第8話 300年後の朝
☆★☆★ 書籍2巻 好評発売中 ☆★☆★
1巻が即重版され、大人気シリーズの第2巻が発売されました。
WEB版未収録のユランのお話など、美味しい料理が満載です。
「公爵家の料理番様」第2巻をよろしくお願いします。
2月6日発売の単行本2巻もよろしくお願いします。
そして300年が経過した……。
野鳥の囀りが聞こえ、僕は目を開ける。
カーテンの隙間から穏やかな陽光が差し込んでいるのが見えた。どうやら今日も朝が来たらしい。
ベッドから身を起こし、伸びをする。
顔を自分で掘った井戸の側で洗い、朝食の準備をした。トーストに、三ツ目キメラの卵を使った目玉焼き、ガイキングベアの肉で作ったベーコンと、朝摘みのシャキシャキ草を挟んで食べる。
シャキシャキ草は覚醒作用があって、どんなに眠くても目が開く魔草だ(ただし使いすぎは厳禁)。
コヒの実を砕いて、お湯に溶かし飲むと、その覚醒作用が抑えられるので、同時に摂取するのがオススメだ。
食器を片付け、影魔獣シャドードールを折り畳んで作った魔法袋の中に入れる。
個人的に力作で、手に持つもよし、たすき掛けにするのもよし、背中に背負うこともできる文字通りの万能袋だ。
シェルスネイクから獲った甲羅を使って、磨き上げた鏡を見て、僕はあることに気付く。
「うわっ! しまった。また若返ってるよ」
迂闊だった。今日が最後と思って、ドラゴングランドの上位種『幻竜王』キングドラゴンの肉を食べたんだった。
ちょっとだけと思ってたけど、思いっきり食べちゃったからな。折角いい感じの年齢に調整してたのに……。
「まあ、やってしまったものは仕方ないか」
髭剃りをしなくてよくなったと思えばお得感があるし。
ところで若返ると、いつもなんで髭と髪の長さが引っ込むんだろう。これが未だにわからない。
さて今日はどうしようかな。
裏の畑で目立った収穫物はないし。
結局魔物を捕ってこなきゃダメかな。
あ。そうだ。この前、見つけたゼンの実はどうなってるんだろうか。
そろそろ食べ頃だと思うけど、お化けクチバシにやられていないといいけどな。
「よし」
今日の行動指針が決まったぞ。
ゼンの実を取るために久しぶりに遠出をしよう。
僕は念のために戸締まりをして、家を出る。
「いってきます」
と言って、手を振ったのは大きな樟だった。
多分、樹齢1000年は軽く超えているだろう。今でも青々とした青葉を生い茂らせて、この辺一体を包んでいる。
周りの若木がスクスクと育つ中で、この樟だけは出会った頃と何も変わっていない。
いつも僕を見守ってくれる家族みたいな存在だ。
「うーん。大丈夫かな」
ツルツルの顎を撫でながら、ちょっと心配になる。
今さらかもしれないけど、こんな山奥に子どもがいるなんて不審がらない大人はいない。
とはいえ、300年近く住んでるけど、未だに人に会ったことがない。
きっと魔獣だらけだから、なかなか人が寄りつかないんだろう。
もう随分と人と話していない。
言語を忘れないように毎日読み書きの練習はしているし、発声練習もかかしたことがない。実は180年あたりで軽い鬱状態になったこともあったけど、それでも人恋しいとは思わなかった。
僕はもう300年生きている。しかも今は子どもの姿だ。
そんな僕を見て、人はどう思うだろう。気味悪がって近づかない。それが正常な人間の対応のはず。
恐怖で引きつる人の顔は見たくないし、後ろ指をさされるようなことはもうたくさんだ。
でも、まさか僕のこの考えが覆される日がやってくるなんて夢にも思わなかったけど……。
無事、ゼンの実を採集した。
良かった。魔獣にはまだ食べられていなかった。
まだ熟れていなかった分、魔獣や野生動物などが手を出さなかったのだろう。
ゼンの実は保存が利く。しかも日陰で放っておくだけで、熟成して甘くなる。
ここに自家製ヨーグルトをかけて食べると最高なのだ。
ゼンの実を採り終えて、僕が住み処に帰ろうとした時、馬の嘶きが聞こえた。
この辺りで野生の馬は見かけない。
珍しいと思って聞こえた方へと近づいてみると、もっと珍しいものに遭遇してしまった。
人だ……。
男の人が2人、女の人が2人。全員武装している。
野盗……という感じはしない。
何か慌てているように見えるけど、一応の統率は取れているように見えた。
横になっているのは女性の騎士で、その周りを仲間が取り囲んでいる。
どうやら女性騎士は怪我をしているらしい。
止血はしてるみたいだけど、かなりの大怪我だ。
僕は耳を澄ました。300年の間、魔獣を食べまくった僕の耳は鹿よりも高性能になっている。
「回復薬はもうないのか?」
「先ほどのが最後です」
「せめて私に魔力が残っていれば……」
最後に治癒士と思われる女性が無念そうに呟くと、膝を突いて泣き崩れた。
どうやら回復の手段がなく、途方に暮れているようだ。
「どうしようかな……」
見て見ぬ振りもできないし、助けたいのは山々だ。
ただなんて声をかけよう……。
いや、苦しんでいる人を前にしてひどくどうでもいいことに悩んでいる僕も僕だけど、これが意外と大問題なのだ。
気が付けば300年……。
その間、僕は人と一切接触してこなかった。
毎日発声の練習と、定期的に文字の練習もしていたから、言語は忘れていない。
でも言葉が喋れることと、人と喋ることは似てるようで違う。
けれど、倒れている女の人の容態を鑑みると、迷ってる時間はなさそうだ。
僕は思い切って飛び出した。
「誰だ?」
「え? 子ども?」
「なんで、こんな山奥に子どもが?」
騎士たちは一斉に目を丸くした。
反応としては妥当だよね。今の僕の姿はどう見ても子どもなんだし。
「怪我、大丈夫ですか?」
う~~。なんか緊張してしまって、片言になってしまった。
仕方ないよ~。実際、緊張してるんだもの。
「ん? 随分と訛ってるな」
「というよりは、イントネーションが古い感じがしますね」
イントネーションが古い?
そうか。300年も経ってるから、言語がちょっと変わってるのかもしれない。
でも、どうやら意味は伝わってるみたいだから、良しとしよう。
「その人、大丈夫ですか?」
「心配してくれてありがとう。彼女はレティヴィア家の騎士だ。こんなことでへこたれたりはしない。君こそ、こんなところにいて大丈夫なのか?」
逆に僕のことを心配してくれている。
警戒していたけど、随分と優しい人のようだ。
柔らかな群青色の髪に、同じ色の優しげな瞳。広い肩幅と背中は頼もしさを感じさせる。
この人が4人のリーダーだろうか。着ている鎧も他の人より少し豪華だった。
「ありがとうございます。あの……。困っているなら、僕がその人を治しましょうか?」
「え? 君が? どういうことだ?」
「あなた、回復薬を持っているの?」
回復薬は持っていないけど、回復薬よりももっと良いものがある。
説明してもわからないだろうから、ひとまず頷いておくことにした。
魔法袋に手を入れて、青い飴玉のようなものを出す。
それを怪我人の口の中に入れた。
「飲み込んで」
僕は言う。
意識が朦朧としているのか。反応は鈍かったけど、時間をかけてゆっくりと怪我人は青い飴玉を飲み込んだ。
すると、先ほどまで呻いていた怪我人の呼吸が小さくなっていく。
「ミルディ!」
「おい! しっかりしろ!」
「聞こえるか、ミルディ!」
すっかり静かになってしまったミルディという名前の怪我人に、仲間の人たちが次々と声をかける。
やがて聞こえてきたのは、規則正しい寝息だった。
「すごい」
「どんどん顔色が良くなっていきます」
「脈も安定してきてる」
一転して、ホッと胸を撫で下ろす。
これでひとまず大丈夫なはずだ。
「ありがとう、君……。しかし、今のはなんだね。回復薬……というわけではないようだが」
弱ったなあ。
あれの成分を言ったら、多分びっくりするだろうし。
僕としては誤魔化したいところなんだけど……。
「むむむ……」
リーダーの騎士は僕の方を見つめてくる。
どうやら誤魔化すのは無理そうだ。
正直に話すしかないだろう。
「そのお話をする前に、その人がゆっくり休める場所が必要です。この辺りは魔獣が出るので」
「ああ、確かに……。君の言う通りだ。どこか休むところに適したところはないだろうか?」
「少し山奥ですが僕の住み処があります。そこなら魔獣が近づいてきません」
「有り難い申し出だが、君は構わないのか?」
「はい。どうぞ」
僕は山に来て初めて、自分の住み処に人間を招待するのだった。
さてここから総合ランキングの上位を狙っていきたいと思います。
異世界恋愛の面白そうな作品がひしめいてますが、まだまだファンタジーも面白いところを見せていきたいと思っているので引き続きよろしくお願いします。
ここまで読んで如何だったでしょうか?
「面白い」「続きが読みたい」と思っていただけたら、
ブックマークと、下欄にある☆☆☆☆☆をタップしてご評価いただきますと嬉しいです。
作品を更新するモチベーションになります。よろしくお願いします。