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6 投げられた賽


「よ、よろしくお願いします!」


 コーエンから紹介されたロドルフというらしい少年は緊張した面持ちで口を開いた。まだ小学生くらいに見える男の子だ。コーエンと同じ褐色の肌に真っ白な髪と金の瞳をしている。簡素な服は動きやすそうだけれど、下働きといった風体だ。


 私は面食らいながらもお辞儀をした。


「リナです。よろしくお願いします」


 顔を上げた私にコーエンがくすりと笑った。


「まだ子どもだけどロドルフは記憶力がとっても良いの。

 ロドルフ、リナはアーベントのことについて知りたいんですって。教えてあげて頂戴ね」


「はいっ」


 ロドルフはコーエンに向かって頷く。それじゃまた迎えにくるから、とコーエンは手を振って部屋を出ていった。取り残された私たちは取り敢えずとばかりに目を合わせる。


「コーエンは忙しいのね」


「近衛隊長ですから。王様の補佐の他に国防もあるので大変です」


 国防、と私は思う。魔王と戦うためにフィオナは精霊を召喚しようとして、間違えて私を喚んだ。フィオナたちと魔王は争っている。敵地と魔王も表現していたし、戦い合っていることはお互いに認識している。私だけが放り込まれたばかりでよく知らない。下手なことを言うと記憶力の良いロドルフは私を偽物と裏付ける情報を持つことになる。子どもだからと油断してはいけない。


「ええと、まず何からお話しましょうか」


 ロドルフは自分の仕事をこなそうと私を見上げた。まずは座りましょう、と促して私は彼をひとつしかない椅子へ誘導した。自分はベッドに腰掛けて、お互いに向かい合う。月明かりでロドルフの真っ白な髪が反射して、とても綺麗だった。


「緊張してる?」


 そう問い掛ければかちこちに肩肘を張ったロドルフは、いいえ、と否定した。私も緊張している方だと思うけど、彼ほどではない。自分より緊張している相手を見れば自分はそうでもなくなるせいかもしれないけれど。


「私、此処へくるのは初めてなの。何も知らないから、最初から教えてくれると嬉しいのだけどお願いできる?」


 嘘は言っていない。けれどギリギリこの国について、と言い訳ができるように言葉を選んだ。子ども相手に申し訳ない気もするけれど、ただの子どもを寄越すはずがないのは私でも分かる。此処でどんな話をしたか、報告が上がると思った方が良い。それが組織というものだ。


「えっとそれじゃ……このアーベントは宵の国です。正確には国ではありませんが、骸の王が治める領地としてヴェステン王国とは別に捉えられています。正式にはヴェステン王国のアーベント領、それが此処です。国土の五分のいちほどの広さを有します」


 それくらいは常識と思われていてもおかしくなくて私は頷くだけに止めた。もっと図で示してもらいたかったけれど、紙もペンもないのだから元から無理だったことに気づく。


「アーベントには魔物が出ます。魔物を生み出すクリスタルが在るからです。けれど骸の王の力で魔物がアーベントを出ることは原則ありません。時折迷い出るものはいます。でもそのどれも、境界を越えることのできる力の弱い個体です。力が強いものが人の領域へ出て行かないよう、王様が区分けしているんです。人の住む場所と、魔物の住む場所を」


 誰かの話を聞く時に立場というものは踏まえておく必要がある。私は今、子どもとはいえ魔王側から話を聞いていることになる。それはつまり、魔王を良く表現している可能性が非常に高いということだ。もちろん圧政を敷いていれば反発もあるだろうけれど、この情報が偏っていないとは言い切れない。お客さんの言うことを鵜呑みにできないのと同じだ。だからといって頭から疑ってかかるつもりもないけれど。


 ロドルフからの話はこれだけでも魔王が魔物を統制しているように聞こえた。棲み分けを意識し、お互いが快適に暮らせるように区分けしている。魔物に言うことを聞かせて外へは出て行かないようにしていると。それがまるで、人のためであるかのように私には聞こえたのだ。


 魔物が何なのかとか、魔法が何なのかとか、クリスタルが魔物を生むってどういうことなのか、とか理解できていない部分は多いけれど。


「アーベント領との境である辺境と呼ばれる場所では、そういうものと理解してくれる人も一定数いると聞いています。が、だからこそ不安で討伐を願う人もいると王様は言っていました。王都ほど自分達に都合の良いように人の話は選別されます。仕方がないと王様は笑っていました。『王には悪者が必要なんだ』と」


 それを聞いて私は眉根を寄せた。組織を運営するにあたって帰属意識、仲間意識というものは重要だ。それが芽生えればそう簡単に組織を抜けることはなくなり、所属する組織のために自主的に働いてくれるようになる。仮とはいえ私も上司不在の中で一応は上の立場として働く皆の環境を整えてきた。だから分かる。共通の敵を作るのは仲間意識を簡単に持ちやすいのだ。同じ迷惑を被っている者同士、という気持ちは麻薬に似ている。麻薬を試したことはないから本当のところは知らないけれど。


 私も最初から上の立場にいたわけではない。ころころと上司が変わって、その中で見てきたのだ。部下と呼ばれる立場の私たちの共通の敵となった上司は、組織の運営を上手くできなくなって出勤ができなくなった。皆と仲良くやりたいという意識が見える人だったけれど、お互いの距離感を測り間違え、一足飛びで縮めようとして反感を買った。


 まぁそのせいで上の立場のことができる者がいないのはまずいから、仮だからと言いながら会社が私に白羽の矢を立ててきたことは今でも根に持っているけど。業務上それがベストな選択で仕方がなかったことは私も理解はしている。受け入れてはいるけどそうなる原因を作った張本人に謝ってもらっていないことを根に持っていた。帰れないなら一生その謝罪を聞くことはできないわけだから、私は許せないまま一生を終えるのかもしれない。


 自分のことを思い出す程度には魔王の状況にシンパシーを感じ、私は束の間考え込んだ。魔王がその役目を甘んじて引き受けているのだとして、そうしていることを此処ではこんな少年でさえ理解しているということになる。コーエンが知らないはずはないだろう。まぁそれが事実であれば、ということにはなるとしても。


 それにロドルフは随分と魔王と物理的な距離が近いようだと私は思う。直接聞いたことがあるような口振りだけど、記憶力の良さが重用されているのかもしれない。魔王と直接話せるほどなら、子どもとはいえやはり発言には気を遣った方が良いだろう。


「此処の王様と王都の王様とは仲が悪いのね」


 あるいはそうすることで上手く回っていると見ることもできるだろうけど、魔王と戦うために精霊を召喚しようとしている王都だ。見せかけだけの、外交的なパフォーマンスだけではないことは明白だった。魔王はそれを知っているだろうか。


「仲良しだったら、王様をこんなところに押し込めたりしないでしょう。王様はあんな窮屈なところにいるなんてごめんだと言いますけど、こんなところにだっていたいわけありません。

 でも、現実にクリスタルの力を抑えられるのは王様だけ。骸の王と呼ばれる姿になっても王様は此処にいなくてはなりません。次の“災い”に備えなくてはなりませんから」


「……“災い”?」


 訊いてから、しまったと思った。クリスタルに関わることなら乙女ということになっているらしい私が知らないのは不自然なのではないか。もう少し上手に聞き出そうと思っていたのに疑問が先に出てしまった。


 ハッとしたけれど表情には出さず、反対にロドルフを観察する。ロドルフは案の定、私を怪訝そうに見上げた。恐怖が胃の中を降りていった気がした。さっき食べたものが出てきそうだ。


「あぁ、ヴェステンの乙女は異邦の娘でしたね。知らないこともあるだろうって王様が言ってました。えっと、“災い”は魔物が溢れ出ることです。王様の作った境界を越えられるほどの力を持つ魔物を一定周期でクリスタルが生むんです。王様はその周期を把握して抑えようとしますけど、抑えきれなかった魔物が出ていく。辺境の人たちを襲い、討伐されるまで止まらない。王様の言葉も届かない。そういう魔物が最近生まれるようになってきています。

 王都にはもちろん、説明しています。原因調査を継続しながら見つかっている対処法で何とか最小限に食い止めていることも。でも王都は聞いてくれません。ただこの半年、予言があり、話題になりました。それはアーベントまで届いてきています」


 予言、と聞いて私は嫌な予感がした。フィオナたちが回避しようとした予言が、それなのではないか。ロドルフは私を見上げ、真っ直ぐな目を向けて言う。


「聖女が、この“災い”を止めてくれるといった内容です。聖女として目覚めるのは乙女のみ。リナさん、あなたはヴェステンの乙女。王様の呪いを解いて、“災い”からこの国を救ってください」


 言われていることの意味がひとつも解らなくて、私は答えに窮した。



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