけど」


 クリエラがエンリの話に割って入る。


「……そうね。オルトゥーラ、というより、カレンヴァーザ大陸は神の住む界域に最も近い場所、とも言われているから、他の国よりも魔女が生まれやすい環境だった、ということにはなるかも」


 再び、杖を振る。今度は赤く光る軌跡が追従する。


「圧縮言語の解析、および開発は今までとは比べ物にならない速度で進んでいった。同時に、魔霊素の保有絶対量が少ない普通の人間には、この技術は多用することが困難である代わりに、魔女さえいれば万能の『兵器』たりえるほどの可能性があることも示唆された。つまり、研究が進めば進むほど、魔女を多く抱える国は同時に軍事的に強い国であることにもつながる、と結論付けられていった」


 今度は、赤い光がきれいな球体になって、少しづつ大きくなる。やがてその軌跡はこの世界の形を模し、各大陸が描かれ始めた。


「そうなると、魔女を輩出したオルトゥーラが最も強く、危険な国であるということになるんだけど、その時はそうなるとは思われなかった。……何故だか分かる?」


「それはなんとなくわかる。アンサヴァス教団が傍仕えを置かせておったはずだ」


「そう。国教としてオルトゥーラではアンサヴァス教を崇拝していた。大きな宗派についているから、早々と間違いを犯すことはないだろう、と思われていた。これが王魔戦争が起こる五百年くらい前の時代背景かしら」


「そうなると、基本的にはオルトゥーラで生まれた魔女は望んで魔女になったわけではないものも居る、ということか?」


「中にはそんな少女がいたかもしれないわね。とある貧困層の少女が魔女になったことで、国から報奨金という名の子供買いがあった、ということもあったみたいだし」


「……難儀な話だ」


 赤い球体は、そのログレスの言葉でぱちんと爆ぜ消える。


「まあ、魔女と言っても基本は人間と一緒。そもそもなろうと思ってもなれないし」


「なぜ〝魔女〟なのだ? 男は守り子を持てぬのか?」


 ログレスの疑問は続く。


「過去、男性でも守り子を持つ者はいたわ。だけど魔女と呼ばず〝魔飼まがい者〟と呼ばれたの。男性では守り子を持ち続けることは難しいから」


「持ち続ける? 守り子は持ったり離したりできるのか?」


「……そうね、守り子と魔女の関係をまず説明する必要があるわね」


 エンリは、今度は緑の光を杖から発する。今度はまるで炎のようにゆらめき、上に登っては消えていく。


「守り子は、さっきも言ったけど神の住む神界域と人間を繋ぐ役割をするの。報酬は、魔女が元から持つ魔霊素。魔女になると体のどこかに刻まれる〝シルシ〟の裏にできる素界域を住処にしているわ。もし、魔女が何らかの理由で守り子に魔霊素を提供できない状態が続くと、守り子は飢餓状態になって本来の住む界域から現界域こちらがわに出ようとするの。簡単に言うと魔女の体を乗っ取ろうとするのね」


 エンリの放つ緑の炎は、少しづつ紫の炎に浸食されていく。


「男性は、この〝シルシ〟がなぜかどこにも出来ない。魔霊素の供給はシルシを介する必要があるから、常に守り子に乗っ取られる危険をはらんだ状態で存在しているの」


「ということは、魔女であってもシルシが消えると危険なのか?」


「そうね、傷がつくくらいでは特に異変はないけど、大きく破損したり、最悪〝シルシ〟が刻まれた場所が欠損したりすると、ほぼ守り子は暴走状態になって、魔女の体を乗っ取ろうとしてくるかも」


 ログレスはふと、自分に守り子を授かった想像をしてみた。が、自分の体のどこかにいるかもしれない異形と、乗っ取られるかもしれない恐怖は想像以上に恐ろしいと感じた。そして、エンリ達はきっとこんな間隔を今もずっと感じているかもしれないと思うと、魔女の力の片鱗を垣間見た気がした。


「何故、男女でこうも違うのか、男に生まれた身としては残念なような、そうでないような……」


「とある研究によると、女性特有の器官である〝子宮〟に守り子が宿るから、なんて言われてるわ。だから、魔女は子供を産めない、産んだとしたらその子供に守り子が宿ってしまうから母親である魔女は死ぬ、とか。前例が少ないからどこにも信憑性はないんだけど」


 そこまで話すと、今度はクリエラが顔を青くする。


「……初めて、私は精霊使いでよかったと感じました。多少は魔女にも憧れがなかったわけではないんですけど」


「ふふ。まあ、どっちにしてももう魔女は生まれないけどね」


「え、どういうことだ?」


「もう、守り子が生まれないの。つまり、魔女が生まれない、っていうわけ」




     *   *   *




 乗合馬車の終着場所である世界最大の港町であるナラル・ヘオンに到着し、馬車を降りると、足元に木枯らしが絡みついてきた。


「まいったわね…… もうちょっとしたら山の上まで行くっていうのに」


「もう、座るのは当分勘弁してほしいぞ……」


 すっかり座りすぎて腰に違和感を感じるログレスを尻目に、エンリとチャイクロは街の中へと向かい始める。


 ここナラル・ヘオンはナラルの言葉で『住処の果て』という意味を持つが、事実上ナラルの領地ではない。彼らからすると、自分たちが住む土地のさらに果てにある、という意味から付けられた名前をそのまま使っている、という由来である。


 エンリ達が向かうセマンデル大陸へ行くには、実はこのナラル・ヘオンから出る船でなければ、入港できない。非常に閉鎖的な大陸なのだ。


「そもそも、セマンデルは旅行で向かうような観光地ではありませんけど」


「そうね…… どちらかと言うと、アンサヴァス教団の信者か地元の人間しか用のない、結構特殊な場所、なのよね」


「特殊? それだけで特殊と言うのはいささか早計では?」


「ああ、まあ、行ってみればわかるけど、一言で言うと『有毛種お断り』ってことかしら」


 その言葉選びに、ログレスはある『歴史』を思い出した。


「……差別、か?」


「種の保存、と言って欲しいかしら。彼らは、もう種族としては絶滅危惧種に近い存在だから」


「そなたにしては珍しい詭弁ではないか? 我はあまりそういうのは好きではない」


「まあ、それも含めて、行けば分かるわ」


 エンリが詳しく話したがらないのは今更だが、ログレスは今回ばかりはあまり良い印象を持てなかった。


 王魔戦争が始まるよりもずっと過去に、有毛種は世界での優等種であると主張し、他の種族を差別し、ひどい地域だと家畜扱いするまでに至ることもあった。ログレスは、そんな彼らの事情を僅かではあるが、聞いたことがあったのだ。


「まあ、セマンデルに向かうというのであるのならば。その場所での見聞きが重要であるのは、まあこの旅に出てからは良く学んだことであるからな」


 ひとまずは納得したであろうログレスを連れて、一行はこの大陸での最後の食事にありついた。


「やっぱり、ここで食べるなら、これよね」


 エンリは、旅立ちの最初の日にも食べた屋台飯を頬張っていた。


 ラフラロールである。


「本場のラフラロールはなんとも肉厚な野菜を使っている! 肉も柔らかく、また歯ごたえが違う! いや、この香辛料のバランスが斬新でたまらん!」


「パキシリアで販売されていたのは、保存料などで味がおとなしくなってしまっていたのでしょう。取れたての食材、収穫してからの時間が短いというだけでここまでおいしいとは、やはり名物はその場で食べないと、ですけど」


 それぞれが現地の名物に舌鼓を打っていると、パルティナが船着場から戻ってきたのが見えた。


「今日の午後の便で、セマンデル大陸にある港町キカンクス行きのが出るそうです」


「ありがとう。じゃあ、食べ終わったら搭乗手続きに向かわないとね」


 そういうエンリは、新しいラフラロールを受け取る直前だった。

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