婚約者を奪われた日
初投稿です。
同世代で一番いい婚約をしたのは誰かという話になったら、恐らくリリア・アーバインの名前が上がるだろう。
なぜなら、リリアは伯爵家の娘で、容姿も教養も特別優れている訳でもないが、王弟の婚約者となっているからである。
ことの始まりは、広いが田舎で山ばかりのアーバイン領において、魔石と同じく魔道具の動力となる鉱石が発見されたことだった。
今までは魔物を倒すことでしか得られなかった動力源が採掘で得られるということである。事態はすぐに王家預りの話となった。
その話の中で鉱石の採掘に王家が関わるための体裁の一つとして、アーバイン家の娘と王弟であるレイナルド殿下の婚約が結ばれることとなった。
アーバイン家の娘にはリリアと双子の妹のアリアがいる。容姿は瓜二つ。親でもたまに間違うほど二人はそっくりである。
婚約者をどちらにするかという話になったとき、王家側からはより教養がある方が望ましいとされた。そのため勉学が得意なリリアが選ばれたのだった。
婚約者を選ぶ理由がそれであった訳に、リリアは婚約してすぐ気が付いた。アーバイン家では近くの領地の伯爵家、もしくは子爵家ぐらいに嫁ぐだろうという程度の教育しか娘達に行っていなかったため、王弟の婚約者となるにはあらゆるものが足りていなかったのだ。
そのためリリアはその日から三年、王城にて厳しい教育を受けた。レイナルド殿下は周辺諸国との外交を主に担われているため、外国語の教育は中でも厳しいものであった。
そんなことも含めたリリアの努力と苦労など知らず、妹のアリアは顔を合わせる度に「お姉様が羨ましい。ずるい」とリリアに言ってくる。
確かにレイナルド殿下は輝くような金髪と青色の瞳を持つ非常に美しい男性であった。やや細身ではあるがスタイルもよく、夜会などで正装をした姿を見て多くのご令嬢が頬を染めている。また周辺諸国の言語を習得していて、今までに様々な外交問題もその手腕で解決していた。端から見れば王弟の婚約者の予算から作られた高価なドレスや装飾品を身にまとい、夜会などでそんな殿下にエスコートされるリリアは「羨ましい」存在なのかもしれない。
しかし昔から両親からも勉強をするように言われても「私は器量がいいもの。お姉様みたいにガリ勉する必要はないわ」と、勉学をおろそかにしていたのはアリア本人だ。リリアは私に「ずるい」と言われても困ると思っていた。
そのため「ずるい」「ずるい」と言われるのを聞き流していると、アリアは次第に両親や使用人達に「お姉様にあなたには安いドレスがお似合いよと虐められた」とか「お茶会で声をかけたのにもう身分が違うと無視された」とか嘘を吹き込むようになった。そのせいでアーバイン家の中でのリリアの評価は地に落ちていた。
リリアは両親から会うたび、手紙が届くたび叱責された。最初はそれは嘘だと反論していたが、基本的に城で生活をするリリアでは真実を伝えきることができず、いつしか何を言われても諦めるようになっていた。
そんな状況だから、正式な婚姻を結び王族に名を連ねる前日に最後に家族だけの時間を、と言われたときにリリアは正直これで解放される、という気持ちであった。王弟妃となれば人と会うには、例え家族であっても必ず護衛が付くことになる。滅多なことは言われなくなるだろうと思ったからだ。
その日の両親と妹はいつになくにこやかであった。色々あったが最後ぐらいはこうして穏やかに過ごさせてもらえるのだなとリリアが思っていると、母が懐かしい料理長自慢のフルーツパウンドケーキをこっそり出してきた。
「落ち着いて家族でお茶をできるのはこれが最後かもしれないじゃない」と少し切なげに言われると、本来は念のため毒味を行うよう言われているが、リリアは言い出しづらくなってしまった。何より本当に久々の穏やかな家族の時間を壊したくなかったため、結局何も言わずリリアはケーキを一口頬張った。
口の中に懐かしい味が広がった。決して高い原料は使っていない。それでも泣きそうなぐらいおいしかった。「本当に懐かしい。このケーキが一番好きかも」と泣き笑いのような表情でリリアが言ったその後すぐ
……
彼女は意識を失った。
馬車の揺れと、車輪が立てる音でリリアは目を覚ました。意識がはっきりしないながらも何とか目を開くと、そこには両親が座っていた。
リリアが自分の置かれた状況が分からず混乱している中、おもむろに両親はこう言った。
「今から貴女はアリアよ。双子の妹を虐めるような貴女ではなく、私たちの可愛い子こそがリリアで、王弟殿下と婚姻を結ぶのです」
「騒ぎ立てようとは思わないことだ。明日にはあの子の婚姻が成立するし、お前もこれから商家に嫁ぐことになっている。その際に家族の縁も正式に切る」
そのときになってリリアは自分がアリアと入れ替えさせられたことに気づいた。
ドレスは妹が着てきていたものに着替えさせられ、婚約者の証として身に付けていた紋章入りの指輪や、他のアクセサリーもなくなっていた。
「貴女達は見た目は本当にそっくりだもの。侍女やメイドがあのあと部屋に入ってきたけど、誰も気づかなかったわよ」
「他でもない我々親があの子がリリアだと言っているのだ。もう王城にも入れないお前が騒いだところでどうにもならんぞ。全て自業自得だ。さっさと平民になるんだな」
両親に睨み付けるようにそう言われたリリアは、家族にそこまで嫌われてしまったことに胸を痛めた。そこからは俯いたまま何も言わず馬車に揺られ続けた。
しばらくすると馬車は一階が店舗になった三階建ての建物の前で止まった。出迎えた男女と両親の会話から、彼らが両親の言う結婚相手の両親であることが分かった。にこやかな両親に対して、結婚相手の両親の態度は冷々としたものであった。
応接間に通され、そこからは婚姻の契約の話となった。アリアをアーバイン家から正式に縁を切るという話には相手も少し驚いていたが、その分鉱石に関わる商売の条件を良くすると、何も言わなくなった。
結局結婚相手本人の顔をリリアが見ることなく、まるで売買契約のように、『アリア』の結婚は成立した。
翌日には姉の婚姻式もあるからと、両親はさっさと帰っていった。こうしてリリアは家族も婚約者も貴族籍も全て失ってしまったのだった。
そしてその翌日、王城では王弟レイナルドと『リリア』の婚姻式が華やかに行われた。にぎやかなパレードが行われた王都の中心部から遠く外れにいた場所にいたリリアには、その喧騒すら届かなかった。