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14 必要なもの


「リナ〜! 次は何すれば良いかしら〜」


 コーエンの声が少し遠くでする。私は暖炉の灯りを頼りに目を落としている本から顔も上げず、腕を差し出した。


「辺境との帳簿履歴を見せてほしいわ。それから流通の経路も分かるものがあると良いわね」


「はいはい。熱心ね〜」


 こんを詰め過ぎると良くないわよ、と言いながらコーエンが私の手に冊子を渡してくれた。私はそれを開きながら本の続きを捲る。知らない世界の文字は読めなくても数字くらいは分かるかも、と思って開いた帳簿は私にも分かる言葉で書かれており、そんなまさか、と思いながらも他の本を取ってみればそちらも同じだったから私には途端に火がついた。


 何がどうなってかは判らないけれど、私は言葉に不自由しなかった。まぁ確かに会話にも困っていないのだから道理といえばそうかもしれない。フィオナの召喚とやらの恩恵だろうか。ポンコツでもその辺に不安がないのは助かる。


 城にある本という本を持ち、この一週間というもの私は夜通し──常に夜だからこの表現も変かもしれないけど──目を通した。ここ十年くらいのアーベントの状況が判ったように思う。そしてエルガーの理想を叶えるために何が必要かも。


 まずは資金。何かを回すに当たって絶対的に必要なものはお金だ。陽が当たらないアーベントの主な事業は鉱業と採掘した石の加工業。資源は豊富で、ヴルカーン村とやらが鉱山近くの居住区らしく石の採掘も其処が中心になっているようだ。とはいえ、掘り出した石をそのまま使えるわけではない。モーア村と城下町には手先が器用な者が多く、加工職人として生計を立てているらしい。それを売り歩くのが城下町の人間。辺境の村や町まで出向いてもヴェステンの人に紛れることができる。


 ヴルカーン村とモーア村はコーエンが言っていたように魔物と人との間に産まれることもあり、見た目に魔物の色が出て人里に紛れるには難しいようだ。けれど人ならヴェステンに住むのかアーベントに住むのかは見分けられない。腕章や刺青など、見た目に分かるものをつける案もあったようだけれど、腕章は外せば判らず、体に痛みを与えるほどの何かを施したがる人は少ない。此処は流刑地ではない、とエルガーが難色を示したことも大きくあまり意味をなさないと見なされ、その案は却下された歴史もあった。


 エルガーの懸念は此処にもある。資源が豊富とはいえ、有限資源だ。採り尽くせばなくなる。リサイクルの概念を持ち込んだとしてもこの流通量を見ればそう遠くない未来に限界が来ることは見てとれた。ヴェステンの王都は貴族社会で、自身を着飾るのにも余念がないらしい。加工品は宝飾品として高く売れたし、そうでなくても需要がある。私の目を惹いたのはそれでもあった。


 ヴェステンでは召喚の儀式のため、クリスタルを多く消費する。そんなようなことをフィオナも言っていたことを私は思い出した。だからそう何度も召喚は行えないし、何かの手違いが起きても身代わりを頼むしかなくなるのだ。


 ヴェステン側に鉱山は少ない。全く採れないこともないようだけど、ほとんどをアーベントからのクリスタルに依存する。一応は同じ国内だから輸出入という扱いとは違うけれど、明確に領地が異なり、それぞれに王と呼ぶ人物を冠するのだから同じようなものではあるだろうと理解した。国家間のこととなると私には判らないものの、規模を小さくすれば要領はそう変わらないはずだと思う。何処からどう仕入れるか、は商売の基本だ。質の良いものを安く手に入れたいのは何処でも同じだろう。


 対してアーベントがヴェステンから仕入れるのは主に食糧だ。陽の光が刺さないアーベントでは育つものに違いがある。人の流入が増え、その分アーベントで増える命がある。人口の増加と仕入れの数は同じグラフを描くだろう。魔物の色が強いというヴルカーン村やモーア村の人が何を主食にするかによっても変わるだろうけれど、この数字は無視できるものではない。


 お互いにお互いの命を握っていることと違わない状況だ、と私はヴェステンとアーベントを捉えた。ヴェステンはアーベントの人の食糧という命綱を握り、アーベントはヴェステンの国防のため必要な鉱石を握っている。あるいは魔物を閉じ込める役割を持つ。その点において恐らく均衡が保たれているのだ。


 ヴェステンが食糧の出荷を拒めばアーベントは魔物を解き放つ大義名分を得ることとなり、国防に必要なクリスタルの流通を止めることもできる。そうなればヴェステンは召喚を行えず、今持っている戦力だけで対抗しなければならなくなる。


 反対にアーベントがクリスタルの流通を拒む、あるいは魔物をヴェステンへ行けるようにするならヴェステンは食糧の出荷を止めることができるようになる。長期戦になればアーベントの人は飢え、魔物しか残らなくなるだろう。あるいは先にクーデターが起きて王が引き摺り下ろされる事態にもなりかねない。もしくは先に、人の方が魔物に蹂躙されて滅ぶだろう。そうしないのはエルガーがそれを望まないから、という一点に尽きるのだけど。


 エルガーはなるべく鉱石以外のものが主産物となるようにと探している最中だろう。月花などはその最たるものとも言える。条件的にアーベントにしかないものとなり、ヴェステンで育てようと種子を持ち帰っても恐らく上手くは育たない。ただ、花は生活に関わる部分は大きいとはいえ必須ではない。例えば月花から取れる蜜が蝋燭の主成分となる蜜蝋にでもなるならまた違うかもしれないけれど、それだとしてもこの状況をひっくり返すものには足りない。


 となると次は、外交だ。個人の商人や企業と呼ばれるレベル以上に大きな、領地のトップ同士のやり取り。少しでも有利な条件で主産物の流通の主導権を握る。アーベントの方が有利な手札だろうにこの状況ということは、其処は下手なのだろうと思った。まぁあのエルガーの様子では手玉に取られてもおかしくないというか、掌で転がされても仕方がないというか。


 可能なら別の人物に外交はお願いしても良いとは思う。コーエンのように物怖じせず、時には冷酷な手段をチラつかせてでも有利な試合運びをするような人物が向いているだろう。でもコーエンにそのつもりはないようで、エルガーの護衛が一番の仕事と言って譲らない。


「ねぇ、コーエン。やっぱりあなたに交渉の類をお願いしたいと思っているのだけど」


 エルガーの命令で私が読書に勤しむ間は私の護衛をしてくれているコーエンは、私が顔を上げてする何度目とも知れぬお伺いに肩を竦め、すぐさま拒絶を示した。


「イヤよ。言ったでしょう、アタシ、ヴェステンが嫌いなの。頭に血が昇ったら何を仕出かすか判らないって何度も言ったわね。自分で自分を信じられないから、アタシ、やりたくないわ」


「頑なね」


「それを言うならリナ、アナタだってそうよぉ。兎に角何度頼まれてもイヤなものはイヤ。こればっかりはね。我が王も強くは言わないでしょう?」


 にっこりとコーエンは微笑んだ。それが厄介なのに、と私は思うと息を吐く。エルガーにはコーエンくらい冷徹にきっぱりと命じて欲しいものだ。コーエンの意固地さを先に知っているかのように、こうなっては無理だ、と早々に諦めたエルガーを私は一週間前に見て頭を抱えた。あなた、諦めないんじゃなかったの、と喉まで出かかった言葉を飲み込んだのは我ながら偉いと思う。


「ということはよ、あなたの王様に頑張ってもらうしかないのだけど」


「あら、良いじゃない。今の我が王も良いけど、ヴェステンを思いのままにする我が王も見てみたいわ、アタシ」


 語尾にハートマークでもつきそうな声に私はげんなりとした。言うだけなら簡単だ。その王に仕えるのは自分だということをコーエンは解っているのだろうか。いや、解っている。解っていて、そう言うのだ。


「心優しい我が王も好きだけど、そろそろ次の段階に進んでも良い頃だと思うわ。我が王を食い物にするヴェステンに一泡吹かせたいって、本当はアタシ、思ってるのよ。我が王が望まないから今まで言わなかったけど」


「ぇえ……」


 コーエンがそんな過激なことを思っていたとは、と私は驚くものの不思議と幻滅はしない。ヴェステンはどうも好きになれない。初手から人間扱いされなかったことも理由だけれど、何となくそれだけではないような気がするのだ。まだそれが何か、自分の中でも上手く言葉にはできていないけれど。


「でもアナタが同じように考えてくれてるんじゃないかってアタシ、思ってるの。リナ、アナタの手腕に期待しているわ。我が王のお願い事を叶えてあげてね」


「そんな万能なものじゃないので期待されても……」


 困るんですけど、と言いかけて私は言葉を溜息に変えた。実際できるかどうかを言われたわけではないならそれに否定で返す必要はない。可否は見極めて返事をしなくてはならないけれど、期待という感情を寄せられたならそれに返す言葉はひとつだけだ。


「ご期待に応えられるよう努力します」


「良いお返事。さ、さ、そろそろ時間よ。読書はやめて、ロドルフを拾って我が王のお部屋に行きましょう」


 にっこり笑うコーエンに腕を引っ張られて立たされて、私はやれやれと頭を振るとその後に続いた。鍵のかかる談話室から出ればコーエンがガチャガチャと鍵を閉める。この領地の帳簿類を置いていくのだから当然と言えば当然なのだけど、コーエンは本当にエルガーを始めとしてこの城の者には信頼されているようだ。実際、裏切らないだろう、と私も思う。エルガーに心酔しているコーエンはそれでもこのアーベントを見てきた。その上でエルガーの理想に共感し、叶えたいと奔走する。盲目的ゆえに裏切る懸念もないかとは思ったけれど、それはそれ、コーエンも可否の判断には迷わない。自分の力量を把握し、できることはできると言うし、できないことは理由を添えてできないと断る。信頼が置けると私も思った。


 だからこそ使い潰すようなことになってはならない。コーエンにはそのつもりはないようだけれど、そういう場面になれば交渉役を担ってはくれるだろう。予言の乙女を迎えに行ったのが何よりの証拠だ。交渉の余地はなかったけれど、私を脅す手腕は慣れていた。何をどうすれば誰をどう牽制できるか知っている人だと思う。


 それならコーエンに次の教育は要らない。その時間は本来の業務に戻ってもらう。その教育にはロドルフに入ってもらうことにしていた。


 ロドルフを迎え、エルガーの部屋へ辿り着く。ノックをして許可を得てから入れば、エルガーは今日も白い仮面をこちらに向けて出迎えた。


「エルガー様、本日もよろしくお願いいたしますね」


 仕事だから、と割り切って私は微笑を頬に貼り付ける。ああ、と答えるエルガーの声に滲む草臥(くたび)れ具合に、私は心の中でこっそりと溜息を吐いた。




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