蛇足の蛇足 アリア
評価、ブックマーク、コメントありがとうございます。
ランキング見てびっくりしてます。記念にスクショは撮りました。
リクエストとアリアを気遣うお言葉をいただいていたのでアリアの話を少し足します。
読後感はあまりいい話ではないかもしれないです。
いつもと違うと感じたのは、朝食後のお茶をセットされた後だった。
いつもなら人を監視するようにお茶の終わりまで入り口近くの壁際に立っているメイドが、紅茶を注ぎ終わるとワゴンを押して出ていった。
それと入れ替わるように、見たことのない白髪交じりの執事が荷物を抱えて入ってきた。
その執事は何も言わずテーブルに荷物を置くと、いつものメイドの立ち位置まで下がっていった。
ここに来てすぐは、八つ当たりのようにドレスやアクセサリーを持って来させたこともあった。君の予算は好きに使っていいと言われていたからだ。けどそれもすぐ虚しくなってやめた。何も満たされはしなかった。だから最近、何かを頼んだ記憶はない。
何も分からないままだったけど、どうせすることもないしと包みを開けることにした。
中から出てきたのはツヤツヤした小鳥の乗ったオルゴールと淡いピンクのストールだった。正直、どちらも私の趣味じゃなかった。
この送り主とは趣味が合わなさそうと思いながらストールを広げると、ひらりと一枚のカードが落ちた。
キレイなローズ色のカード。この色はまぁまぁねと思ったので、何気なくカードも開いてみることにした。
最近は手紙は全て読まずに捨てていた。外との繋がりを求めて手紙を読んでいた頃もあったけど、『私』宛てでない手紙は苦痛でしかないと途中で気付いたからだ。
だから、そのカードを読もうと思ったのも本当にただの気まぐれだった。
カードを開いた瞬間、私はそこにあるものが信じられず固まってしまった。
内容なんてうまく頭に入ってこなかった。
少し震えているけど、ちょっと右上がりになる癖のあるお手本みたいなキレイな字。
小さい頃は同じ部屋にいるのに互いに手紙を送りあった。机を並べて一緒に勉強をした。嫌なことばかり綴った手紙にもちゃんと返事をくれていた。
多分、自分以外で一番馴染みのある字がそこに綴られていた。
それはお姉様の字だった。
なぜ、どうして、困惑したまま、何かにすがるように荷物を持ってきた執事の方を見た。
でもその人は目を瞑り軽く首を横に振った後、恭しく頭を下げ、静かにドアから出ていった。
ああ、あの人は何も教えてはくれないんだろうなと、閉まったドアを見て、私は思った。
一人残された部屋で、改めてお姉様からのカードを見た。
どういう経緯かは分からないけど、真っ当に私に宛てたカードなんて書けないことだけは分かっていた。
だからそのカードをも、見た目は知らない誰かに宛てたものとなっていた。
『お会いできないお嬢様へ』という宛名から始まるメッセージは、オルゴールの音色が貴女の心を少しでも満たしますように、これから寒くなるのでストールがお役に立ちますようになど相手を思う言葉で溢れていた。
そして最後は『アリア』という名前で締められていた。
お姉様を『アリア』にしたのだから、そこに署名のように名前が書いてあるのは何ら不思議ではない。
けど、見慣れた文字で書かれた私の名前は、まるで宛名としてそこに書かれているように私には見えた。
それはお姉様が『私』にくれたメッセージだった。
紛れもない、ここにいる私にくれたものだった。
前も見えなくなるぐらい涙が出てきた。ぼたぼたと涙を流しながらも、カードを濡らしたくなくて、慌てて片手で目元を乱暴にぬぐった。
たった一人の部屋で顔がぐちゃぐちゃになるぐらい泣いた。
泣きすぎてぼんやりする頭で、改めて贈り物を見た。
飾り気の少ない小鳥のオルゴール、控え目な色のストール。
お姉様が選んだのだと思うと、胸にストンと落ちてきた。
本当に、全く私の趣味じゃない。
こんなに見た目はそっくりなのに、私たちって中身は全然似てない。
真面目で、不器用で、優しいお姉様。
双子なのに、何でも私よりしっかりこなして、私より先に行ってしまうお姉様。
王族の婚約者にまでなっちゃって、どんどん遠い人になっていった。
そっか。私きらびやかな地位にいるお姉様が羨ましいってずっと嫉妬してるって思ってたけど、最初は置いていかれるのが寂しかったのかもしれないな。
今さら、そんなことに気付くなんて。本当に私ってバカだ。
何だか可笑しくなってきて、一人ぼっちの部屋で、ぐちゃぐちゃの顔で私はふふふと声を出して笑った。
その日から、眠る前は毎日オルゴールをかけた。
昼間は時間ばかりがあるからか、後悔、恐怖、怒り、不安、色んな黒い感情が心を占めていることが多かった。
でもオルゴールの音色を聞きながら眠りにつくと、そのときだけはそれらの感情から解き放たれるような気持ちになれた。
くるくると踊る二羽の小鳥。
習いたてのダンスを踊ってみたくて、二人手を取って、デタラメなステップで笑いながら踊ったあの頃をふと思い出した。
そこから季節はどれぐらい変わっただろうか。
その冬の初め、私は質の悪い風邪を引いた。
高熱が続いて、ベッドから起き上がれない日々が続いていた。
いつものヤブ医者が薬を飲ませに来たけど、メイドに押さえられたって全てコップの中に吐き出してやった。
例え病気が悪化したってこればかりは私の意地だった。
あんたの薬は二度と飲まないと決めているのだ。
勝手に泣きそうな顔をするヤブ医者に背を向けて、私は布団の中にもぐった。
そこからも熱は引かず、これはいよいよ良くないなと思い始めた頃、ヤブ医者と一緒にレイナルドがやって来た。
いつもの取り繕った顔で「気分はどうだ?」と聞いてきたので、「見たくない顔が二つも揃ってて最悪」と素直に答えて差し上げた。
しかし私のそんな嫌みぐらいではレイナルドのポーカーフェイスは崩れなかった。
この男はいつもそう。私なんかその辺に転がる小石ぐらいに思ってるんだろう。
でも小石にも小石の意地がある。
ガンガンと響く頭痛を無視して、私は更に言葉を続けた。
「私は死んだって、例え神様から門前払いをくらうとしても、あんたたちを恨んで、恨んで、恨んでやるわ。
それぐらいここは最悪、最低だけど、最近悪くなかったかなって思うことも見つけたのよ」
そういうと目の前の男は弾かれたようにこちらを見つめてきた。
その顔を見返しながら、私は優雅に微笑みながらこう言ってやった。
「一つはあんたみたいな男に私が抱かれずに済んだこと。
そしてもう一つは、こんなところに私のお姉様がいなくて済んだことよ。
私だってお姉様だって、あんたみたいなクソヤローには勿体ない女なんだから」
レイナルドはポカンとした表情をしていた。
取り繕った王子さまの仮面が台無しだ。
久々に最高な気分だった。転げ回って、お腹を抱えて笑ってやりたい気分だった。
でも実際には私の喉からはひゅーひゅーと息が漏れるだけだった。
あはは……でもクソヤローって、こんな言葉初めて口にしちゃったわ。
昔マナー講師として来てたおばさんが聞いたら倒れちゃいそうなひどい言葉ね。
本当にひどい言葉遣い。ねぇそう思うでしょうお姉様?
「そういうのは良くないわアリア」って、また少し困った顔で私を叱ってよ。
お姉様にそんなことを言われたいだなんて、私も相当焼きが回っちゃったなと思いながら、重くなっていく意識に身を任せた。
私の意識は、混濁の中に落ちていった。
完結からポチポチと足していてすいません。
リクエストの答えになっていればいいのですが、思いついたのはこういう話でした。
他にもお声いただいているので、話がまとまればまた何か足すかもしれません。
その際はまたお付き合いいただければ幸いです。




