王弟妃の懐妊
王城で働く使用人達の間で、ここ最近ある噂が囁かれていた。
それは、王弟妃殿下はご懐妊されているのではないか、という噂だった。
ある者は、昼間の園庭でひどく眠そうにされる姿を見たそうだ。
ある者は、最近は酸っぱいものを好まれるようになったと言っていた。
そしてある者は、気分が悪いからと冷たい水を用意するよう何度も頼まれたそうだ。
この噂を裏付けるように、王弟妃殿下の元には医者が頻繁に訪れていた。
近いうちにいいニュースが聞けるのではないかと、誰も彼もがそわそわしていた。
そんな期待は半分当たり、半分外れた。
ご懐妊の知らせと共に、妃殿下は体調がすぐれず臥せっていることも知らされたからだ。
悪阻のような状態が続いていて、城の奥の静かな離宮に部屋をもらい、しばらくはそこで療養をするという話であった。
陛下を始め、重鎮が集まる会議でも、この話が出た。
「どうだね、リリアは離宮でつつがなく過ごせているか?」
「お気遣い痛み入ります陛下。医者が言うには子供は順調であっても、稀にああして不調が続くものがいるそうです。
まだ辛そうにはしておりますが、静かな環境を整えていただけましたので、ゆっくりと療養ができております」
「そうか。妻の一大事だ、よく支えてやるが良い」
「仕事も調整していただいて、重ね重ね感謝致します」
「よいのだ。私も可愛い甥か姪の顔を見れるのを楽しみにしているぞ」
婚約中も公の場では寄り添う二人の姿は見られていたが、ご懐妊後はレイナルド殿下のご寵愛は更に深まり、今や時間があるときはリリア殿下のいる離宮へ足繁く通われているそうだ。
リリア殿下の体調の回復と、無事ご出産されることを城中の誰もが願っていた。
しかしそんな願いも空しく、結局出産までリリア殿下は離宮を出ることはなかった。
そして無事男の子を出産した後も、産後の肥立ちが悪く、そのまま離宮に留まることになった。
色々な噂はその後も聞かれたが、その後リリア殿下のお姿を公の場で見ることはなかった。
産まれた男の子には、側にいられない母親の分もレイナルド殿下や乳母達が愛情を注いでいた。
ベテランの乳母が多い中、一人だけリリア殿下のお年に近い、若い者もいた。母親に近い年頃のものも側に必要であろうとレイナルド殿下が手配したその乳母は、隣国に嫁いでいたが夫と子を失くして帰国した女性なのだという。
男の子と同じ美しい柔らかな茶色の髪を揺らし、駆け回る男の子を追いかける姿が、ときおり庭で見かけられていた。
その笑顔はまるで本当の母親のように慈愛に満ちていた。