落日(アリア)
アリア視点。帰国したレイナルドとの夜の続きです。
離ればなれになって2ヶ月、やっと帰って来たレイナルド殿下との夜を前に、私はドキドキする心を抑えられずにいた。
今まで夫婦らしいことはできていなかったが、それもここまでだ。
今夜こそ名実ともにあの方の妻となるのだ。
もっと色気のある夜着がよかったが頭の固い侍女に肌も見えやしない服をしっかり着せられてしまった。
「お体が冷えるといけませんから」と言われたが、見当違いの気遣いだ。今必要なのは二人の親密度をぐっと上げられるものだ。
そんなことを考えていると、ついにドアがノックされ、レイナルド殿下が寝室に入ってきた。
リラックスした格好をしていても、惚れ惚れするほど素敵だった。下ろされた前髪が少し湿っていて、そんな姿を独占できるのは私だけだと思うと、たまらない優越感があった。
「レイナルド様、改めてお帰りなさいませ。会えない間は本当に寂しかったです」
「長らく留守にしてすまなかったね。私もやっと君と話ができそうで嬉しいよ」
「私もぜひ隣国のお話など、殿下のお話をたくさん聞きたいですわ」
「いや、今日は別の話を聞いて欲しいんだ」
そう切り出しながら、殿下は寝室に似つかわしくない一枚の契約書を出してきた。
訳も分からぬまま差し出された書類に目を通すと、そこには信じられないことが書かれていた。
さっきまでの満たされた気持ちに、いきなり冷水をかけられた気分だった。
嘘、私が殿下と誰とも知らぬ女の間に産まれる子供の母親の振りをするの?
私が殿下の寵愛を受けることはないの?
「な、何かの間違いですよね、レイナルド様。だって今までもあんなに私に優しくしてくださったじゃないですか?私と愛を誓ってくれましたよね?」
「愛など、どこの政略結婚でも形式上誓っているよ。私の最愛は君ではない」
「そ、そんな!今までの態度は全部嘘だったんですか?」
「嘘と言うより、計画のために必要な対応だったと言うべきかな」
「え?」
「今までの対応は全て、君が妊娠したように見せるために行っていたのさ。医師の指示も含めてね。最近使用人にやたら体を気遣われなかったかい?」
「あっ」
言われて、ここに来る前にしっかりとした生地の夜着を勧めてきた侍女のことを思い出した。
確かに彼女は体を冷やさないようにと言ってきた。過剰な心配だと聞き流していたが、王弟の子供を身籠った相手への対応だと思うと納得できるように思えた。
「2ヶ月前、ちょうど君との婚姻が成立する頃、私の愛する彼女が妊娠したかもしれないと言ってくれたんだ。だから彼女の体調を見守りつつ、今回の計画を進めた。
君が素直に医師の指示に従ってくれたお陰で、今や使用人達はみんな君は身籠っていると思っているよ。
しかしこれからは体の変化も出てくるようになるし、君が大人しく妊婦の振りをしてくれるとは思っていない。だから、君にはこれから半年と少し、療養に入ってもらうよ」
「そ、そんな横暴あんまりです!!それに療養ってどこに閉じ込めるつもりか知りませんけど、私そこで会う人間に私は妊娠なんてしてないって言いますからね!!」
「それは賢い選択とは言えないな。まぁ、君は元々勉強も苦手らしいからね。
ねぇアリア嬢?」
今までのような優しい微笑みを浮かべた殿下に、急に名前を呼ばれ思わず私は固まってしまった。
嫌な汗が背中を流れていくのを感じた。根拠はないが殿下は私達の入れ替わりに気付いている、そう思った。この人を誤魔化しきれる気はしなかったが、認める訳にもいかず、私は必死に困惑した顔を作った。
「レイナルド様、どうして急に妹の名前が出てくるんですの?」
「まぁここまでのことをして簡単に認める訳はないか。でもそういうことだよ。
君は私の命令に従うしかないんだよ。婚姻の前日だろう?君のご両親も同席していたと聞いている。一家全員路頭に迷うより、君一人がしばらく命令通り大人しくする方が、理にかなうと思わないかい?」
表面上は変わらず優しい笑みを浮かべる殿下の言葉に、私は何も言い返すことができなかった。
そこからは早かった。いつもの医者が来て、殿下と何かを相談したかと思うと、私はしばらく気分が悪い振りをして、ベッドから出ないよう命じられた。
そして、そこから数日後、私は王城の奥にある静かな離宮へと移された。
そこにいる使用人は全てレイナルド殿下の計画を知っているそうで、騒がなければここでは与えられた場所で好きに過ごしていいと言われた。
私は離宮の二階を与えられていた。階段の前にはドアがあり、いつも厳重に鍵がかかっていた。
不便もないが楽しみもない、ただただ生かされるだけの生活が始まった。
初めは使用人が来る度に、私は病気ではない、これは殿下の横暴なんだと訴えていた。けれどもどれだけ騒ぎ立てても彼らは私の存在ごと無視するかのように、何の反応もせず、ただ仕事だけをして去っていった。
数日は抵抗をしたが、そうして無視をされ続けると、次第にそんな気力もなくなっていった。
まるで自分の存在がなくなってしまうような、そんな幽閉された生活だった。
そんな虚しい日々に追い討ちをかけたのが、渡される両親や友人からの手紙だった。
手紙は『レイナルド殿下の寵愛を受け、体調を崩しながらも、子供を授かったことを喜ぶ私』に宛てられたものだった。
外の世界ではそんな私がいることになっていて、代筆で返事でも書いているのか、誰も私が今置かれた状況について全く気付いていなかった。
手紙に『貴女は幸せね』『大切にされていて羨ましい』という言葉を見付ける度に、自分も同じことをお姉様に言っていたことを思い出した。
表面の綺麗なところだけを見て、勝手に嫉妬して「お姉様ばかりずるい」「私が婚約者に選ばれるのをお姉様が邪魔したのよ」と、ひどい言葉を投げつけた。
さらにお姉様は私より沢山いいものを手にしているのだからと、両親に使用人に嘘を吹き込み、お姉様から家族の信頼と愛情を奪った。
自分がどれだけ身勝手なことをして、お姉様をどんなに傷付けたか、色んなものを失って初めて気付いた。
ああ、なんてことをしてしまったのか。
お姉様に謝りたい、両親に全ては私の醜い嘘だったのだと打ち明けたい!
許されようなんて思わない。ただ真実を伝えたい。
泣きじゃくりながら、私はそう切に願った。
しかし、そんな身勝手な罪悪感を嘲笑うかのように、階下へと続くドアが私のために開くことはなかった。
離宮の一階にはレイナルドの愛する女性が隠れ住んでいます。なので足しげく通っています。
というのを本文に入れたかったのですが、組み込めませんでした。難しいです。




