蛇足1 レイナルド
ざまぁ感を足そうかと蛇足です。
レイナルドの話です。
近日中に両親の話と足して終わりにしたいと思います。
「ぼくのおかあさまはマリーなの?」
真っ直ぐな瞳で見つめてくる息子にそう問われ、私は息が止まるかと思った。
しかしこの部屋には使用人たちもいる。動揺など微塵も表情には出さず、見上げてくる息子に優しく声をかけた。
「急にどうしたんだい?君のお母様はリリアと言う名前なのは知っているだろう?」
「でもハンクスにいさまがいってたよ。おまえはまるでマリーの子だなって」
「ああ、それは君とマリーがとても仲がいいなという意味だよ。君たちは仲良しだろう?」
「うん、ぼくマリーすき」
そこからマリーとさっき庭で遊んできたということを話し始めた息子を見て、ひそかにホッと安堵の息をついた。
急にあんなことを言い出したのは兄上の息子のハンクスのせいか。
確かハンクスはリリアが婚約者であった頃にはもう10歳手前だったはずだ。
リリアの顔を覚えているだろうし、もう14歳であれば周囲の噂の内容も理解する年頃なのだろう。
潮時……そんな言葉を心に浮かべながら、愛する息子の顔を改めて見つめた。
王弟たる私、レイナルドの息子として産まれた彼は、成長するにつれて母親に瓜二つになってきた。
柔らかな茶色い髪も、エメラルドのようなグリーンの瞳も母親であるマリー譲りだった。
リリア達姉妹も濃い目の茶色の髪に深いグリーンの瞳だった。だから産まれてすぐは誰も疑問には思わなかった。
しかし成長するにつれ、髪も、瞳も、顔立ちも、全てマリーにそっくりになってきた。
子供を授かるだけでも諦めていたものを得たはずなのに、欲が出たのだと思う。マリーを乳母としてあの子の側に付けてしまった。
彼女そっくりに育つ息子、その側に置かれた私の用意した乳母たるマリー、懐妊後、離宮から出ることなく儚くなったリリア……それら全てがじわじわと周囲が私たちを見る目を訝しげなものに変えていった。
そんな環境だからか、夜人目のない部屋でそっと抱き締めるとき、主人と乳母として向き合うとき、息子の遊び相手をするとき、いつもマリーの目には何かに怯えるようなそんな影が宿るようになった。
そんな彼女を見るたび、私は言い様もない罪悪感と後悔に苛まれそうになっていた。
衝動的に何かに許しを乞いたくなるときもあるが、謝ろうにも『リリア』は一年ほど前に流行り病で帰らぬ人となっていた。
密やかに行われた葬儀で、死をまだ理解していなかった息子は「おかーさまねんね?」と一人明るい声を出していた。
そして彼女の遺品を共に埋葬するときに、その中にあったオルゴールが欲しいと大声で駄々をこねた。
「愛しい我が子の手元にある方が故人も喜ばれるでしょう」と神父が息子に手渡したそのオルゴールは今も息子の部屋に飾られている。
私の罪悪感がそう思わせるのかもしれないが、そのオルゴールに鎮座する陶器の二羽の小鳥たちは、まるで寄り添う双子のように私には見えていた。
どこで間違えたのか。
マリーを乳母にしたことなのか、彼女との子供を望んだことなのか、自分達のために一人の少女を犠牲にすると決めたことなのか。
もし全てを断りあのまま誰とも結婚せず過ごしていれば、マリーはあの柔らかな笑顔のままでいられたのだろうか。
考えたところで、その答えを得たところで何も変わりはしない。
しかし何よりも愛する息子の顔を見るたび、そんなことを思わずにはいられなかった。
彼もいつか真実に気付くだろう。
彼の容姿は誤魔化せるものでもないし、ハンクスが耳にするほど我々のことは密やかな噂となっているのだろう。
いつまでこの屈託のない笑顔を私に向けてくれるのだろうか。
そんな感傷を誤魔化すように、目の前にいる小さな息子を強く抱き締めた。
派手なざまぁ感にはなりませんでした。両親も同じ感じになると思います。




