第91話 王子とお付きと特訓
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本日、ニコニコ漫画にて拙作『魔物を狩るなと言われた最強ハンター、料理ギルドに転職する ~好待遇な上においしいものまで食べれて幸せです~』を原作としたコミカライズの最新話が更新されております。よろしくお願いします。
シュッ!
鋭い音を鳴らして、弓から放たれた矢は空気を切り裂く。
次の瞬間には、的の中心を射貫いていた。
「うまい! うまい!」
僕は手を叩く。側で見ていたリーリスも手を叩いたが、側付きのクライスさんだけが無表情でロラン王子の弓を射終わった姿勢を眺めている。
見ての通り、今僕はロラン王子に請われるまま狩りの仕方について教えていた。
前にリーリスから話があったが、次の『狩初めの儀』に向けての特訓をしている。
そこでロラン王子の父上――国王陛下の前で、狩りの腕前をアピールしたいのだという。
勿論、それは父親に褒めてもらいたいという理由だけではない。
ロラン王子には次期国王になりたいという強い欲求があった。
例え小さくとも、国王の器であるところを見せておきたいのだという。
そこで僕を『狩りのプロ』と見込んで、教えを請いにわざわざ公爵家までやってきたのだ。
僕が『狩りのプロ』かどうかはともかく、ロラン王子の力にはなりたいと思った僕は、まず弓の使い方から教えているというわけだ。
「世辞は良い。17本射かけて、たまたま中心に当たっただけだ」
ロラン王子は額の汗を拭い、首を振る。
やや憤然としながら謙遜するけど、表情は正直で嬉しそうだった。
「今の感覚を覚えて、あと5射しましょう」
「わかった。しかし、ルーシェルよ。ちと射程が短すぎないか?」
ロラン王子は半目で僕を睨む。
その目には「余を馬鹿にしてるのか?」という疑念が宿っていた。
確かに今、ロラン王子が射かけている射程は非常に短い。
僕の歩幅で30歩分ぐらいだ(約10メートル)。
ロラン王子の弓矢は子ども用だけどしっかりした作りになっている。
加えてロラン王子も、同い年と比べて力は強いことも理解していた。
30歩分ぐらいではなく、60歩分でも優々届くだろう。
でも、僕が今の訓練で知って欲しいのは、矢の射程ではない。
「ロラン王子、狩りというのは獲物を射ることです。しかし、魔獣も普通の動物も的のように止まってくれません。常に動き回っていますし、外せば逃げてしまいます」
「何が言いたいのだ、ルーシェル」
「まずは絶対に狙って当てることが可能な必倒の距離を感覚で覚えて下さい」
僕はロラン王子に地面に印を付けたところから常に撃たせていた。
常時、同じ所から撃たせていたのは、距離感覚を養うためだ。
そして、ロラン王子には同じスタンス、同じ引き具合を要求した。
動かせるのは、矢の先端の狙いだけと言ってある。
「最初、30歩分の距離を完璧にしてもらうのは、距離を変えてしまうと都度狙い狂うからです」
弓で獲物を狙う時、矢の先端で狙いを付ける。
当然だけど、距離によって弾道曲線が違ってくるから、矢の先端を獲物のどこ部分に狙いを付けたらいいのかわからなくなる。
だから、一番は距離を一定にして、矢の先端でどの部分を狙った方がいいのか、ということを感覚的に学ばなければ、まず矢は当たらない。
「理屈はわかるのだが、ルーシェルよ。さすがにこの距離では獲物に見つかるのではないか? ヤツらは我々人間よりも、鼻や耳が利くというぞ」
ロラン王子は一定のスタンスを慎重に作りながら、僕に言った。
「さすが、ロラン王子。よく知ってますね。でも、逆に野生動物のほとんどが視力はよくないって知ってますか?」
「そうなのか?」
「はい。しかも彼らは遠くのものは臭覚や聴覚を使って探しますが、近くのものは目に頼ります。案外近い距離では気付かれなかったりするんですよ」
「だから、遠くのものを音や臭いでわかるなら近づきようがないであろう?」
「そこは狩人の知恵ですよ、王子。実践編のお楽しみにとっておきましょう。今は射る本数を増やすことが肝要です」
「むぅ……。わかった。お前を教師にしたのは、余だ。従うとしよう」
矢筒の矢がなくなると、ロラン王子は的と後ろに刺さった矢を抜きに走る。
クライスさんもそれを手伝っていた。
それにしても、僕は首を捻る。
王宮にはロラン王子に弓を指南する人はいないのだろうか。
公爵家以上に騎士をかかえているのだから、1人や2人いてもおかしくないはずなのに。
後、もう1つ気になったのは、ロラン王子の射る姿勢だ。
一応基礎から教えたんだけど、ほとんどできていた。姿勢も綺麗だ。
本人は不服そうだけど、17本ぐらいで的に当てるのはなかなか難しい。そもそもあまり矢が散らばっていない。確かに的の外が多いけど、それに近いところには当たっている。
総合的に判断して、ロラン王子は経験者だろう。
それが何故、初心者の振りしてるのか。
何か理由はあるのだろうけど……。
(まさか僕に教えてほしいから、初心者の振りを……)
いやいや、まさか。
ロラン王子がそんな回りくどいことをするわけがない。
それにだ。
「…………」
実は時々、ロラン王子はクライスさんの方に視線を向けることがある。
熱烈な視線ではなく、どこか警戒を含んだような目でだ。
新しい側付きさんとうまくいってないのだろうか。
クライスさんも、何かロラン王子に興味がない感じだし。どこか淡々としている。
僕はしばらくリーリスと一緒に、ロラン王子の弓術の特訓に付き合っていた。
「お! なんだ、お前たち。面白そうなことをやってるではないか?」
そこにやってきたのは、ユランだ。
あ~あ。ややこしいのが来たなあ。
ユランが朝寝坊(といっても、もう昼過ぎだけど)してる間に、山に行こうと思っていたんだけど。
「お! 竜の娘か。もしかして、その顔、今頃起きてきたのか?」
寝癖のついた白銀の髪を指摘する。
途端ユランの白い顔は真っ赤になった。
「うるさいぞ、ロラン。我は食客だから寝坊しても良いのだ」
ユランは腕を組んでふんぞり返る。
いや、食客だから寝坊していいという理由にはならないと思うのだけど。
あと、ロランじゃなくて、ロラン王子ね。敬称をつけないと、怒られちゃうよ。
「ごほん!」
すると、クライスさんがわざとらしく咳をする。
「ユラン。ロラン王子は、王子様なんだから敬称をつけなきゃダメだよ」
「ふん。我はホワイトドラゴンだぞ。王子だろうと、国王だろうと関係ない。むしろあやつらが我を崇め奉ることの方が礼儀というものだ」
うわ~。このホワイトドラゴン、一切自分の身分を隠す気ない。
だから、接触させたくなかったんだよ。
特に事情を知らないクライスさんには。
僕はそっとクライスさんの方を見ると、凄い剣幕でユランを睨んでいた。
そのユランは相変わらずマイペースだ。
「どれ……。我が弓の使い方をレクチャーしてやろうぞ」
ユランは訓練用の弓を獲る。
「ちょ! ユラン! ダメだって!!」
僕が止めに入った時には、遅かった。
本人は恐らくちょっと摘まむ程度の力だっただろう。
そうでなければ、弓が壊れてしまうからだ。でも、弓は大きくしなり、ギリギリと音を立てていた。
ズドンッ!!
大砲が炸裂したみたいな音が鳴る。
その瞬間、的どころか後ろの木の幹すら引きちぎられた。
そのままロラン王子の方へと幹が倒れてくる。
「危ない!」
僕が駆け寄った時、すでにロラン王子はクライスさんの胸元にあった。
黒狼族の瞬発力か。王子を抱え、あっという間に安全圏まで退避する。
「お怪我はありませんか?」
「あ、ああ……。クライス、ありがとう」
「いえ。これが仕事ですので」
何食わぬ顔で言うと、クライスさんはまた所定の位置に戻っていった。