第7話 60年後……(後編)
ハイファンタジー部門で6位をいただきました。
おしい!
あともうちょいで、部門別の表紙です。
ブクマ、評価、宣伝してくれた方ありがとうございますm(_ _)m
塩と酒を少々入れたお湯を用意。
そう言えば、60年の間で様々な調味料を揃えた。
酒は言うに及ばず、酢にみりん、豆から東方に伝わる味噌に、醤油も作ってみた。何度も失敗したが、やっとものになったのは、20年前じゃ。
砂糖に、野菜の旨みを凝縮したソースなども作ってみた。
厚切りのジャイアントボーアの肉を、サクサクの衣にまぶしてからっと揚げ、最後に自家製のソースをかけて食べるとうまいのじゃ。
いかん。涎が……。
特に今、一押しなのはポン酢じゃな。
醤油、みりん、酢を適当に混ぜて、柑橘系の汁を垂らしただけの調味料なのだが、これがうまい。
どんな肉もさっぱりと食べることができて、わしの今のマストアイテムになっていた。
ドラゴングランドの尻尾肉を薄く切り、先ほどの湯にくぐらせる。身が白く、火が通ったら頃合いだ。
先ほどのポン酢にちょんと付けて、パクッと食べれば。
「んんんん~~~~~んんん。うまい!」
思わずパシリと膝を叩いてしまった。
ドラゴンの尻尾はしゃぶしゃぶにするとうまい。そのしゃぶしゃぶに合うのは、ポン酢以外ないであろう。
ドラゴンの肉というと、硬い肉を想起するだろうが、想像以上に柔らかい。
ただロースのように消えるのではない。しっかりとした歯応えに、噛めば噛むほど旨みが滲み出てくるのが、大きな特徴だ。
味自体は鶏の胸肉のように淡白だが、そこでやはりポン酢である。
ピリッとした甘酸っぱさが、頭付近にまで駆け巡ってくる。
この淡白な肉に、特に合うらしい。
「ふおおおおおおお……」
苦労した甲斐があったというもの。
ずっと食べたかったドラゴングランドの肉をようやく食べることができた。
それもしゃぶしゃぶでだ。
昔ほどの元気があれば、厚切りに切ってドラゴンステーキといきたいところじゃが、さすがにそこまでわしの胃は溌剌としておらん。
ピクリとも動かなかった。
さみしい……
「ん? わし、今何か言ったかの? 独り言とは……。老いたかの?」
ふと呟いた時だった。
肉が削がれ、筋張った筋肉と骨だけであった我が手に、みるみる力が宿るのを感じる。血色がよくなり、肌つやも良い。
「ドラゴングランドを食べた効果か。なるほど。一時的に筋量を上げる効果があるのか」
わしは、その時3つの勘違いをしていた。
1つは筋量をあげたのではない。
ドラゴングランドの肉の効果は若返りだ。
「お、おおおおお!!」
やせ衰えた身体が元に戻っていく。若い頃の鋼の肉体を再び手に入れようとしていた。
ややかすんだ視界がクリアになり、時折耳鳴りがしていた聴覚も、涼やかな野鳥の声を捉えていた。
薄く、白くなりかけていた金髪は燃えるように伸び上がり、やや垂れた瞳はキリッと吊り上がっていく。
心なしか吸う空気が美味い。
今なら何でもおいしく食べられそうな気がした。
事実、「くぅ」と久しく聞いていなかった腹の音を聞く。
俺は振り返った。
そこにはドラゴングランドの肉がたくさん残っていた。
「食べるか、ドラゴンステーキ」
疑問形で言ったが、もうそれは決定事項だ。
その前に俺は魔法袋から鏡を取り出し、まず自分の姿形を確認する。
ちょうど16歳ぐらいだろうか。
俺がもっとも充実していた時の肉体だ。
もっともその時と比べものにならないほど、魔獣食のおかげで俺の身体は、頑丈になっていたが……。
例の発作も治り、健康な身体も手に入れた。
俺は自信ありげに笑う。
2つ目の勘違いは、俺は若返っただけではなくて、不老となっていたことだ。
それは後に知ることになる。
そして最後の勘違い。
ドラゴングランドを倒した俺はこの時、少し調子に乗っていた。今なら父上に勝てるのではないか。そんな淡い期待をしていた。
でも、次の瞬間その自信はあっさり砕かれる。
ドンッ!!
擬音にすれば、その程度の轟音だ。
しかし、その規模はドラゴングランドが灰燼にしてしまった山や森の被害よりも、遥かに凄まじい爆発だった。
目の前が一瞬にして真っ白になり、気が付いた時には、空が茜色に染まっていた。
爆風が放射線状に広がり、胞子を思わせるような巨大なキノコ雲が発生する。
衝撃は山野を削り、爆風は俺の側にあったドラゴングランドの巨体を軽く吹き飛ばしてしまった。
俺ですら立っているのもやっとだ。
「い、一体何があったんだ?」
何もわからなかった。
爆発も、衝撃も、そしてその現象に内包された力すら、埒外の威力だ。
気が付けば、俺は馬車に轢かれた蛙みたいに這いつくばっていた。
ようやく立ち上がったが、一体何分こうやっていたかわからない。
1分のような気がするし、1時間のような気さえする。
ともかく俺は【浮遊】を使って、爆心地に向かった。
そこで俺は、何もかもなくなった痕跡を目撃することになる。
俺は爆心地の縁に立ち、思わず膝を突いた。
その巨大さは、ドラゴングランドが残した爪跡が赤子の仕業に見えるほどちゃちなものだった。
「なんてことだ……」
俺は絶望する。
60年鍛えてきた。
ドラゴンにも勝った。
鍛錬を怠ったことはなく、いつか剣の高みに手をつくぐらいならできると信じていた。
けれど、それは俺の勘違いだったのだ。
山から降りると、こんなにも危険な力がある。
その外界で頂点に君臨していたのは、我が父――『剣聖』ヤールムだ。
もう父は死んだかもしれないが、父が認めあるいは超えた【剣聖】がいるはず。
この力が【剣聖】の放ったものなのか、俺にはわからないが、確実に言えることは俺はこの高みにないということだ。
父上は俺を欠陥品と罵った。
どうやら、その見立ては間違いではなかったらしい。60年鍛え上げても、魔獣食の効果を使っても、俺はドラゴングランドを倒すのに精一杯だったのだから。
「諦めるしかない」
やはり俺には剣の才能がなさそうだ。
じゃあ、剣を捨てて俺には何がある?
まあ、いい。
それはじっくり考えよう。
幸い俺には、人の倍以上の時間が許されているようだ。
ドラゴンステーキでも食べながら、考えるとしようか。
ジャンル別の表紙まで、あと3つ!
引き続き更新頑張ります!
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