第84話 夢の家にご案内
お菓子の家編になってから、ずっと腹ぺこで書いてる作者の作品はこちらになります。
「ふわふわ……。もちもちだ」
ロラン王子は食べかけのポストを握りながら、驚愕した。
感想を話した王子の顔こそ、ふわふわもちもちで、顔を赤くして幸せそうな顔をしている。
それは隣の子ども一緒だ。
口の中にいっぱい頬張りながら、夢中になっていた。
今度、王子はゆっくり咀嚼し、ゴールデンマッシュのポストを味わう。
「普通のパンケーキとは違う。弾力があって、かすかに粘り気がある。それが口の中で咀嚼すると、独特の甘みが広がって……うん、うまい!」
手が止まらない。
ロラン王子は手に残っていたポストを食べると、さらに手掴みで食べ始めた。
「ロラン殿下!!」
行儀作法からかけ離れ、もはや野生の獣と化した王子を見て、卒倒したのは側付きの人だった。
それを見てなお、ロラン王子は食べ続けている。
「この樹液も良い。甘く、独特の風味があって、とても上品な味がする。口の中にねっとりと絡まず、爽やかに舌の中に消えていく。余の好みにあっていて、さらに良い」
天晴れと褒めちぎった。
ホットマッシュの笠は、本来パンケーキのようなパンではない。
元々茸の笠みたいなもので、それが茸よりもさらに柔らかく弾力感があるからこそ生まれた食感だ。
しかも、変なクセはなく、ほのかに甘い味がするから、パンケーキと間違うのも無理もない。
ソーラーウッドの樹液は甘いだけではなく、微かな苦みやコク、独特な風味があって、どんなものにでも合う。
当然、チョコレートの中にもソーラーウッドの樹液が混ぜてある。
ロラン王子と子どもがおいしそうに食べていると、何やら騒がしくなる。
他の子どもも「食べる」と駄々をこね始めたのだ。
それに対して大人たちが抵抗していたが、ロラン王子が出てくるとなると無下にもできない。
だが、あと一押しといったところだろう。
「お嬢さんがご心配なら、わたくしが付き添いますわ」
そう言って、4歳ぐらいのお子さんの手を取ったのは、リーリスだった。
「り、リーリス様」
リーリスは微笑む。
それは5歳にして、どこか包容力がある、可愛い笑顔だった。
それを見て、保護者は「あ。うん」と意味のない言葉を吐き出すので精一杯だった。
「さあ、いらっしゃい」
返事を待たず、手を取りお菓子の家の方へとエスコートしていく。
その鮮やかな所作に、保護者の方は見送るしかない。
リーリスのあんな女神様みたいな笑顔を見たら、誰だってそうなるだろう。
「さあ、何が食べたい?」
「うーんとね。これ――――」
リーリスが連れ出した女の子が指差したのは、お菓子の家までの道を示す石だった。
皆が「え?」と思っただろう。
リーリスですら、眉を動かして驚いている。
だが、実はその石のように見えるものも、お菓子なのだ。
「これ……。もしかして、ナッツが入ったホワイトチョコレートですか?」
「うん。当たり!」
リーリスが驚くのを見て、つい「してやったり」と笑ってしまった。
お菓子の家は、家だけじゃない。その周囲のものまで食べられるのだ。
「まさか、これ見よがしに建てられた木も……」
「石畳だと思ってたの……、これもクッキーだわ」
「芸が細かい。魔獣料理はともかく、このお菓子の家については芸術点が高いぞ」
「いや、そもそもこんな大きなお菓子の家を作れるものか?」
再び大人たちはお菓子の家に興味を持ち始める。
数人の大人たちがお菓子の家の周りに集まって、しげしげと眺めるも、まだ食指が動く段階ではないらしい。
「リーリス、これを」
僕は小さなトンカチを渡す。
そうしなければ、石に見立てた巨大なホワイトチョコナッツは食べられないからだ。
リーリスは女の子と一緒に石を砕く。
子どもの力でも簡単に崩れるほど脆い。
飛び散った欠片を集め、リーリスもまた口に含む。
「おいしい!!」
女の子と一緒に、嬉しい悲鳴を上げた。
「口の中にふわっとナッツの風味が強く広がって……。ゴリゴリとした音もとっても気持ちいいですわ」
「ナッツはサタンナッツの豆を細かく砕いた物だよ」
寄生型の魔樹だ。ちょっと詳しい説明は省くけど、安全であることは僕が保証する。
「このチョコもおいしいね」
女の子もご満悦な様子で、ハムハムと食べていた。
ロラン王子も、リーリスも、そして子どもたちも遠慮することなく、食音を立てて美味しそうに食べている。
どれも幸せそうな顔だ。
そして大きいとは言え、お菓子の姿が視界から消えていく様子を、じっと我慢できるほど子どもというのは大人じゃない。
近くで見ていた子どもも、遠くから様子を窺っていた子どもも、一気にお菓子の家に押しかけた。
皆が思い思いのお菓子を頬張る。
ここにいるのは、貴族の子どもたちだ。
お菓子やご飯に困ったことはあまりないだろう。
でも、こんな大きなお菓子を食べたことは、1度もないはずだ。
(よし! いける……。言うなら、今しかない)
僕は確信を持つと、お菓子を頬張る子どもに近づき、こう言った。
「ねぇ、君たち。外のお菓子ばかり食べてないで、折角お菓子の家に来たんだから、中に入りたくない?」
「え?」
「入れるの?」
「入りたい! 入りたい!!」
「中にもお菓子あるの!?」
子どもたちは口元にチョコやクッキーの滓をつけながら、手を伸ばす。
素直な反応に、涙が出そうだった。
振り返ると、後ろで別の意味で涙を流しそうになっている保護者と目が合う。
「大丈夫ですよ」
僕ではない。
エプロンを付けたヤンソンさんだっった。
「あの菓子の家を作ったのは、オレらレティヴィア家の調理係です」
「ご心配なく。強度は保証しますよ」
ヤンソンさんに、ビディックさんが保護者の貴族を説得する。
家臣の言葉とはいえ、レティヴィア家の名前を出されては引き下がらずを得ない。
保護者たちは黙って、我が子の様子を窺う。
僕は心の中で2人に感謝しながら、子どもたちを菓子の家に案内した。
「どうぞ、入って!」
ミルフィーユの扉を開ける。
「「「「わぁぁあ!」」」」
子どもたちは歓声を上げる。
その目は輝いていたが、明るい家の中はそれ以上に神々しく光っていた。
木目まで再現されたバタークッキーの床。
チョコレートでできた置き時計。
大きくて力強い柱。
暖炉はカリカリに焼いた米で作られ、炎に模した飴細工が立ち上っている。
絵画などの調度品に加え、テーブルや椅子、果ては調理器具も置いてあった。
勿論、全部お菓子だ。
広がっていたのは、まさしく夢の国ならぬ夢の家だった。








