第82話 最後の仕上げ
お待たせしました。
しばらく料理回が続きます。お楽しみに!
僕とロラン王子はユランの背に乗り、レティヴィア家に戻る。
初めてドラゴンの背に乗った王子は大興奮だ。
鼻息を荒くして、ミニチュアみたいに小さくなった街や山を見下ろしている。
誘拐犯はというと、僕があらかじめ用意していたフォレストスパイダーの糸を使って、縛ってある。全員意識を失ってるだけだけど、魔獣でも切れない糸だ。いくらプロでも無理だろう。
その後、やってきたフレッティさんたちに預け、僕たちは一足早くレティヴィア家の帰路に着いたというわけだ。
時間はさほどかからなかった。
1時間半ほどか。
なんとか納涼祭の夕食時間に間に合ったようだ。
ホワイトドラゴンのユランがレティヴィア家を通過すると、歓声が上がった。
ユランの背からロラン王子が手を振ると、さらに歓声が沸き上がる。夜でも側付きのお姉さんが泣いているのがはっきりと見えた。
ゆっくりと旋回しながら、ユランは中庭に降り立つ。
ロラン王子が背中から降りると、父上が前に出て傅いた。
「ロラン王子、よくぞご無事で」
「うむ。クラヴィス、迷惑をかけたな」
「いえ。この納涼祭はレティヴィア家の仕切りです。その会場で王子が誘拐されたのですから、責任は私にあります。何なりと処罰下さい」
「そなたの息子に助けられた余が、そなたを処罰しろというのか。随分とひどい申し出だな」
「しかし――――」
「確かにここの管理はそなただが、余にも油断があったことは事実。咎めはしない。それに先ほども言ったが、余はそなたの息子に助けられた。たとえ我が父が処罰を命じたとしても、この身を賭して反対することを誓う。……まだまだ未熟者で、頼りがいがない王子かもしれないがな」
「そ、そんな! 滅相もない!!」
「ならば、この話はなしだ。じっくりそなたの息子の料理を堪能しようではないか」
その時、父上は反射的に顔を上げた。
「王宮にお帰りにならないのですか?」
「なんだ。余をのけ者にしようというのか?」
さらに父上は「うっ!」と唸ると、馬のように首を振った。
こんなに動揺している父上を見るのは、初めてだ。
面白くって、つい笑ってしまった。
「ルーシェルが食ってくれとうるさくてな」
ロラン王子は僕に視線を向ける。
僕は「うん」と頷いて、笑った。
「それに今、王宮に帰るよりもここにいる方が安全だ。優秀な護衛に、番犬ならぬ、番竜がおるようだからな、クラヴィス」
「番竜とはなんだ? 我はレティヴィア家の食客だぞ」
ユランは堂々と言い張る。
王子は僕の方を見て、ニヤリと笑った。
クラヴィス父上は仕草に気付き、ついに白旗を上げる。
「そこまで言われるのでしたら、お席に案内させます」
「うむ。素直でよろしい」
ロラン王子は満足そうに頷く。
すごいなあ、ロラン王子は。
父上を言葉で打ち負かしてしまった。身分差というのもあるのだろうけど、僕と同い年の少年がここまで弁が立つなんて。
僕には絶対無理だ。
「ロラン王子!」
人波を掻き分けやってきたのは、金髪を揺らしたエルフの少女だった。
「おお。リーリスか」
「心配しましたよ、王子。よくご無事で」
リーリスに手を引かれて、側付きの人がやってくる。
そっちは涙で顔がクシャクシャだ。その顔のまま側付きは、ロラン王子を抱きしめる。
ロラン王子はちょっと照れくさそうにしながらも、側付きの髪をよしよしと撫でていた。
これではどちらが側付きなのかわからない。
「リーリスも心配をかけたな」
「いえ。……でも、きっと無事に戻ってくると信じてました」
「ほう……。それはルーシェルだからか」
「え?? ま、まあ…………」
リーリスは僕の方を見る。視線が合うと、ポッと赤くなった。
「ルーシェルもユランも強いことは知ってますから」
「少し妬けるねぇ。リーリスにそこまで信頼されているとは。ルーシェル、一体どんな【魔法】を鼻先にかがせたんだい?」
「そんなことはしませんよ」
「では、リーリスの食欲を衝いたか。案外、甘い物に目がないからなリーリスは」
「ろ、ロラン王子!!」
珍しくリーリスが大きな声を上げる。先ほど以上に、顔が真っ赤だ。
ロラン王子とリーリスのやりとりに、ドッと笑いが起こる。
王子誘拐事件――その現場となった会場は、緊張感から解き放たれ、温かな空気に包まれていた。
「あ。そうだ。……僕、まだ料理の仕上げがあるんだった」
「おーい! ルーシェル!!」
走ってきたのは、エプロン姿のヤンソンさんだった。
「やっと戻ってきたか。遅いぞ」
「すみません。今すぐ戻ります」
「大方は組み上がってるぜ」
「ありがとうございます。ソンホーさんたち、怒ってますよね」
「いいや。むしろノリノリだったぜ。親方も、ビディックのおっさんもな」
の、ノリノリ……!?
ソンホーさんと、ビディックさんが?
アレをノリノリで作るって、なんか想像できないなあ。
「ルーシェル、そろそろ教えてくれませんか?」
リーリスは質問する。
「なんだ、リーリスも知らないのか?」
「はい。当日の楽しみだって」
「ごめんごめん。でも、もうすぐお披露目だから、それまでもう少し我慢しててよ」
「……わかりました」
「じゃあ、僕行くよ。他にも料理はあるからね」
僕は軽く手を降って、その場を後にする。
リーリスには申し訳ないけど、今喋ったら絶対後悔すると思うんだよね。
僕は夕食会場となる裏庭にやってくる。その中央には天幕があって、中のものが隠されていた。
そっと幕を上げると、中でソンホーさんとビディックさんが作業している。
寒い。中はまるで氷嚢の中のように寒かった。
それでも2人は生き生きとした顔で、作業を続けている。
「やあ、ルーシェルくん。ようやく来たね」
「お前が遅いから、わしらがほとんどやってしまったじゃろうが!」
早速、ソンホーさんの雷が落ちてくる。
「親方、そんなに怒鳴らなくても……。王子様が攫われたんですよ。国の一大事を救ってきたんですから。そもそも親方、嬉しそうに作ってたじゃないですか」
「べ、別にそんなことはない……わい」
ソンホーさんはぷいっと顔を背ける。
さっきのリーリス同様、赤くなっていた。ソンホーさんでも赤くなるんだ。
「お二人ともありがとうございます。……でも、さすがです。僕がやるより、綺麗にできたかも」
「やり始めると、これがなかなか面白くてね」
ビディックさんも満足げに、目の前のものを見つめる。
「でも、お前がやりたいのは、これだけじゃないんだろ?」
「はい。最後の仕上げは、僕がやりますから」
僕は手を掲げる。
魔法【――――――――
その瞬間、光が辺りに満ちる。
「「「おおおおおお!!!」」」
ソンホーさん、ビディックさん、ヤンソンさんが声を上げた。
変貌していく料理の姿に、皆が呆然とする。
その中で、僕は1つ頷いた。
「楽しみだなあ……」
リーリスと、ロラン王子の驚く顔が見えるようだ。
そして夕食会が始まった。
皆が席に着き、まだかまだかと待ち構えている。
先ほどの大事件があって、その緊張の糸が切れた後だ。
夕食会に参加した来賓の皆様の顔は総じて緩んでいた。
最中、ついに僕が登壇する。
「みなさん、お待たせしました。これが僕の魔獣料理です」
夕食会中央の天幕が下ろされる。
現れたのは、カラフルな色に甘い匂いを漂わせた――――。
「お菓子の家です!!」








