第75話 王子様の告白
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大変なことになってしまった……。
僕の目の前にいるのは、間違いなくこの国の王子らしい。
ロラン王子は折れた棒きれを拾い上げて、軽く素振りしている。やる気満々だ。
本当に僕と剣術の試合をするつもりらしい。
「ロラン王子、お止め下さい」
呼びかけたのはリーリスだ。
胸の前で組んだ手が微かに震えていた。ゴールデンフィッシュ掬いで、隠れた才能を発揮していたリーリスの面影はない。
心配げに僕とロラン王子を交互に見つめていた。
「大丈夫だ、リーリス。心配するな」
「でも――――」
「万が一、余が負け、ルーシェルが王族に悪印象を持たれたら――か?」
「そ、そういうことでは……」
リーリスは顔を背ける。
「ふははは……。大丈夫だよ、リーリス。そのためにこうして人払いをした。まあ、見届け人はいるがな」
僕たちがいるのは、中庭から少し離れた森の中だ。屋敷の敷地内だけど、人気はなく、鬱蒼と木々が茂っているだけ。
先ほど梟が目を光らせているのが見えたけど、すでに飛び立った後だった。
その梟の代わりというわけじゃないけど、僕たちの試合を見届ける人たちがいる。
1人を除いて、ちょっと頼りないけどね。
「ロラン王子、頑張って下さい」
「料理屋の息子なんて簡単にのしてやって下さいよ」
「降参するなら今のうちだぞ、料理屋の息子」
まだ『料理屋の息子』って呼んでるよ。
もしかして一生言われるのかな、これって?
僕が辟易する一方、ユランは呑気だ。
「ルーシェル、早くしろよ。我はもっと出店を回りたいのだ」
トマトと林檎飴の二刀持ちで、すでに十分出店を堪能しているはずのユランが、僕にエール(?)を送る。
簡単に言ってくれるなあ。
確かに僕の腕なら造作もない相手だ。
けど、王子様を怪我させるわけにもいかない。
適当に打たせて、それっぽく引き分けるか。
「そろそろ始めよう、ルーシェルよ」
ロラン王子は棒きれの先端を僕に向ける。
どうやら、どうあっても試合をするようだ。
「ルーシェル……」
リーリスが心配そうに僕を見つめる。
「大丈夫だよ、リーリス。任せておいて」
「……はい」
声をかけたものの、リーリスの表情は曇ったままだ。
リーリスがここまで心を痛めるなんてよっぽどだな。
公爵家は貴族の中でも、もっとも王族に近い貴族だ。リーリスが王子と面識があってもおかしくない。
だけど、それ以上の理由があるのだろうか。
「それでは――」
「はい」
ロラン王子が差し出した棒きれに向かって、僕も自分が持った棒きれを差し出す。
僕たちはゆっくりとにじり寄ると、棒きれの先端が触れた。
それが試合の合図となった。
先制したのはロラン王子だ。
パッと僕の棒きれを払う。受けることはできたけど、僕は逆に力を抜いて払わせた。
その瞬間、王子は容赦なく飛び込んでくる。
まさに返す刀で僕の肩に向かって棒を振り払った。
僕はバックステップで躱すと、1度姿勢を整えるように構えを直す。
そうはさせじと、王子が突っ込んできた。
先ほどの気品ある雰囲気からはかけ離れている。
まるで獲物を狙う獅子のように踏み込んできた。
僕は足を止める。逃げても追いかけてくるだけと感じた。
カンッ!
気持ちのいい乾いた木の音が鳴る。
王子の上段の打ち下ろし、僕は受けた。
そのまま押し合いになる。
力が強い。どこにそんな力があるのかと思う程にだ。
「ほう。やるなあ。同い年で余の攻撃を捌いたのは、そなたが初めてだ」
「あ、ありがとうございます」
「まだまだ余裕がありそうだな。これならどうだ!!」
ロラン王子は連続で撃ち放ってくる。
速い。振りの速度もだけど、型の中に無駄な動きがないから、余計に速く見える。
よっぽど修練しているのだろう。
だけど、僕が捌き切れないほどのスピードじゃない。
カッ!
弾き返す。
すると、ロラン王子の体勢が崩れた。
おっとっと、という感じでようやく後ろに後退する。
「ふむ。やるな」
「王子様こそ」
ロラン王子は肩で息を始める。
あれほどの連撃を加えたのだ。仕方ないだろう。
それに筋力と違って、体力は一朝一夕で身につくわけではない。
それでも、ロラン王子の剣術は軽く5歳児のレベルを超えていた。
リーリスも息を呑む。
3人の貴族の子息たちは、口を開けて固まっていた。
皆が沈黙する中で、ユランだけは違う。
「ルーシェル、いつまで戦っているのだ? とっとと本気になって倒してしまえ!」
あわわわわわ! ユラン、そういうこと言わないの!
手加減してることがバレるでしょ?
「ほう。まだそなたは本気ではないのか?」
「いや、ちが――――」
ロラン王子は踏み込んでくる。
さっきよりも鋭い――。
でも、僕は難なく王子の剣を受け止めていた。
再び棒きれを合わせてせめぎ合う中、王子様は僕に話しかけてくる。
「ルーシェルよ。そなた、気にならぬか? 何故、余とリーリスが親しげなのか?」
「え?」
思わず眉を吊り上げ、反応する。
しまった、と思った時には、ロラン王子は笑っていた。
「はははは……。剣術の才能はあるようだが、まだまだ心の制御がまだのようだな。ふふふ……、気になるか?」
気になるかと問われれば、やはり気になる。
でも、真実を聞くのも怖いと思っていた。
自分なりに考えた答えがあって、それが当たるのが怖いからだ。
しかし、ロラン王子は躊躇わずこう告げた。
「実は、余とリーリスは契りを交わした仲でな」
「契り?」
「端的に言うと、許嫁だな」
い、い、許嫁ぇえぇえぇえぇえええ!
思わず視線がリーリスを向きそうになる。
だが、ロラン王子はまるで僕の動揺を狙ったかのように、僕の棒きれを捌くと、背後に回った。
危なく打ち下ろしを食うところだったけど、僕は咄嗟に前に避けて、振り返る。
真剣な眼差しで、ロラン王子に尋ねた。
「本当なんですか?」
「嘘で言えるようなことではないだろう。楽しみだな。彼女と結婚する日を……。どうしてあげようか、なあルーシェル?」
「え?」
ロラン王子の表情が急に変わる。
出会った時は王族然として、気品に溢れていた。
試合になっても、陸の王者の如く振るってきた。
でも、今は違う。
口端を歪め、目を愉悦に曲げた悪魔が立っていた。
「国1番の織匠に織らせたようなシルクの肌に、澄み切った空のような瞳。星空の中で織り上げたような金髪もまた美しい……。楽しみだ、あれが余のものになるのを」
「もの?」
「そうだ。余に嫁ぐのだ。あれはもはや王族のものだ」
瞬間、軽く力を入れた。
ロラン王子はふわりと吹き飛ばされる。「おっと」と言いながら、着地する。
そして、ニヤリと笑ったように見えた。
「ルーシェル?」
リーリスを一瞥すると、彼女は首を傾げた。
僕は改めてロラン王子に棒きれを向ける。
何ができるかわからない。
たとえ、ここで勝ったとしても、結果は変わらないだろう。
でも、せめて今この機会に、僕の妹を「もの」扱いする王子様に、お灸を据える必要がある。
僕はそう判断した。
「構えて下さい、王子」
少し強めにいきますよ……。
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年始から色々とバタバタとしますが、是非こちらもよろしくお願いします。








