第96話 幻獣ミラー
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僕は【竜眼】を使って、ロラン王子の目を鑑定する。
【ロラン王子の目】
毒状態。複数の毒が使われ、通常の毒消しによる回復は不可能。
自然治癒による回復は可能。全治3ヶ月程度。
なるほど。典医さんの見立ては間違いなさそうだ。
確かに複数の毒というのは、厄介だな。
毒といってもひとえに色々な毒がある。
神経や筋肉に作用したり、血液に溶けることによって凝固をうながしたり、毒素そのものが小さな小さな生物であったりすることもある。
今、ロラン王子を蝕んでいるのは、毒の効果こそ薄いものの、それらの毒性を色々と混ぜ合わせたものが使われている。
複数の毒を混ぜ合わせ、毒を作るのは難しい。
ロラン王子に毒を盛ったのは、おそらくかなり毒に精通した人間と見ていい。
それが目だけに作用するように狙ったのなら、プロ中のプロの犯行だ。
【鑑定】しながら、その巧みさに脱帽してしまう。
けれど、ロラン王子に毒を盛った卑劣な相手を許すわけにはいかなかった。
「どうだ? ルーシェル?」
「相当な毒の使い手が作ったもののようですね」
「お前が褒めるのだから相当だな。それで『狩初めの儀』までには間に合いそうか?」
「自然治癒を待つなら絶望的ですが、僕ならなんとか……ただ――――」
「言ってみろ」
「材料が足りません。この毒を取り除くためには、どの毒にも効く万能薬が必要になります」
「魔法でも癒やす事はできないか?」
「魔法で癒やす事ができるのは、基本的に自然毒なので。人工的に作られた毒には通じません」
ロラン王子は肩を落とす。
「そうか。それで、どんな材料が必要なのだ」
「ブルーシードですね」
僕がその名前を出すと、途端ロラン王子は目を丸くする。
「ぶ、ブルーシード。で、伝説の魔法の実ではないか! 存在すら怪しいといわれている魔種だぞ。そんなものどこに……。よもやお主の畑に生えてるとか言わんよな」
ロラン王子は半目で睨む。
驚いたり、疑ったり、今日の王子は忙しそうだ。
でも、こんな風に王子が百面相になるのも仕方がない。
ブルーシードはロラン王子の言う通り、伝説の魔種だ。
でも、実在することはわかっていた。何故なら、昔の遺構から出土したり、3000年前にあった国の宝物庫の中にあったりしたからだ。その当時の権力者の胃からも出てきていて、やはり高貴な身分の人が食べる代物だったらしい。
ある時、はたとブルーシードは歴史から消えた。
これには色々と諸説があるみたいだけど、ブルーシードを見つけられる人がいなくなったからということが有力みたいだ。
ブルーシードを食べることが権力者の象徴みたいなものだったのだろう。例えば異国から攻められ、権力者が国とともに滅んだ時、ブルーシードを見つけることができる探索者も一緒に自害したのかもしれない。
「それぐらいは知っておる。問題は、お前がそのブルーシードの在処を知っているかということだ。いや、知っているからこそ提案しているのだと思うが」
にわかに信じられない、とばかりに王子は首を振る。
「はい。僕はブルーシードの在処を知っています。けれど、問題がないわけではありません。ブルーシードの在処は非常に特殊です。あれはある魔物のお腹の中で育つので」
「ま、魔物のお腹の中だと……!! それでは、ブルーシードは消化されてしまうのではないか?」
「それは大丈夫です。だいたいの居場所はわかってます。今からユランを呼ぶので」
「待て、ルーシェル。余をこの山から連れ出すのはまずい」
「ああ。そうか。大騒ぎになってしまいますからね」
「それぐらいならいいがな。レティヴィア家が王子を攫ったなどと吹聴される恐れがある。前の暗殺未遂とて、レティヴィア家が関与していたのではと勘ぐる者もいた」
なんて人たちだ。
レティヴィア家に難癖をつけるなんて。
ロラン王子の後ろ盾はレティヴィア家。そのレティヴィア家が王子を弑することなんて絶対にないのに。
でも、ロラン王子の言葉が本当に実行されるならまずいことになる。今、クラヴィス父上も、カリム兄様もいないのだから。
「この山の中で見つけなければならないということですか?」
「すまぬ。そういうことになるな」
ロラン王子は下を向く。
「余が……。余が油断さえしていないければ」
「王子のせいじゃありません。そもそも家族に毒を盛られるなんて、あってはならないことです。それが国を担う一族なら尚更のことだと思います」
そうだ。油断なんかじゃない。
家族は生まれた時から自分の側にいて当然のような人間たちだ。
そんな人がロラン王子のような小さな子どもに毒を盛ること自体が異常なんだ。
「ちょっと待っててくださいね」
僕は【竜眼】を使って辺りを探索する。
ブルーシードを持つ魔獣を探る。しかし、そんな簡単にいるものではない。
1度、リーリスたちと合流してから、僕がブルーシードを取りに行こうか。
いや、それだと僕がいない間にロラン王子が狙われる可能性が高い。
そもそもここから僕がいた山が遠すぎる。
もう少し近かったら、何とかなりそうなんだけど。
他にあの魔獣がいそうな所ってどこだろう。
「ルーシェル、すまないな」
「謝らないで下さい、王子。早く目を治して、『狩初めの儀』でバンバン獲物を獲って下さいよ」
こんなに落ち込んでいるロラン王子を見るのは、初めてだ。
僕はわざと明るく振る舞って、元気づけようとする。
「『狩初めの儀』か。そういえば、この山は王族が管理する山に似ているな。緑が豊かだ」
「へぇ……。獲物もいっぱいいるんでしょうね」
「いるぞ。それに魔草や魔種も多い。新種も時々発見される。そのため密猟者が多くてな。4年に1回開くのも、密猟者が入らないようにするためだ」
「なるほど」
「そう言えば、不思議な山での。時々、そこを中心とした地震が起こるそうだ。余は目撃したことがないのだが、崖崩れも割と多い。最近も起こったところだ」
「そんなところで『狩初めの儀』をするのは、危険じゃないですか?」
「ミルデガード王国よりもずっと前から行われていた儀式でな。あの辺りの権力者がしなければ、祟りが起こるのだそうだ」
「ずっと前っていつからなんですか?」
「余もよく知らんが、2000年以上前から行われているらしい。【大厄災】の時に一時中断したが……」
魔草が多いと言うことは、土地に根付く魔力が豊富だということだ。
定期的に起こる地震。
そして2000年前からある儀式か……。
あれ? もしや……。
「ロラン王子、質問なんですけど、『狩初めの儀』が行われる山ってどこにあるんですか?」
「む? そうだな。そう言えばこの山から近いぞ。と言っても、馬車で2日ぐらいかかるがな」
うん。近い。少なくとも、僕が住んでいた山よりもうんとだ。
確かめて見る価値はありそうだな。
「ロラン王子、その山があるだいたいの方向ってわかりますか?」
「余を誰だと思っておる。方向感覚には自信があるぞ」
そう言って、ロラン王子は辺りを見渡す。
ここが頂上付近で良かった。おかげで360度眺めることができる。
「あっちだな」
ロラン王子は北を指差した。
「わかりました」
僕は手を掲げる。
「何をする気だ?」
「まあ、ちょっと見てて下さい」
召喚魔法【幻想鏡】
瞬間、大きな魔法陣が閃く。
爆音を立てながら、風が逆巻き、近くの木の幹を大きく揺らした。
「しょ、召喚魔法まで使えるのか?」
ロラン王子が息を呑む。
すると、魔法陣の中から何かがせり上がってくる。
それはすべて鏡でできた女性だった。優美に曲線を描いたくびれ、柔らかそうな太股、大きく貼りだした臀部。さらに豊満な胸と、長くしとやかな髪ですら月光を強く反射し、さらに僕たちの姿を映していた。
唯一鏡ではないのは、赤く蠱惑的に光る瞳だけだ。
「ふふ……」
厚い唇とすぼめて、女性は笑う。唇も頬も全部鏡だ。
「久しぶりだね、ミラーさん」
挨拶すると、鏡でできた女性は早速とばかりに抱きついた。
「ルーシェルぅ! ルーシェルぅ!! 寂しいじゃないか! なんで喚んでくれなかったんだい。ルーシェルの契約幻獣になってから、1日千秋の思いで待ってたのに~。も~、ルーシェルのい・け・ず~」
まるで甘えてくる大型の猫科動物だ。
さらに僕を押し倒し、自分の身体を密着させてくる。
肌は鏡でできていても、肢体の柔らかさは女性そのものだ。
僕の頭に押し付けてくる豊満な胸も、クリームがいっぱい詰まったシュークリームみたいに張りがあって、柔らかい。
おかげで息ができなかった。
「ぷはっ! ちょ! ミラーさん、どいて。お願い、落ち着いて! 喚ばなかったのは謝るよ。でも、今は一刻を争う意味で、ミラーさんの力が必要なんだ」
「だーめ! しばらくルーシェル粒子を補充しない限り、ここをどかないんだから」
「ぶはっ!」
ミラーさんはさらに僕の方に胸を押しつけてきた。
や、柔らかい。ミラーさんの胸というか、全身が柔らかい。
不味い。なんか変に良い気持ちが……。ダメダメダメ! 相手は契約幻獣なんだよ。何を考えているんだ、僕は。そもそもこの身体は、まだ5歳で。
目をグルグルさせながら、僕は何を言っているのだと、自問自答していると不意に別の声が聞こえた。
「マダム。どうかそれぐらいで。私の友人が、マダムの魅力に困っているようでして」
ロラン王子だ。
僕の頭の横に立った王子は、キリッと眉を吊り上げて笑っていた。
5歳とは思えないほど、整った表情にミラーさんはおろか僕まで呆気に取られてしまう。
そして、その効果は絶大だった。
「はううううううううううう!! な、な、な、なにぃいいいい! この天使ちゃんわぁぁぁあああああああああ!!」
ロラン王子を目撃したミラーさんは、あっさりと撃墜されてしまったらしい。
すっかりロラン王子の虜だ。どうでもいいけど、カンナさん含めて僕の周りってどうして、小さい男が好きな女性が多いのだろうか(ミラーもカンナさんと同じ臭いがするんだよなあ)。
「それで……。彼女は何者だ? 随分と奇天烈な姿だが」
「彼女は【幻想鏡】。僕はミラーさんって呼んでます。こう見えて、幻獣なんだ」
「うふふふ……。よろしくね、ロラン王子」
「う、うむ」
さすがロラン王子。ミラーさんって本当に変わった姿していて、さらに言うとほぼ全裸。子どもの教育に凄く悪い恰好している。
まあ、光に当たるとすべて反射してしまうどころか、その光をさらに倍増させるから、デリケートな部分は何も見えないんだけどね。
でも、おかげですっかり周囲は明るくなっていた。
それなのにロラン王子は堂々としたものだ。
もしかして、側付きとかメイドの人に、裸で身体とか洗ってもらっているのかな。
王子様だしね。仕方ないね。
「どんな想像をしているかは薄々わかるが、今は捨て置け。で、ミラーとやらお前は余に何をしてくれるのだ?」
「さあ……。それはルーシェル様に聞いてみないと」
ミラーさんは目を細め、僕の方を見た。
「ミラーさん、お願いがあるんだ。ここから北の山に行きたい。ミラーさんの力で繋げることができる?」
「北の山……。なるほど。そういうことでしたら、問題ないかと」
「やった。早速、お願いできる?」
「おい! ルーシェル、さっきから全然話が見えない。一体何をしようというんだ?」
「この山と、『狩初めの儀』が行われる山とを繋ぎます」
「はっ? 繋ぐだと?」
「はい。でも、地面をいくら整備したところで、距離まで縮まりません。でも、【幻想鏡】ならそれも可能です。ミラーさん、早速お願い」
「ふふ……。お安い御用よ」
ミラーさんは不敵に笑う。
露出度の高いミラーさんは、下半身に巻いたスカートを広げる。
その瞬間、僕たちは光に包まれた。
「いってらっしゃい。ルーシェル、ロラン王子」
ミラーさんの優しい声が聞こえる。
次の瞬間、僕は薄く目を開けると、再び森の中にいた。
だがレティヴィア家が管理している山じゃない。
別だ。この時期に咲くアマヅラコガネが揺れている。これはレティヴィア家の山では咲かない食草だ。
それにちょうど僕たちの前。そのアマヅラコガネの蕾を食べている動物がいる。
猿だ。いきなり現れた僕たちを見て、目を剥いたまま固まった。
かなり大きい。特徴的なエラを張った顔で体毛というより、毛髪がフワフワと揺れて、襞襟みたいに見える。
「ルーシェル、ここは――――ぬっ。こやつ、ダイオウザルではないか」
「ロラン王子、知ってるんですか?」
「ああ。我ら王族の祖先が眠る山にだけ住む固有種だ」
「じゃあ、ここはロストロイ山に間違いない?」
よし。まずは成功だ。
僕は【竜眼】を使う。俯瞰モードにして、視線を山の頂上へと向けるようにする。
すると、よく見ると山はある動物の形をしていた。
「やっぱり……」
「おい。ルーシェル。時間がないのはわかるが、説明をしてくれ」
「すみません、ロラン王子。時間がないので、説明は後にさせて下さい」
「……わかった。お前を信じよう」
ピシャリと反論されたロラン王子は、説明を諦める。
ややしょぼくれた王子の手を取り、走り出した。
「ロラン王子、まず2つ説明します。1つは僕たちはずっと誰かに監視されていました」
「何??」
「具体的に誰がというのはわかりません。ただ【遠見】魔法を使って、遠くから僕たちのことを見ていたことは確かです。その気配は感じていましたから」
「なるほどな」
「心当たりがあるんですね」
「残念ながら、うんざりするほどに」
ロラン王子は肩を竦めて戯けて見せる。
明確に命を狙われながらも、王子はまだまだ余裕だ。
逆に、監視していた人間は、僕たちが忽然とレティヴィア家の山から消えて慌てている頃だろう。
レディヴィア騎士団の応援が来て、本格的な救出活動が始まるのは明朝といったところかな。
それまでに僕たちは何事もなかったかのように麓に戻る必要がある。
「2つめは……?」
「はい。この山のことです。はっきり申し上げますが、これは山ではありません」
「山ではない?? お前、何を言っているんだ?」
まあ、そういう反応になるよね。
でも間違いない。
これは――――。
「魔獣です。山ぐらい大きな魔獣……。僕たちが今こうして走っているのも――――」
エルドタートルという魔獣の背中の上なんですよ……。
そして、僕はポッカリと空いた穴の前にやってくる。
それはよく見ると、巨大な口のようであった。
蒼い蒼い時代が溶け出した~♪
儚くも浮き上がるみ・ら・い♪
生命は光の数だけ~♩ 煌めいて散りゆく~♪
 








