第76話 指導剣術(後編)
お待たせしました。
前回の続きになります。
「まさか同年代の子ども相手に、余が1本も打ち込めないとは……。素晴らしい!」
ロラン王子は鼻息を荒くする。
そのテンションの高さに、勝った僕の方がついていけてなかった。
側にいるリーリスも目を丸くしている。
「いや、その僕は…………」
「うむ! 途中からわかったぞ。お前の剣術が変わったことは……。まさか構えを変えて、余を試すとはな。まさに指導剣術だ」
「す、すみません! 王子を指導するような非礼を」
「あれでいいのだ。思い上がっていたのは余の方だ。良い体験ができた。ふはははは!」
汗を拭きながら、気持ち良さげに王子は笑う。
出会った当初とはまた随分と違う。
最初は王子様だったけど、今目の前にいるのは、僕と同い年の少年だった。
すると、ロラン王子は手を差し出す。
「ロラン・ダラード・ミルデガードだ。改めてよろしくな、ルーシェル」
「ルーシェル・グラン・レティヴィアです。お目にかかれて光栄です」
僕は王子の手を取る。
あれ? ちょっと待って。思わず手を取ってしまったけどいいのかな、これで。
典礼に則るなら、ここは膝を折るところじゃ……。
ま、いいか。王子の方から手を出して来たんだし。
「ルーシェル、早速だが余の友達になってほしい」
「え? 友達??」
「ん? いやか?」
「めめめめめ、滅相もない!」
「この通り、余は剣術が好きでな。そなたのような強い友達は大歓迎なのだ。今日は納涼祭ゆえ、ここまでにしてくおくが……。今度会った時、負けぬぞ」
「ぼ、僕なんかで良ければ……」
僕はすっかり王子のペースに巻き込まれる。
そのロラン王子は豪快に僕の背中を叩いた。
「シャキッとせよ。そなたは友人であり、余の剣術の先生なんだからな。ふははははは!」
ぼ、僕が王子様の剣術の先生!!
いや、それはあまりにも大逸れてる。
というか、王子様なら他にも優秀な先生がいるはずでしょ。
しかし、ロラン王子は僕に反論する隙を見せない。まるで暴風のように周囲を巻き込むと、今度は例の3人組を睨め付けた。
「お主らもわかったな。『料理屋』だか『魚屋』だか知らぬが、これほどの術理を持つ者が卑賤な者であるはずがない。認識を改めよ。それとも――――」
こやつの剣を、そなたらも受けてみるか?
ロラン王子は蛇のように目を細めて睨んだ。
それは決定打となると、3人組は「すみません」と声を裏返して、退散していく。
「ふん。逃げ足だけは速いヤツらだ。……ああいう輩はな。口で言ってもわからぬ。まして子ども故にな。だから実力行使が1番なのだ」
ロラン王子は僕に教えてくれる。
そこで気付いた。僕に挑みかかってきたのは、ルーシェル・グラン・レティヴィアの素性を知ることと、さらに僕の実力を見せるためだったのだ、と。
「ロラン王子、ありがとうございます。僕のために……」
「別に……。余はそなたと剣術を楽しみたかっただけだ。それ以上でも、それ以下でもない。あいつらを追い払ったのは、そなたの実力だ」
「いえ。ロラン王子のおかげですよ。ありがとうございます」
僕は頭を下げる。
「まあ、そなたがそういうならそうなのだろう。だが、ルーシェル。そなたはまだ貴族社会というものを知らぬようだから、一応忠告しておいてやるが、あまり人に弱みを見せぬ方が良い。ああいう輩は子どもだけではなく、大人の中にもおる。まして公爵家だ。爵位に対する尊崇と同じくらい、悪意もあることを心得よ。――――ん? どうした?」
「いや、王子って本当に何歳なんですか?」
「お前と同じ5歳だ。リーリスから聞いていないのか?」
本当に5歳かな。しっかりしすぎてるんだけど……。
まあ、300年生きてて、5歳児の姿をしている僕が言っても説得力ないけどね。もしかして、ロラン王子も不老不死だったりして……。そんなわけないか。
「ロラン王子! こんなところにいたのですか?」
突然、叫び声が聞こえて振り返ると、妙齢の女性が息を切らして立っていた。
背後には鎧を着た兵士が立っている。ざっと見て、4、50人はいるだろうか。当然、ミルデガード王国の国章が入った防具や、旗を持っていた。
「どうやらお迎えが来たようだ」
「え? もう帰るのですか?」
「心配するな。会場にはいるよ。王子には王子の仕事がある。それに剣術よりも得意といったルーシェルの料理を食べずして帰れるものか」
僕は心のどこかでホッと胸を撫で下ろす。
是非王子には食べてほしかったからだ。
「じゃあ、また会場で……」
「うむ。……ああ、そうそう」
何か思い出したロラン王子は、そっと僕に耳打ちする。
「リーリスが、我の許嫁という話は嘘だから安心せよ」
「えっ??」
まさかそれも嘘……。
僕はリーリスに振り返る。何がなんだかわからないリーリスは、首を傾げるだけだった。
「あはははは……。剣術では後れを取ったが、そなたに1本取ってやったぞ」
ぬぬぬ……。ズルい!
悔しい。まんまと王子に踊らされてしまった。
やっぱりロラン王子は、ただ者じゃないな。
「ではな、ルーシェル。リーリス。また後で会おう」
手を振り、側付きと護衛の兵士とともに下がっていく。
僕とリーリスは頭を下げて見送った。
そして、この後ロラン王子は何者かに誘拐されたのだった。
クリスマスに間に合わなかった(T-T)








