第83話 ハウス オブ キャンディー
☆☆ 2月より始まるコミカライズについて ☆☆
拙作『劣等職の最強賢者~底辺の【村人】から余裕で世界最強~』のコミカライズが、
来週日曜2月6日より始まります。
作画はソードアートオンライン『ガールズ・オプス』シリーズを担当されていた猫猫 猫先生に担当いただきました。めっっっっっっっっっちゃ神作画なので、まず1話だけでも読んで下さい。
天幕が下ろされると同時に、魔法灯が当てられる。
ひやっとする冷気を纏い、僕が考案したお菓子の家が露わになった。
大人たちは言葉を失い、子どもたちは目を輝かせた。
ついには椅子から降りて、まるで甘い匂いに誘われた蜜蜂のようにお菓子の家の前に並ぶ。
「す、すごい……」
「素敵です……」
ロラン王子も、リーリスも息を飲んでいる。
輝かせた目の中に浮かぶのは、洋菓子職人が作る小さなお菓子の家ではない。
そのまま人が住めそうな巨大なお菓子の家だった。
ひとしきりに驚いた大人たちは、ずれた眼鏡を直すように立ち上がって、お菓子の家を検分する。
「あの屋根はチョコレートか……」
「外側のクッキーみたいねぇ」
「まあ、ドアはミルフィーユ生地のパンかしら?」
「おいしそう……」
城内がざわつく中で、僕はスキル【拡声】を使って説明する。
「はい。屋根はチョコレートです。使っているのは、カカオバチの巣です」
「「「「カカオバチの巣??」」」」
素っ頓狂な反応が返ってくる。
急に不安そうになる皆さんの表情を和らげるように、僕はニコリと笑った。
「はい。皆さんが思ってるカカオバチです。その巣を溶かして作りました」
僕はあえて強調して説明する。
今回、僕は父上から魔獣料理を頼まれた。
だから、みんなが魔獣を食べたことを認識してもらわないと、魔獣料理とは言いがたい。
何よりここにいる人に、いい印象を与えて帰ってもらいたい。
後で説明することも考えたけど、だまし討ちしてるようでイヤだ。
故に僕は初めから打ち明けることにした。
「カカオバチの巣はソーラーウッドの樹液が元になっています。非常に甘く、微かなほろ苦さがあります」
「カカオバチに、魔樹の樹液……」
1人の貴族の男性が立ち上がる。
すると、執事長がそこにやって来て、1杯の水を差し出した。
「お客様、どうやら汗をおかきのご様子。冷たい砂糖水はいかがでしょうか?」
「え? ああ……。すまない。ちょうど欲しかったところなのだ」
貴族の男性は執事長から差し出された砂糖水を飲む。
すると、みるみる表情が変わっていった。
「う、うまい!!」
突然、貴族の男性は吠えた。
横の執事長は口角を上げる。実は僕にも何が起こっているかわからない。
打ち合わせになかったことだ。
「ほのかに甘く、さらに微かに風味づけられたかのようなほろ苦さ。ただの砂糖水とは思えない、品格を感じる。まるで高い紅茶を飲んでるような……」
「気に入っていただけて、何よりです」
「一体、どこで作られた砂糖なのだ?」
「それが先ほど我が主のご子息ルーシェル様が説明されていたソーラーウッドの樹液を溶かしたお水になります」
「な! これが!? 信じられん。魔樹――魔獣の樹液がこんなにおいしいなんて」
僕に反論しかかった貴族の方を、簡単に丸め込む。
執事長は美味しそうに飲む貴族の男を微笑ましい様子を見ながら、後ろでに親指を立てる。
それが合図だとわかり、僕は慌てて説明した。
「ソーラーウッドは、森の中でもとても欲張りな魔樹です。他の木々よりも遥かに速く動いて、太陽に向かって枝葉を広げます。その動きに他の樹木が対応できず、他の植物を枯らしてしまうほど、強い生命力を持ちます」
ソーラーウッドも他の植物と同様、光を受けることによって糖を作り出すことで知られている。
その糖を原料にして、ソーラーウッドが作っているものこそが、魔素なのだ。
「人間も魔力の素となる魔素を作る事ができますが、ソーラーウッドの足元にも及びません。彼らが1日作り出す魔素量は、人間の年間量に匹敵します。魔樹は恐ろしいですが、人間にとっても、いや生物にとっても、とても重要な生物であることがわかります」
僕は解説を結ぶ。
魔樹が何をしているのか。それを知った上で、正しく恐れてほしいと思ったからだ。
ソーラーウッドは魔素を作り出すが、その分植物を枯らす厄介な性質を持つ。
何が正しくて、何が悪いと考えるのではなく、知識を以て取捨選択してほしい。
僕はそう願った。
「ということ……。まさか他のお菓子も……」
別の男性が訝しむように僕の方を睨む。
「はい。シェルスライムの貝殻を原料としたクッキーの壁。扉にはミルフィンマペットを砕いて作ったミルフィーユ、硝子はミルキーミラーという魔獣の鏡面部を使っています。これも食べると、氷砂糖みたいに甘いんですよ」
と説明するけど、受けはイマイチだ。
やっぱり魔獣料理というのは、受け入れられないものかな。
僕は少し驕っていたのかもしれない。
レティヴィア家の人たちは、すぐに魔獣食を受け入れてくれた。
でも、それは普通のことではない。奇跡みたいなものだ。
ここまで僕は運が良かった。優しい人たちがいたからである。
けれど――――。
「ねぇねぇ! いつ、そのおかしの家をたべられるの?」
僕やリーリスよりも年下の男の子が、目をキラキラさせながら質問する。
靴の先はずっとお菓子の家の方へと向いていて、号令を鳴らすだけで飛んで行きそうだ。
そんな子どもに大人は手をかけた。
「ダメだよ。あれは魔獣の料理なんだよ」
「いーやー。たべるぅ! おいしそう! おーなーかーすいたー!」
子どもが駄々をこねた。
しかし、親は強制的に子どもを離そうとする。
それを見て、一瞬昔の自分を思い出した。
【剣聖】になるため、親に拷問のように鍛えられていた自分を……。
「あの――――」
「食べたいのであれば、食べさせてやればよい」
親に連れていかれそうになった子どもの手を取ったのは、ロラン王子だった。
「ろ、ロラン王子?」
僕と一緒に、子どもの親まで慌てふためいていた。
「かまわんだろ? 何? 取って食おうというわけではない。ちょっとそこにいるお菓子の家に参るだけ。それとも余のエスコートでは不満か?」
「とんでもございません」
親御さんは血相を変えて、首を振る。
ロラン王子は目を細め、子どもの手を握って、お菓子の家までの短い距離をエスコートした。
「いいにおい」
「うむ。いい匂いだ。嗅げば嗅ぐほど、お腹が空く。どれ……早速この郵便ポストでもいただくことにしようか。……ルーシェル、これにも魔獣料理の妙があるのだな」
「え? あ、はい!! ゴールデンマッシュの笠の部分を焼いたものです。それだけで、ふわふわのケーキになるんですよ。その上からソーラーウッドの樹液を垂らしてあります」
僕は一縷の望みをかけ、説明する。
「ふはははは! ゴールデンマッシュか。なるほど。これは確かにパンケーキのようだな。お前も、そう思うか?」
「うん。おいしそう!」
ロラン王子の手を握った子どもは元気よく頷く。
その様子を大人たちはハラハラしながら見ていた。
「よし。決めた。最初はこのポストをいただくとしよう」
ロラン王子は手でポストを掴み、千切る。
たっぷりとかけたソーラーウッドの樹液が手にかかっても、気にせず一気に口の中に運んだ。
「うまああぁぁぁぁああああああいいいいいい!!」
ロラン王子は絶叫するのだった。








