第95話 王子の告白
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「おお!!」
僕は声を上げた。
山頂に登ると広がっていたのは、大自然だ。
山や森、川なんかは勿論、魔獣や野生動物の姿もある。
薄く煙っているけど、レティヴィア家の屋敷やその向こうに広がる街までも見えた。
山と山の間を流れる川が太陽の光を受けて、星の川のように輝いている。
いい天気だ。こんな時に、正体不明の魔獣に襲われるなんてついてないね。
僕が言うのもなんだけど、随分と人里の生活に染まってしまったことを自覚した。
自然を見て懐かしいなんて思うなんてね。
300年ずっとこんな自然の中で生きてきたのに……。
「はあ。はあ。はあ。はあ」
息を切らしていたのは、ロラン王子だった。
ゼブライガーに毒を盛り、余裕があるから、自分としてはかなりゆっくり登ってきたつもりだったのだけど、さすがに王子にはキツかったようだ。
空気が薄いというわけでもないけど、途中急斜面なんかもあって、子どもには体力的にしんどかっただろう。
「予想はしていたが、ルーシェルは体力も凄いのだな」
「何を言っているんですか。ロラン王子も凄いですよ。この急斜面を休まず登ってきたんだから」
「無駄な世辞はよせ。お前に言われると哀れまれているように感じる」
素直な感想なんだけどな。
僕は5歳のようにみえるけど、本当は300年生きてるし、お爺ちゃんになった経験だってあるんだから。
「ゼブライガーは……」
「追いつけないとわかって、身を隠したみたいですね」
【気配探知】を使ったけど、襲いかかってきたゼブライガーは完全に身を隠したらしい。
野生の動物や魔獣が本気になって隠れると、【気配探知】を使ってわからない時がある。
この大自然の中にゼブライガー1匹しかいないというなら見つけ出せると思うけど、山の中には野生動物や魔獣がひしめいている。中には、麓へと降りているリーリスたちもいるはずである。
それをすべて見分けるのは、なかなか至難技なのだ。
でも、これはまだ一般の冒険者レベル。
僕だと【竜眼】という裏技を使うことができる。
一応使って探しているんだけど、どこにも見当たらない。
忽然と消えてしまった。
あんな大きな魔獣が、魔晶化せずに消えることはないと思うんだけど……。
「どうした、ルーシェル。難しい顔をして。いつものだらしないにやけ面はどうした?」
「え? 僕っていつもそんな締まりのない顔をしてます?」
意外だ。僕個人としては、割と凜々しい顔をしてると思ってるけど、そんなに普段からだらけた顔をしていたのか。
「まあ、さもありなん。レティヴィア家のメイドたちは美女揃いと聞くからな。加えて、お前の側には同い年の絶世の美女がいる」
ごくっ……。
思わず息を呑んでしまった。
ぜ、絶世の美女ってもしかしてリーリスのことかな。
「ほら。また締まりのない顔をしているぞ、ルーシェル。あと顔も赤い」
「え? ウソっ!!」
「まだまだ修業が足りぬな。300年も生きているくせに……」
「す、すみません。……長く生きてるのに、そそっかしいのは全然治らなくて。外見が成長しないからかなあ、と色々考えてるんだけど」
え? ちょっと待って。
僕は顔を上げる。
「ロラン王子、今300年って……」
おかしい。
ロラン王子は僕がただ者ではないことは知っていても、詳しい素性までは知らないはず。
そもそも僕が300年生きていることを知っているのだって、今の家族とヴェンソンさんやカンナさんなど上役の家臣ぐらいしか知らない。
後は山で暮らしていた不思議な力を持つ少年ぐらいの印象しか持っていないはずだ。
レティヴィア家の人間だって知るものはごくわずかなのにどうして……。
「お前は国というもの、引いてはそれを動かす王族というものを知らぬのだ。お前の情報を得るのには苦労したが、調べてみると色々と面白いことがわかった。たとえば、お前が『人類の裏切り者』ヤールム・ハウ・トリスタンの息子だったとかな。難民の身元を探すのは難しいが、お前ほど出自のはっきりした人間であれば、割と簡単に調べることができた、ルーシェル・ハウ・トリスタン」
「ロラン王子」
僕は初めてロラン王子に殺意に近い感情をぶつけた。
僕が300年生きていることはおろか、僕がトリスタン家の子息であったこともまで調べがついてるなんて。
目的がわからないけど、友達だと思っていたロラン王子の前ですら構えてしまう。
クラヴィス家に来て、僕は父がやった裏切りについて学んだ。
そうしてたくさんの人が傷付き、多くの国が消滅し、多くの人が亡くなったことを知っている。
その情報を使って、僕はロラン王子は何をするのか。
僕の力を自分の覇業に使うならまだいい。
クラヴィス家との友情を潰すようなことに使うなら、僕は――――。
「待て待て。ルーシェル。そんなに殺気立つな。お前の力はよく知っている。今、ここで余の首を狩ることなど造作もない。その上でゼブライガーに殺されたと偽装することも、お前ならできるだろう。だが、余はそれを望んでいない」
「では、何が望みですか?」
「考えてもみろ。お前の正体を暴露するつもりなら、王宮で宣言してる。お前の力を使って覇業を目指すというなら、クラヴィス家を人質にとってお前を傀儡にすることだってできる。まあ、そんなことしてもお前なら一瞬で解決してしまいそうだがな。……お前にとってこの情報は急所も同じであろう。だから、2人っきりの時に話したのだ。予定とは違ったがな」
「状況って……。ゼブライガーは?」
「いや、あれは余ではない。誓っていうがな。それに下手人は予想はついている」
「犯人が誰か知っているのですか?」
「まあな。だが、これは余の問題だ。お主が考える問題ではない」
「はあ……」
じゃあ、一体ロラン王子の目的って一体なんなんだ?
一向に考えが読めないんだけど。
「ルーシェルと二人っきりになりたかった。できればリーリスや、特にクライスの目の届かないところでな」
「クライスさん?」
「多分薄々気づいていると思うが、今余は目を患っている」
ロラン王子は突然告白する。
しかし、王子の言う通り薄々気づいてはいた。
ロラン王子は弓矢の練習をしているという割りには、近くの的に当てることすら困難な様子だった。
才能がないという見方もできるかもしれないけど、ロラン王子の構え方は美しく、姿勢や残心にも問題がなかった。
僕から見ても、才能があって、かなり練習している人の動きだ。
そんなロラン王子が随分と的を外していたのは、あの短距離ですらはっきり見えないほど、的の中心がぶれて見えていなかったからだと推測していた。
「どうやら説明するまでもなく、気付いていたようだな」
「そもそも『狩初めの儀』が近いのに、わざわざ我が家まで来て弓を教えて欲しいなんておかしいですからね」
「そうか? 弓が上手そうな友達に教えを請うというのは、別におかしいことではないと思うがな」
「話が進まないので、僕をからかうのはやめて下さい」
僕は咳払いをする。ただちょっと嬉しかった。
「それで目をどうしたんですか?」
「毒を盛られた」
「えっ??」
さすがの僕もその言葉には驚いた。
毒を盛られたこともそうだけど、ロラン王子が何食わぬ顔で『毒を盛られた』と言ったことにも驚く。
「まるでよくあること――みたいな言い方ですね」
「残念ながら王宮に住んでいると、これがよくあることなのだ」
ロラン王子は息を吐く。
そこまでずっと飄々としていた王子の表情に悲哀というか、寂しさのような感情が滲み出ていたのは、印象的だった。
とても5歳とは思えない疲れた顔……。
王宮によくある王位継承争いというヤツだろうか。
たとえ5歳の王子でも、容赦なく毒を盛る。
もしかしたら、僕が住んでいた山なんかよりも遥かに危険地帯なのかもしれない。
「あまり深刻になるなよ、ルーシェル。これは王族の問題だ。なんでもかんでも首を突っ込むと、身が持たなくなるぞ。レティヴィア家に迷惑をかけるのは、お前も望んでいないだろう。それに最初にいったが、これは余の問題だ」
ロラン王子は逆に僕の身を案じる。
「……そうですけど。でも、よくご無事で」
「致死量ではなかった。たぶん殺すつもりはない。この目の毒にしたって、典医によれば春には自然と治っているらしい」
「春って……。じゃあ、『狩初めの儀』はどうするんですか?」
「さすが察しがいいな、ルーシェル。問題はそれなのだ。このような状態では、猪どころか鼠1匹仕留められぬかもしれん。そこでだ」
「僕を頼ってやってきたんですね。弓を習いに行くと、許可ももらって」
ロラン王子は頷いた。
「正解。頼めるのはお前しかいなくてな。こういう方法を取った。少し回りくどかったかもしれんな」
「僕を調べたのは?」
「……お前を信じたいという気持ちはあった。しかし、余は王族だ。暗殺者数人を一瞬にして無害化する子どもを捨て置くわけにはいかん。許せとはいわん。だが、これだけは言っておくぞ、ルーシェル」
王子は僕の肩を掴んだ。
「お前がトリスタン家の人間であろうと、余はそなたの友達だ。この誓いは絶対だ。たとえ、そなたの正体が知られ、人間の憎悪がそなたに向けられたとしても、余は絶対にお主を助ける。いや、お前がトリスタンの人間であると知った時、余がそなたを守る事はもはや運命だと思った。クラヴィス同様に、余にもそなたを守らせてくれないだろうか?」
ロラン王子は自分の胸を叩く。
そこには自分の命を賭しても守るという強い気持ちを感じた。
「どうしてそこまで……」
「お前がいなければ、余は死んでいた。いいところ、隣国の政治材料だ。だが、それをルーシェルが阻止してくれた。この恩を返すには、余も相応の代価を払うべきだと考えたのだ」
「王子……。わかりました。王子の言葉を信じます」
迷うことなんてない。疑っても意味がない。
王子は言った。僕は友だと。
僕も同じ思いだ。友達が困ってるなら助けるのは当たり前だろう。
僕はロラン王子を信じる。
「王子、早速ですが目を見せてくれませんか?」
「ありがとう。ルーシェル。……我が親友よ」
ロラン王子は僕の方を見て、まぶしそうに微笑むのだった。








