第81話 王子の本音
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「――――ッ!!」
気が付いた時には、暗殺者は僕の側面に立っていた。
次の瞬間、目の端で何かが閃く。
僕はただひたすら反射で避けるしかない。
身体を反ると、胸の前でナイフが伸びていった。
「速いッ!!」
思わず感嘆してしまう。
しかし、ナイフにこびり付いた血の臭いを味わう時間はない。
刹那、刃の筋が鋭角に折れると、僕を追跡する。
僕はそのまま上半身を反らして、ブリッジの体勢になると足を跳ね上げて、ナイフを払った。
トリッキーな動きに、ナイフを突き出してきた暗殺者の動きが怯む。
そのまま反転するように立ち上がると、僕は持っていた剣で振り払った。
だが、そこに暗殺者の影はない。気が付いた時には20歩ほど後退していた。
速い……。
いや、何か違うなあ。
単純にスピードなら、僕が後れを取ることはないんだけど。
「小僧、何者だ? 俺の攻撃を1度ならず、2度も躱すとは」
「おじさんのことを教えてくれたら、教えてあげてもいいよ」
僕は少し意識を遠くに置く。
ユランが他の誘拐犯と戦っている音が聞こえた。
当然だけど、ユランが優勢だ。大きなホワイトドラゴンに誘拐犯は悲鳴を上げながら、その攻撃に耐えていた。
向こうは問題ないだろう。
あとはこっちか。
また目の端で、ナイフが閃く。
僕はまたギリギリで躱す。今度は軌道を読めていたので、多少余裕があった。
でも、やっぱりおかしい。意識を外に向けたのは、ほんの一瞬だ。
なのに、気が付いた時には暗殺者の姿は僕の真横にいた。
速度じゃない。
多分、歩法が独特なんだ。
そう言えば、こういう感覚は初めてじゃない。
僕は知っている。300年前、どこかで見たような気がする。
「そうだ。確かシャドウタイガーの動きだ」
Aランクに匹敵する黒地の縞模様をした大きな虎の魔獣だ。
僕がシャドウタイガーを倒したのは、20歳の頃だったと思う。
強い魔獣だった。夜行性で、夜では手が付けられないほど強い。
そのシャドウタイガーが用いていた歩法に似ている。
「えっと……。極力肩と頭を動かさずに……」
「何??」
気が付いた時には、僕は暗殺者の後ろに回り込んでいた。
焦った表情を浮かべたのは、今度は暗殺者だ。
慌てて振り向き、僕の剣を受ける。
浅いなあ。
シャドウタイガーはもっとこう。動かないのに、速いというか。
暗闇の草原で、刃と刃の火花が散る。
剣戟が閃く度に、僕の動きは鋭くなっていった。
「くそっ!」
先に息が切れたのは、暗殺者の方だった。
まるで蛇のように纏わり付いてくる僕を振り払うように、ナイフを大振りする。
僕は身体ごと弾かれた、どうということはない。
すぐに着地して、次の戦闘姿勢を取った。
まだだ……。
「確かシャドウタイガーは、足音を鳴らす時と鳴らさない時があった」
2歩進んで、足音を鳴らし、1歩進んでは鳴らさない。
そうやってシャドウタイガーは、視覚と聴覚を錯覚させる。
結果的に獲物の距離感を麻痺させるのだ。
それは暗殺者の歩法とそっくりだった。
「小僧! 貴様が何故、その動きができる!?」
自分でも驚いている。
でも、きっと僕が300年間山で生きてきて、得たものは知識と【スキル】と【魔法】だけじゃない。
魔獣の戦い方。
術理ではなく、本能のままに生み出された生きる術!
きちんと僕の中に宿っていたのだ。
「どこを見てるの?」
完全に暗殺者の背後を獲っていた。
振り返って慌てて暗殺者はナイフを構えたが、焦っていたのだろう。
僕が手の平に魔力を集中させていることに気付かなかった。
「【魔法】!? しま――――」
【鋼の肉体】
刹那、男の足元が鋼鉄に代わっていく。
一気に足を侵食し、さらに胸へと上っていった。
「貴様、何を――――」
男の声が消えた。その顔は焦りのままに固まっていく。
ついに動かなくなってしまった。
「ふぅ……」
僕はホッと胸を撫で下ろす。
終わった。人間と命のやり取りをするのは、3度目か。
たとえ悪党でも、やはり人と命のやり取りするのは慣れないな。
「ルーシェル……」
僕はハッとなって、頭を上げる。
振り返ると、ロラン王子が立っていた。
さぞかしビックリしたことだろう。
自分と同い年の子どもが、魔獣を食事とし、馬車を真っ二つにし、暗殺者の歩法を実践し、ついには倒してしまった。
多分、奇妙な子どもだと思われたかもしれない。
僕は罵声を覚悟して、俯いた。
「よくやった」
「えっ?」
気が付いた時には、僕はロラン王子に抱き留められていた。
不意に浮かんだのは、フレッティさん、クラヴィス父上の時のことだ。
まるであの2人に習ったようにロラン王子は、僕の頭を撫でる。
でも、その時とはちょっと違う。
ロラン王子は泣いていた。僕を抱きしめる手は、震えていたのだ。
おそらく怖かったのだろう。
王子という身分の手前、ずっと気丈に振る舞っていたのに、危機が去り、気が緩んだ途端、涙腺も緩くなってしまったのだろう。
僕はロラン王子の背中に手を回し、撫でた。
その時気付いたけど、ロラン王子の背中は僕と同じぐらい小さかった。
しばらく泣いていた王子だったけど、その声は暗い荒野の中に消える。
頭を上げ、涙を拭いた時、僕がよく知るロラン王子になっていた。
「よくぞ、余を守り抜いてくれた、ルーシェル・グラン・レティヴィアよ」
「ロラン王子、僕は……」
「良い」
「――――ッ!」
「確かに聞きたいことは山ほどある。だが、今は聞かないでおく」
「いいんですか?」
「いい。言ったであろう、余とお前は友人だ。しかし、友人だからといっても何でも知っていなければならないわけではない。むしろ、友人だからこそ聞いて欲しくないこともある」
「王子……」
「だが、そなたが余に心を許した時、余に話して良いと思ったのなら、存分に聞かせてくれ。ルーシェルの強さの秘密を」
「あの王子……」
「ん?」
「王子にもあるのですね」
「…………そうだ。だから、今は詮索しないでくれ」
「わかりました。王子も、その秘密も僕が守ります」
「そうしてくれると助かる」
少し安心したのか、王子はホッと息を吐くのだった。








