第90話 王子のお誘い
新作『私、聖女じゃありません!』もよろしくお願いします。
「ええ! ロラン王子が!!」
噂をすれば、なんとやらだ。
まさかまた公爵家にやってくるとは思わなかった。
納涼祭からさほど時間は経っていない。今度は、こっちから挨拶に窺おうと思っていたのに。
何はともあれ、父上も母上も、カリム兄さんもいない今、僕とリーリスが迎えないと失礼に当たる。
折角、僕たちを訪ねてくれたんだし。
「ロラン王子!」
玄関ホールに出る。
声をかけると、ヌッと扉から現れたのは、ロラン王子と似ても似つかぬ獣人の女性だった。
僕の時代では黒狼族と呼ばれる獣人だ。
ストレートに伸びた黒髪に、鋭い青い瞳。執事服をビシッと纏った一方、フワフワとした毛が伸びる耳と尻尾が微かに揺れていた。
男性用の執事服を着ているからか。とてもスレンダーで、引き締まった身体をしている。
長い前髪のおかげで、右目が隠れてるけど、よく見ると隻眼だった
残った瞳で、玄関ホールを一通り見回った後、女性は合図を送る
「ロラン王子、どうぞ」
恭しく頭を下げると、扉の奥からロラン王子が現れた。
「ロラン王子!」
「殿下!!」
僕とリーリスはそれぞれ作法に則り、ロラン王子に挨拶する。
王子もまた作法に則り、僕たちの挨拶を受けた。
お互い顔を見合わせると、自然と笑顔があふれ出る。
「どうした、2人とも? 血相を変えて」
「血相だって変わりますよ」
「突然の訪問者がロラン王子と聞いて、ビックリしました」
「なんだ? 余が来たら、不都合なことでもあるのか?」
「別にそういうわけじゃないですよ」
僕とリーリスは慌てて手を振った。
「あやしいなあ。……ところで、お前たち2人だけか。クラヴィスはどうした?」
「父上も母上も、カリム兄さんと一緒に領地を視察中です」
「なんだ。不在か……。なら、ますます二人っきりの時間を邪魔してしまったな」
「ち、ちちち違いますって」
僕はぶんぶんと首を振ると、ロラン王子はカラカラと笑った。
全く……。相変わらずなんだから。僕とリーリスは一応兄妹なんだから。
あまりそういうことは……。
ふと僕はリーリスの方を向く。何故か、リーリスも僕の方を向いていた。
青い瞳に視線が吸い込まれるように、思わずじっと見てしまう。
「ごほん」
咳払いしたのは、ロラン王子についた執事服を着た黒狼族の方だった。
僕とリーリスは慌てて、視線を解く。同時に真っ赤になって、俯いた。
またロラン王子が笑う。
「すまんなあ。新しい側付きは空気が読めなくてな」
「新しい側付き? そう言えば前の人は?」
ロラン王子の側付きにしては随分年配の方だったけど、気の利く人だった。
王子が誘拐された時も、かなり心配していたし。
「ちょっと色々あってな。今、暇を与えている。クライス、挨拶しろ。レティヴィア公爵家のルーシェルとリーリスだ」
ロラン王子が紹介すると、クライスという女性は頭を下げた。
「初めまして、ルーシェル様。そしてリーリス様。今、ロラン王子の側役を務めておりますクライス・ゼレアンと申します。どうぞお見知りおきを……」
「クライスさんって確か……」
リーリスは軽く首を捻る。
「ん? リーリス、覚えているのか。そうだ。彼女は余の兄であるユージェヌについていた側付きだ。側付きが急にいなくなったので、兄上殿から借り受けたのだ」
「そうだったんですか……。それより王子。ずっと気になっていたことがあるんですけど、その恰好はなんですか?」
ロラン王子の恰好は、納涼祭で見せた薄い着物姿でも、パリッとした正装姿でもない。
足には皮のブーツを履き、胸に皮の胸当て、さらに背中には弓を背負い、腰には矢筒を下げていた。
頭には羽の付いた鍔付き帽子まで被っている。
「ん? 見てわからんか、ルーシェル? 狩りの恰好だ」
「いや、それはなんとなくわかるのですが……。どうして、その恰好なのかと聞いているんですけど」
「決まっているではないか、ルーシェル。レティヴィア家は公爵家。山の1つや2つ持っているだろう」
「はあ……」
リーリスに訪ねると、確かに3つほど持っているらしい。
2つは鉱山だけど、もう1つは手付かずの自然が残っていて、時々そこに家族揃って狩りに出かけるという。
今年も両親が帰ってきたら、山に行って狩りをする予定だったみたいだ。
「もしかして、狩りのお誘いですか?」
質問すると、ロラン王子は「チッチッチッ」と気障な感じで指を振った。
すると、背負っていた弓と矢が入った矢筒を僕の方に向かって差し出す。
満面の笑みで言った。
「余に狩りを教えてくれ!」
…………。
ロラン王子に?
狩り??
僕が???????
「え??」
ええええええええええええええ!!
僕の大声が玄関ホールに響く。
こうしてルーシェル・グラン・レティヴィアによる狩り講座は、始まりを告げたのである。








