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13 前進準備


「き、きみ、が、協力してくれるっていうのか」


「そうですよ」


 疑うような声に、私はさらりと肯定を返す。それはまぁそう思うだろう、と私も魔王が疑う気持ちも分かるから余計なことは言わない。ただ、言い淀んだり躊躇ったりすると嘘っぽく見えることには気をつけて、すぐに返事はした。


 何もかもに同意したわけでも、盲信するわけでもない。それでも信憑性を持たせるにはある程度のはったりが必要だ。私の態度に、声に、表情に、その全てが出る。だからそれらで私は魔王を信じさせなくてはならない。


「ど、うして、協力なんて」


 する理由がない、と魔王は言う。それはそう、と私も思う。生き延びるためにそうした方が良いと思うから、なんて言えるわけがないから私は少しの本当と嘘とを混ぜ合わせて答えた。


「ヴェステンと、アーベントを見ました。私には此処の方が魅力的に映っただけです。あなたの理想の方がより良い未来が来そうだと思っただけのこと。

 勿論、あなたの理想は甘くて果てしないです。でも人が思い描ける未来は実現可能なものだと申し上げました。それならその未来を実現するために協力を申し出るのは、自然ではありませんか」


 協力者は多いに越したことはない、と魔王が考えてくれるならこれには頷くだろう。人手不足だとコーエンが言っていたし、有能ならロドルフのような子どもでも重用してくれる場所のようでもある。私が有能であるとは言えないし、此処でどう役に立てるかも正直に言って未知数ではあるけれど、だからと言って何もしなければ予言通り生贄にされるのだろうから。それは避けたい。


 此処はどう見えるか、と頻りに気にした魔王なら、私のこの言葉には多少心が揺れるだろうと踏んだ。比較が良いかは判らないけれど、此処は良いところに見えるという答えに外ならない返答だから。肯定的に受け止めた相手を無碍にはしづらいものだ。


 まぁこれは、相手がそう捉えてくれる人物である、という前提の上での話だけれど。魔王がどう考えるかは判らない。


「あなたが此処に暮らす命に向けて人も魔物も分け隔てなく幸福であってほしいと願うなら、そしてそれに向かって努力できる人であるなら、時間はかかってもいつかは実現ができると私は思います。あなたには無理だったとしても、あなたの後を継ぐ人が同じ理想を掲げ続けるなら」


「──そ、うか」


 魔王が答える。掠れた声だった。息を詰めていたかのように、呼吸を忘れていたかのように。私を見誤らないために観察していたのかもしれない。


「きみは、信じてくれる?」


 なにを、と思ったけれど、はい、と頷いておいた。この文脈なら理想が実現可能かどうかだと思ったし、私が一貫して主張し続けなければならない箇所だから、此処でどうですかねと揺らぐわけにはいかない。絶対とは言えない。けれど保険をかける意味はない。


 私が頷けば、ふ、と魔王は笑った。ふふ、と嬉しそうな声がしたのが意外だった。魔王ってそんな声で笑うんだ。これでは、まるで。


「頑張ってみようかな」


 素直な子どもだ、と思う。昨日よりは大人に近づいたように思える背丈や声と乖離している印象を受けるほどには。


 受け入れられて、安堵して、やる気を出すなんて。一体魔王は何歳なのだろう。自分の時間を差し出したとロドルフは言っていたけれど、日によって何歳になるかは変わるような話もしていたけれど、外見の話ではなく、内面は。外見年齢に中身もついてくるのだろうか。それとも外側しか変わらず、中身は今のままなのだろうか。


 何歳であっても良いか、と私は思い直す。魔王はどうやら私の協力を一応は信じてくれたようだし、すぐすぐ生贄にするようなことはないだろう。


「それではまず、あなたの思う幸福とは何か、を具体的にしましょう。其処を明確にしなければ一歩を踏み出すのは難しいですから」


 私は口を開いて言葉を続けた。魔王の仮面は城下町へ向く。私も視線を向けた。ちかちかと星が落ちたかのような瞬きを繰り返す城下町は相変わらずに綺麗だ。


「……人も魔物も、笑顔が良い。お互いが良い感情で、そうして笑う顔が見たい」


 なるほど、と私は相槌を打った。


「笑顔にも色々ありますけど、喜びや嬉しさで笑うものが良い、ということですね」


 うん、と魔王は頷いた。


「行き場のないものたちの場所だ。あぶれ、はみ出し、魔物であるというだけで此処からは出られない。別に、ヴェステンへ行かせたいとは思わないけど、陽の光を知らないものもいる。選べるようになれば、とは思う。そのために必要なものは多くあるだろうし陽の光を必要としないものも中にはいるから全部に当てはまるわけじゃない。棲み分けは必要なことだし、それぞれに適正な環境というものもあるだろ。でも」


 魔王が言葉を区切った。その先は言いづらいことだろうか。私は口を挟まずにただ待った。これは魔王自身が口にしなくてはならない願いだ。理想だ。そして目指すべき、未来だ。私がああですねこうですねと探るものではない。


「押し込めておきたいわけじゃない、から。今はまだ理解も進まないし、首輪や手綱が必要な魔物もいる。人だって同じだ。全員が善人なわけじゃない。悪意を持ってヴェステンを追われた者だっている、と思う。規律を守れない者まで笑顔にすることは難しい。だけど、そんな者も僕は、諦めたくない」


「……諦めたくない、ですか」


 とことんまで大風呂敷を広げるつもりかと思って私は内心で息を吐いた。それは全員を笑顔にしたいという願いと相違ない。本当に途方もない願いを持っているのだと思って頭が痛くなる。最初の一歩さえこれでは決められない。やることが多すぎる。けれど。


「やりましょう。諦めないで済むように、仕組みを作るしかありません。けれどそのためにはあなたも今まで通りではいられないこともあると思います。時には厳しく冷徹な判断を下さなければならない時だってあります。多くを諦めないためにひとつを諦めることもあるかもしれません。その覚悟を持って、あなたは此処に立ち続けなくてはならない。それでも、その願いを追うなら」


 魔王の仮面がこちらを向いた。私のことはどう映っているだろう。はったりをきかせているのがバレていなければ良いのだけれど。


「お手伝いします。もっと聞かせてください。あなたの描く理想や未来を。此処がどうなっていってほしいと、思うのか」


「……き、きみ、変わってるって言われるだろ」


「言われません。ああいえ、知らないだけで言われていたのかもしれませんけど。でも、私が変わっていても此処では受け入れてくださるのではありませんか?」


「まぁ、きみが、あぶれてはみ出した者なら」


 似たようなものではあるかもしれない、と思って私は小さく笑った。この世界には元々いない者である私は、元の世界からはみ出したのかもしれない。もしくはあぶれたのか。選ばれたなんてものではない。ただきっと、何かの弾みで元の世界から押し出されたようなものなのだろう。フィオナの召喚と、ゲームのお知らせをタップしたタイミングがたまたま重なっただとか、きっとそんな些細なことで。


 だからきっと些細なきっかけで帰ることもできるのではないかと私は期待する。とはいえそんな偶然に頼り切って生活していくわけにはいかないから、此処でできることは精一杯しなくてはと思うけれど。


「あぶれてはみ出したから此処へくるんでしょうか。それとも此処へくるからあぶれてはみ出したと見做されるんでしょうか。どちらであっても構いません。私は私にできることをするだけです」


 そしてあなたは、と私は魔王の仮面を真っ直ぐに見た。表情の変わらない白い仮面。髑髏のようなそれは見慣れてくると段々と不気味さは鳴りを潜めようとしているようだ。


「此処を魅力的な場所にしようと努めてください。あなたの理想のために、あなたのほしい未来のために」


「……エルガー」


「はい?」


 魔王から返ってきた言葉が予想だにしないものだったから私は首を傾げた。其処はうんと頷くところだろうと思っていたから、まさかそんなものだとは思っていなくて。


「僕の名前。エルガー・クラールハイト。きみには、知っておいてほしい……リナ」


 まだ予言の乙女だと思われているからだろうか。それならその期待には応えておいた方が良いかもしれない。乙女ではないから嘘を吐くことに罪悪感はあるけれど、仕方がない、生き延びるためだ。


「かしこまりました。エルガー様、とお呼びしても?」


「……うん、良い。そうして」


 接客やクライアント対応のようなもの、と私は思って頷き応えた。魔王は、否、エルガーはまたも満足そうな様子を声に滲ませて、これには頷いたのだった。



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