第77話 過去の約束
本年の連載は今日までとなります。
来年もどうぞよろしくお願いします。
「え……?」
僕は思わず持っていた陶器のカップを落とした。
出店から戻ってきて、熱い紅茶で喉を潤している最中のことだ。
ちょうど家族が中庭に集まり、次に僕の料理のお披露目が始まろうという時、その報告は父上にもたらされた。
「それは実か?」
父上が確認する。
納涼祭の警備に当たっていたフレッティさんの顔が険しい。間違いなく事実だろう。
ロラン王子が何者かに誘拐されたのだ。
「はい。侍女の話では、警護の騎士とともに消えたと」
フレッティさんの後ろでは、顔を青ざめた侍女が瞼と口を開けたまま呆然としている。
涙の痕はすでに枯れて、意識があるのかどうかさえわからなかった。
「そんな……」
リーリスは頽れる。それを受け止めたのは、兄カリムだ。リーリスを抱き上げると、側の椅子に座らせる。
ショックを受けるリーリスに母上が寄り添い、抱きしめた。
無理もない。さっきまで、僕たちはそのロラン王子とともにいた。
それから1時間も経たずして、いなくなるなんて……。
「父上、僕は先ほどまでロラン王子と一緒にいました」
「それは本当か、ルーシェルくん」
「本当ですわ、フレッティさん。なのに……」
しゅんとリーリスは俯く。
今にも涙を流さんばかりに落ち込んでいた。
「ルーシェルくん、その時の様子を詳しく教えてくれないか?」
「はい……」
僕はロラン王子と出会った時のことから詳しく話す。
フレッティさんは顎に手を当て言った。
「やはり王子と一緒に消えた警護の騎士が気になるな」
すると、女給姿のミルディさんがやってくる。
そっとフレッティさんが耳打ちした。
「なんだと!」
フレッティさんは反射的に声を荒らげた。
「どうしたのですか、フレッティ……」
リーリスの肩を抱きながら、母上が恐る恐る尋ねる。
「警護の騎士の遺体が公爵家の敷地の外で見つかりました。全員残らず、鎧を脱がされていたようです」
「なんと……!」
父上は絶句する。
「どこかのタイミングで警護の騎士と入れ替わったのだろう」
「しかし、王族の警護騎士クラスとなれば、猛者ばかりです。それを全滅させるほどの戦力とは……」
カリムさんは息を呑む。
皆が意気消沈していた。
探そうにも手がかりはない。
見つけたとしても、相手は手練れ……。
状況は最悪だ。
けれど、方法がないわけじゃない。
「父上、僕に任せてくれませんか?」
「いや、しかし……。危険だぞ、ルーシェル」
「そうよ、ルーシェル。父上の言う通りよ」
両親は揃って反対する。
2人とも僕の身を案じて言ってくれているのだろう。でも、見過ごせない。ロラン王子は僕を助けてくれた。
今度は僕の番だ。
「ロラン王子は僕のことをこう仰ってくれました。『友達』だと……。王国の王子の前に、ロラン王子は僕の大切な友達です。ここで待つなんてできません」
「しかし、今日はお前のお披露目の日だ。もうすぐお前の料理も運び込まれてくる」
「すぐに終わらせます」
「な――――!」
父上は言葉を失う。
瞠目したのは、皆も一緒だった。
目を細めたのは、カリム兄様だ。
「ルーシェル、わかっているのかい? 相手は手練れだ。さらに言えば、王子がどこにいるかわからないんだよ」
「僕なら見つけられると思います」
そう。本気になった僕なら見つけられる。
僕の身体は5歳だけど、300年培った技術がある。たとえ相手が手練れでも、ドラゴンより強いということはないはずだ。
すると、父上は僕の肩を抱いた。
「ルーシェル、君を我らの屋敷で保護すると言った時、私が何を言ったか覚えているかな?」
僕は1度、目を瞑る。
忘れるわけがない。あの時のことは今でも鮮明に覚えている。
「父上は言いました、僕を救わせてほしい、と……」
「ああ。そして、あまり力を使うなとも忠告した。その言いつけを守り、お前は知識を披露することはあっても、力を見せることはなかった」
「父上との約束ですから……。でも、今は――今だけは破らせて下さい」
僕は口と目で父上に訴えかける。
父上は1度目を伏せた後、こう答えた。
「ならん……」
「そんな! このままではロラン王子は――」
「話は最後まで聞きなさい、ルーシェル」
「……はい」
「私は人前で使うな、と言った。お前の力を誰かにあるいはお前の本当の家族がいるかもしれないトリスタン家のものに利用されるかもしれないからだ。だが――――」
「つまり人前で僕が使ったことをバレなければいい。そういうことですか?」
父上は首肯する。
「あなた――――」
と反論しかかったのは、母上だったが、それを止めたのも父上だった。
「私としても断腸の思いだ。代われるものなら代わってやりたい。騎士としてではなく、学者として成り上がった自分が恨めしいとすら思う。だが、王族あっての国、国あっての貴族……。ただこのまま手をこまねいてる見ていることなど、私にはできん。同い年の子どもを持つ親として、国王の深い悲しみを考えると――――」
父上の目は真っ赤になっていた。
僕の肩を掴む手の力も強く、かすかに震えている。
それだけで父上が僕の事をどう思っているのかわかった。
いや、いつもわかっている。
レティヴィア家の人たちは優しい。そしてロラン王子も……。
優しい人たちが悲しむ姿を、黙ってみていることは僕にはできない。
「父上、お任せ下さい。必ずロラン王子を助け出してみせます」
「……頼む」
「ルーシェル……」
そう言って、母上は強く僕を抱きしめてくれた。いつもよりも生地が薄いからか。いつもよりも母上のぬくもりを感じる。
「必ず戻ってくるのですよ」
「はい。必ず」
僕は母上の胸の中で頷く。
「ルーシェル、これを……」
カリム兄様が放り投げたのは剣だ。
魔法銀製の剣。鉄ぐらいなら簡単に切り裂くことができる魔法剣だ。
「いいのですか?」
「僕も――――と言いたいところですが、王族が狙われた事案を考えると、僕やリーリス、そして父上母上も安全とは言えない」
確かにそうだ。王子のことで頭がいっぱいで失念していた。
さすがカリム兄様。
こんな時でも冷静に状況を把握している。
「僕はここで家族を守ることに徹する。その代わり、その魔法剣は僕だと思ってこき使ってやってくれ」
それって逆じゃないかな?
カリム兄様だと思うと、使いにくいよ。どっちかというと……。
「ルーシェル君、私も同行させてくれ!」
そう言ったのは、フレッティさんだった。
鼻息を荒くして、僕に嘆願する。
「お気持ちは嬉しいのですが、今回は何よりもスピードを重視したいと思っています。フレッティさんは引き続き祭りの警護をお願いします」
「その方がいいでしょ。下手にこちらが動けば、向こうに感づかれる可能性が高い。今は相手にこちらが王子誘拐に気付いていないように見せかけるのが肝要です」
「確かに……。カリムの言う通りだな」
父上は頷く。
フレッティさんはギュッと拳を握った。
「すまない。肝心なところで役立たずで」
「いえ。フレッティさんの気持ちはいつも僕に勇気を与えてくれてますよ。フレッティさんのぶんも、活躍してきますから」
「頼む。ロラン王子を助けてくれ」
「任せて下さい」
僕は胸を叩いた。
そして、僕は振り返る。
目の前にいたのは、椅子から降りたリーリスだった。
「ルーシェル、気を付けて下さいね」
「うん。……ロラン王子は必ず助けるから。戻ってきたら、3人で僕の料理を楽しもうね」
「はい!」
リーリスは涙を拭きながら、最後は僕を安心させるかのように努めて笑顔を浮かべた。
「しかし、どうやって見つけるんだい?」
「時間がありませんので、今回は一か八か【気配探知】を使います」
「あのスキルの範囲は、それほど広くないのでは?」
「大丈夫です」
僕はスキルを使う。
【気配探知】
スキルの効果を帯びた気配が広がっていく。
それは軽く通常の【気配探知】の範囲を超えた。
このスキルの探知範囲は、内包する魔力に依存する。それが高ければ高いほど、相手の居場所を掴むことができるのだ。
探知範囲は屋敷の外を越えて、領地を越える。そして隣の領地にまで伸ばしていった。
「いた!」
「え?」
いた。馬車だ。そこにロラン王子がいる。眠らされているようだ。
「まだ国内にいます! ……それとロラン王子は無事です」
『おお!!』
どよめきが起こる。
それを聞いた侍女の顔が赤みが差した。滂沱と涙を流し始める。
「ロラン様が生きているのですね。良かった」
頽れると、嗚咽を漏らしながら侍女は泣き始める。
「時間がありません。僕は行きます!」
「頼む」
「気を付けてね、ルーシェル」
「ルーシェル、無理はしないで」
父上と母上、リーリスに見送れる。
僕はこの場で唯一頼れる相棒の名前を呼んだ。
「ユラン、手伝って!」
「なんだ! 我には関係ないことだろ」
「王子様を助けたら、王宮でもっとおいしいものを食べられるかもしれないよ」
「何!? 本当か、ルーシェル?」
「まごまごしてると王子様の身が危ない。ユラン、手伝ってくれるよね」
「仕方ない!」
その瞬間、ユランの身体が歪んだ。
可愛い銀髪の少女の身体がたちまち膨れ上がると、真っ白な鱗を持つドラゴンへと変身した。
突如現れたドラゴンのおかげで、納涼祭はパニックだ。
しまった。屋敷の外で変身させれば良かった。
「やれやれ……。こっちはなんとかしておきますから、君は早く行きなさい」
カリム兄様が頭を掻きながら、僕たちに出発を促す。
今はその厚意に甘えるしかなかった。
「ありがとうございます、カリム兄様。いってきます!」
僕は手を振る。
ユランの背に乗ると、一羽ばたきで納涼祭の夜空に舞い上がったのだった。
こちらの作品の書籍化作業は順調に進んでおります。
来年には何らかのアナウンスができると思いますので、
よろしくお願いします。
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