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15 在り方


「エルガー様。その面倒臭そうな声はいけません」


「え、な、何で判ったんだ」


「判ります、それくらい」


 これでも一応は接客をし、従業員の様子を観察してきた立場だ。まだ数年とはいえ、その中身は濃い。とはいえ私に教えてくれる人がいたわけではないから完全に独学な上に我流だけれど。


「王様の様子が判るのはリナさんくらいだと思います」


「そうだそうだ」


 ロドルフの声にエルガーが頷く。はぁ、と私は息を吐いた。


「ロドルフは視覚情報に頼りすぎね。エルガー様は情報を出しすぎです。表情以外からもあなたの様子が丸分かりですよ」


「え」


 エルガーとロドルフはお互いの顔を見合わせた。今日のエルガーはロドルフとそう変わらない背丈に見える。この一週間、エルガーとは毎日顔を合わせているけれど日によって背や声の高さが異なり、外側から得られる情報としては確かに年齢の変化を感じさせるものだった。でも中身は同じで、ずっと少年のようだ。


「ロドルフ、あなた記憶力が良いんでしょう? それを対人関係に使ってほしいの。率直に言って書物に書いてあるようなことは覚えなくて結構。必要が出れば見れば良いし、普段から使えば知識は憶えることができる。でも、相手の表情や様子の観察というのは膨大な情報から砂粒を拾い上げるような行為よ。大体はそれを無意識でやってしまうけれど、意識的にできるようになれば強力な武器になる。エルガー様はこの辺が苦手みたいだから、あなたにサポートしてほしいの」


「ぼ、僕が苦手だって言うのか」


 エルガーが驚いた声をあげるから、そうですね、と私は正直に頷いた。改善にはまず現実を受け止めてもらうことが第一だ。嘘を言ったってどうしようもない。


「先日からお伝えしていますがエルガー様はまず、偉そうな態度を身につけてください」


「偉そうな態度」


「あなた、骸の王なんて呼ばれてるんですから。領民には親しみやすい領主で結構ですけど、ヴェステン相手にいつまでもそのままでは後手に回りますし、いつか取り返しがつかない取引を掴まされるでしょう。その肩書きに相応しい振る舞いというものはあります。折角の容姿を使わない手はありません。得手不得手はもちろんありますから、それをカバーするのが小道具──つまりはその仮面です」


 アーベントは交渉事が兎に角苦手らしい。それはエルガーが表立って出ていかないこともあるし、そういう術を身につけてこなかったことも窺われた。そんなことより先に着手しなければならない問題があったのだろうことも感じられるから、一概に責められるものではないけれど。


 この一週間、エルガーの領主としての在り方というものを丁寧に聴取した。エルガーがどう領主の立場を理解し、捉え、体現しているのか。そして数日前から領主としての外部対応時の態度を身につけてもらうべく、こうしてあれこれと口を出す。ロドルフにも入ってもらっているのはエルガーの在り方を記憶してもらうためだ。また、変化を感じてもらう目的もある。記憶力の良さから重用されているらしいロドルフのことは、子どもとはいえこの城で一目置かれているはずで、エルガーと一緒にいてもあまり不自然ではない。


 それに、ロドルフにも成長してほしかった。エルガーの後釜と言うには幼すぎるかもしれないけれど、エルガー以外に、私が万が一いなくなった時のバックアップとしても。振る舞いの指導は一貫性が大切だ。同じ教育ができるように、ロドルフには覚えてもらいたかった。今は幼くて話を聞いてもらえないとしても、私がどう教えて、エルガーがどう変わったかが周りにも伝われば、そのやり方を覚えているロドルフを無碍にはできなくなる。


「エルガー様の姿勢は内側に対してならば問題ないでしょう。異を唱えるものではありません。

 しかし、外に対して全く同じで良いわけではありません。そのために偉そうな態度──揺るがなさと言い換えても良いです──そういうものが必要になります。無謀に強気に出ろと言っているのではありません。でもこれは、領民を守るために必要なものです」


「領民を守るために……?」


 関心を持ったのが声に滲んだから、私は頷いた。座りましょう、と二人を促してソファに座る。まずは目線の高さを合わせて、同じ場所へ行くこと。親密になるには確かにそういうものが必要になる。それをエルガーは自力でかあるいは学んでか、知っている。けれど外との関わりに関しては必ずしもそうではない。恐らくそれは、魔物を抱えるアーベントという場所でトップにいるからという理由も多分にあるのだろうと推測はする。


「過去の記録をいくつか読ませて頂いた中で見つけました。エルガー様、アーベントは流刑地ではない、とアーベントの民であることの判別案が出た時に却下していらっしゃいますよね。あれと同じことです。その時のエルガー様はアーベントに住む人たちのために拒絶されたのでしょう?」


 う、とエルガーは喉の奥で苦しそうな声を出した。本人としてはそう誇れる記憶ではないらしいと察する。


「あれは……僕も怒りすぎたと思って……」


「何かされました?」


「……魔力が少し、暴走した」


「その件はまた後日お伺いします。でも、怒ったんですね。それはやはり、蔑ろにされたと感じたからではありませんか」


 私の確認の言葉に、エルガーは無言で頷いた。そうですよね、と私も頷いた。


「私も読んでいてどうかと思いました。それと同時に、拒絶されたエルガー様を心強くも感じました。それが交渉です。譲歩できるところ、できないところ、何がどうなればアーベントのためになるのか、誰が助かるのか、誰のために誰に犠牲を強いるのか。

 犠牲をひとつも出さずに組織の運営はできません。多少の犠牲はあります。それを許容できる範囲が何処までなのか、見極めて交渉しなくてはなりません。このお城が人手不足なのも、その辺の交渉が苦手だからでしょう? 加えてコーエンが優秀すぎるのもあると思います。コーエンがいれば大体のことは何とかなってしまいそうですから」


 これにはロドルフが頷いた。でも、コーエンを使い潰すわけにはいきません、と私が続ければエルガーも頷く。私の言葉は伝わってはいるようだと思いながら更に言葉を紡ぐ。


「今はそれで良くても、コーエンがいなくなったら? そういうことを考えて人を集め、育てていく必要があるんです。超人がひとりいるだけではどうにもならないこともあります。そういう時のために備えなくては。これもその一環です。

 エルガー様、あなたがいなくなったら、此処はどうなりますか。そうなった時のことは考えていますか。私がいなくなったらどうなりますか。まぁ大して重要なことはしていないかもしれませんけど、それでも始めたものはあります。展望を共有せず私に万が一のことがあったら、残された人は何を指標にすれば良いですか。止まるも進むも残された人にしか選べません。そのための材料を、条件を、ひとりで抱えたままでいるのは良くありません」


 だから、と私はロドルフを見た。驚いた様子で目を丸くするロドルフは私を見つめ返す。あなたも必要なの、と私は言葉に重みを預けて伝えた。少年に預けるにはあまりに重たいかもしれない。能力があるというだけでこんなところに連れてこられているのだから。


 それでも彼も、此処に住むひとりだ。無関係ではない。


「代わりのいない仕事はしない。私の持論です。当然、重要な決定はエルガー様がしなくてはなりませんけれど、エルガー様不在時に次に物事を決められるのは? そういうことの代わりは決めておいた方が良いです。あなたにしかできないこともあるでしょう。でも、永遠にできますか?」


 魔王なら、魔法があるこの世界なら、そういうこともできるかもしれないけれど私は問うた。次を決めることで生まれる諍いもないでもないけれど、結局いなくなった後に次を決めることになるなら早々に決めておいた方が良い。そうして打ち倒される頭なら、いずれ倒れるものでもある。それが早まるだけのことだ。


 ロドルフが緊張した表情で私を見、エルガーを見た。引き攣ったようにも見える頬がひくり、と震えた頃、エルガーが口を開く。味わうような声だった。


「永遠には、できない。きみはそんなに先のことまで見据えて考えてるのか」


「永遠なんて考えてはいませんけど、自分がいなくなった時のことまでは考えますね。私はそれを責任と思いますので」


 責任か、とエルガーは言った。


「改まって問われたことはなかった、と思う。僕も考えないといけないな」


「……考えていないわけではありません。ただ、考えることがありすぎて、ひとりで色々抱えすぎなのではとは思います。コーエンもロドルフも私も、全部はムリでも少しだけ持つことはできるでしょう。負担は軽くなるはずですよ」


 そう、とエルガーは束の間俯くと、ゆっくりと顔を上げて私を見た。仮面の向こうから投げかけられる視線を実際に見ることはできないけれど、見られていることは解る。だから私も真っ直ぐにエルガーを見つめ返した。


「きみがアーベントのためを思ってやってくれているのは、判る。続けよう」


「ありがとうございます。まずエルガー様が偉そうな態度を身につけるにあたって必要なものは、姿勢と、声です」


「こ、声……?」


 はい、と私は頷いた。


「表情が見えない分、人は他の情報で補完しようとします。半分ほどは視覚情報から得られるものですが、聴覚情報から得られるものも四割ほどはあります。これは無視のできない数字です。話している内容なんてものは一割ほどで、何を話しているかより、どう話しているかの方が影響が大きいんです。話の中身がなくて良いというものではありませんが、それ以前に与える情報量に気を配るのは必要なことでしょう」


 早速やりますよ、と私が立ちあがってにっこりと笑うのと、何故かロドルフが緊張した様子を増すのはほぼ同時だった。




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