第74話 王子様
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僕は革袋に入ったゴールドフィッシュを覗く。
袋の中に入った水の中で、2匹のゴールドフィッシュが尾を動かしながら泳いでいた。
赤と白のゴールドフィッシュは、割と仲よさげに泳いでいる。
結局、僕の釣果は1匹だけだった。もう1匹は出店の店主におまけしてもらったのだ。
1人じゃ可哀想だからって。
そんな店主の温情に感謝しつつも、僕の胸中は複雑だ。
この身は5歳の身体だけど、経験と反射には自信がある。
けれど、まさか【ポイ】を3つ破って、たった1匹なんて……。ゴールドフィッシュ掬いってなかなか奥が深い遊びなのかもしれない。
「はもはもはもはも……」
機嫌良さげに出店で売っていた飴を舐めていたのは、ユランだった。
林檎に飴をコーティングした林檎飴を美味しそうに食べている。
さっきまで「こんなのイカサマじゃ」なんて吠えていた人間――もといホワイトドラゴンとは思えないほど落ち着いていた。
ホントさっきまで大変だった……。
まさか林檎飴であんなに簡単に機嫌を取り戻すなんて。林檎飴恐るべし!
そのユランのご機嫌を取ったのは、リーリスだ。
その手首からは4匹のゴールドフィッシュが入った革袋が下がっている。これがリーリスの釣果だ。なんと4匹を1つの【ポイ】で取ってしまった。
ちょっと意外というと失礼だけど、リーリスの別の一面を見ることができて、嬉しかった。
「リーリス、凄いね」
「毎年やってますから。……コツがあるんですよ」
「コツか……。じゃあ、来年は教えてもらおうかな。いいかな?」
「はい。もちろん!」
「ユランはコツを教えてもらう?」
「いい! 我はもうやらん。あれはイカサマだ」
ぷいっとユランは顔を背ける。また飴を舐めると、固く引き締まった顔がすぐにゆるゆるに溶けていった。
どうやらホワイトドラゴンの機嫌を取るには、林檎飴で十分そうだ。これもまたユランの別の一面かな。
「次はどこへ行きましょうか?」
「我はあれをやりたい」
というと、ユランは「トマト投げ」と書かれた看板を指差す。
トマトを投げて、欲しい木彫り細工に当てる遊びだ。ちなみにトマトは投げるか、食べるかを選択できる。
これは昔からある出店の定番だ。
「わたくしたちも行きましょうか?」
「うん」
ユランの後を追おうとした瞬間だった。
「あ。料理屋の息子がいるぞ」
『料理屋の息子』なんて言われて、一瞬誰のことかわからなかった。けれど、その声は明らかに僕に向かってかけられたものだ。
振り返ると、3人の子どもが立っていた。
多分、僕よりも少し年上だろう。口端を上げて、揃ってニヤニヤと笑っている。
恰好からして平民ではない。今日は納涼祭で、確かに薄い布に華美ではない服装してるけど、一目見て上流階級だとわかるほどには身綺麗だった。
「料理屋の息子って? どういうこと??」
「なんだ? 知らないのか? みんな言ってるぞ。きっと料理屋の息子が、うまく公爵様に取り入って、お前を養子にしたって」
「相当うまいもんを食わしたんだろ?」
「みんなが言ってるぞ、料理屋の息子。だから、お前の特技は料理なんだろ?」
あはははははは……!
3人は一斉に笑い出す。
なるほど。僕の特技が料理だと言ったから、料理屋の息子が養子になったと思っているのか。
単純な思考だけど、噂話の答えとしてはわかりやすい。
そして、その噂はすでに広まってるらしい。耳を澄まさなくても、『料理屋の息子』という言葉が聞こえてくる。
「ルーシェル……」
「大丈夫だよ、リーリス。僕は気にしてないから」
そもそもこれが一般的な反応だと思う。
僕の出自は『料理屋の息子』がまともに思えるぐらい、ひどく歪んだものだ。
それを受け入れてくれた今の父上や母上、そしてフレッティさんなどの騎士団の方が、異端だろう。
「料理屋の息子がうまく取り入ったな」
「どうやったら、公爵家に入る事ができたんだ?」
「もしかして、お前の母親が――――」
「あなたたち! 貴族として恥ずかしくないのですか!?」
一喝したのは、リーリスだった。
3人も呆然としていたけど、僕も驚いていた。
普段リーリスがこんなに声を張りあげることがないからだ。
「ルーシェルは誰がなんと言おうとレティヴィア公爵家の一員です。……それを『料理屋の息子』や取り入ったなど。それは我が公爵家に対する侮辱ですよ」
「り、リーリスが……」
「いつも人形みたいに喋らないリーリスが」
「めっちゃ怒ってる」
リーリスの迫力に押され、3人は後退る。
そんな彼らにリーリスはトドメの一撃を刺した。
「それを3人で寄ってたかって! 貴族として恥ずかしくないのですか!! わたくしはそう言っているのですよ」
追撃の雷を落とす。
もはや僕たちだけに留まらず、周りで見ていた大人たちすら、リーリスの言動に唖然としていた。
まさに烈火の如く怒っていたリーリスだけど、はたと自分が置かれた状況を思い出す。
しんと静まり返った周囲を見て、その顔はみるみる赤くなっていった。
急にしおれた花のように肩を狭くするリーリスの背中を叩く。
「リーリス、ありがと」
「わ、わたくし……」
「良いんだよ。僕を守ってくれたんでしょ」
「は、はい……」
リーリスは項垂れると、耳まで赤くなる。ギュッとスカートの端を掴んだ。
一方、3人はすっかり黙ってしまった。
「ははは……。リーリスのそんな顔、久しぶりに見たな」
すると、その後ろにまた1人同い年ぐらいの子どもが現れる。
淡い金髪に、燃えるような赤銅色の瞳。
恰好こそ僕と似ているけど、纏っている気品のようなものがまるで違う。
そう。まるで彼は――――。
「ロラン王子!」
リーリスは声を上げる。
僕は思わず「え?」と声に出していた。
まさしく今目の前にいる子どもを形容するのであれば、王子と言う言葉ピッタリだと言おうとしたからだ。
5歳にして漂う、別次元の雰囲気に思わず戦いてしまう。
300年前でも、僕は王族の方と会ったことがない。
それは僕の特殊な環境下によるものだけど、それでも王子が公爵家が開いた納涼祭にいることに、驚きを禁じ得なかった。
「王子!」
「ロラン王子!」
「王子様!」
3人は一斉に傅く。
僕に対する態度とは、180度違っていた。
そのロラン王子は目を細めて、僕ではなくリーリスの方に近づいてくる。
「リーリス、久しぶりだね」
「お久しぶりです、ロラン王子」
リーリスはいつも屋敷長のヴェンソンに習ったそのままに、スカートのつま先を摘まんで挨拶をする。
「君の声が聞こえて、飛んでやってきたよ」
「す、すみません、王子」
「いや、珍しいものを見れたから、むしろラッキーかな。あんなに声を張りあげているリーリスを見るのは、初めてだ」
「……う、うう……」
「でも、いけないなあ。家名出して、子どもとはいえ下級貴族の子どもを恫喝するなんて。それこそ貴族失格じゃないかな?」
「それは――――」
リーリスは言葉に詰まる。
対して息を吹き返したのは、3人の子どもたちだ。ロラン王子に怒られているリーリスを見て、舌を出してからかっていた。
「失礼ながら、ロラン王子。それは僕の責任です。リーリスは僕を守ってくれただけです」
そこでようやく僕の方に、ロラン王子の視線が注がれた。
目を細めた後、ロラン王子は尋ねる。
「ルーシェルだったかな?」
ロラン王子の気高さは、もはや5歳という年齢を超えている。
300年生きてる僕ですら口を開けて感心するほどに。
よっぽど厳しい教育を受けてきたのだろう。その一挙手一投足に何の嫌味も無い。
「はい」
「料理が得意だそうだね」
「はい。そうです」
「うん。でもね、あまり感心しないな。料理は家臣たちの仕事だ。それを取り上げるのは、あまり感心しない」
「仰る通りです。ですが、僕は料理によって命を救われました。特技というより、僕にとっては生きがいであり、遠い記憶とを結ぶための絆でもあるのです」
「ほう。そこまで言うのか。ふむ。でも、さすがに料理というのは不味かったね。貴族があんなことを言えば、他の貴族に軽んじられるのも理解ができる。やはり料理は下々のすることだからね」
ここで反論することは、僕にはできた。
僕にだって、料理に対する想いはある。料理という技術、調理という芸術を育んでいた料理人に対して、敬意もある。
だが、それを偉そうに語られるほど、僕はまだ卓越した人間じゃないと思ったからだ。
「他に特技はないのかい?」
「それは――――」
「ルーシェルの特技は、剣術だな」
あっけらかんとした答えたのは、ユランだ。
その口元は真っ赤になっていて、そして手には赤いトマトが握られている。
どうやら遊びよりも、食欲が勝ったらしい。
「ゆ、ユラン!」
「なんだ? 何故、怒る? 事実ではないか」
「そ、そうだけど……」
「剣術か。なるほど。面白い……」
「え?」
顔を上げると、晴れ晴れと笑顔を浮かべたロラン王子が立っていた。
「そなたの剣術、余に見せてくれ」








