第73話 あいさつ
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「レティヴィア公爵家、クラヴィスの息子ルーシェル・グラン・レティヴィアと申します。不束者ですが、父クラヴィスのように強く、逞しく、そして皆様に愛される人間になりたいと思っています。どうぞ皆様よろしくお願いします」
レティヴィア家の中庭――納涼祭の中心となる壇上で、僕は頭を下げた。
目の前には、レティヴィア家の新たな家族を一目見ようと貴族たちが集まっている。
皆、納涼祭らしい、涼しそうな恰好で椅子に座り、目を丸くしていた。
ちょっと子どもっぽくなかったかな。少し硬かったかもしれない。屋敷長のヴェンソンさんとも相談した文章だったのだけど。
パチパチ……。
誰かが手を叩いた。それが誰かはわからなかったけど、皆が遅れて拍手を送る。さらに僕に声援を送られた。
僕に代わって、今度父上が前に出る。
軽く一礼した後、皆に語りかけた。
「本人は不束者と言っておりますが、このとおり私なんかより、よっぽど頭の切れる息子でして、非常に驚いております」
ドッと笑いが起こった。硬かったみんなの表情がほぐれる。
勿論、父上を馬鹿にしてるわけじゃない。全員がその深い知識を理解して、笑っている様子だった。
「息子には1つ――いや親の私に言わせると、100、うーん……1000かな」
父上は顎に手を当てて考え始める。
「ち、父上……。今、そんなことを考えなくても」
「あ。いや、そうだったな。ごほん、失礼」
と言うと、また温かな笑いが起こる。
みんな、わざとと思っているだろうけど、あれで実は本当に今の父上は真剣なんだ。
だから、余計おかしい。
でも、息子としてはちょっと恥ずかしいけど……。
「実は、ルーシェルは料理が得意でしてな」
そう言うと、ちょっと会場の雰囲気が変わる。
ほう、と感心する人もいれば、扇子で口元を隠し、ほくそ笑んでる人もいた。
「この後、息子が作った料理を皆様に食べていただく予定になっております。用意ができましたら、再び中庭にお集まり下さい」
それでは、しばしご歓談――。
そう言って、僕と父上は舞台からはけていった。
「いいご挨拶でしたよ、ルーシェル」
舞台袖で待っていたリーリスが、少し興奮気味に評してくれた。
「ありがとう」
「あんなに大人がいっぱいなのに、堂々としていて素敵でした。緊張はしなかったのですか?」
「勿論、緊張したよ。でも、側に父上がいたから大丈夫だった」
僕は父上にお礼を言う。
すると、父上は僕の頭を撫でてくれた。
「よくやった、ルーシェル。見事な挨拶だった。まあ、少々子どもらしくないスピーチだったから、みな驚いていたようだが」
「ヴェンソンさんと相談もしたのですが」
「ほう……。ヴェンソン、君のことだ。何か意図があるのかな?」
クラヴィスは同じく舞台袖で待機していたヴェンソンさんに振り返った。
背の高い初老の屋敷長は、腰を直角に曲げた後、目をギラリと光らせる。
「恐れながら、ルーシェル様はご当主様のご養子にあらせられる。公爵家が身元不詳の養子を預かったというからには何か理由がある――と要らぬ詮索される方がいらっしゃるでしょう。ならば多少誇張しておく方が、他の貴族の方には好印象を持たれると愚考いたしました」
「ルーシェルはただの子どもではないと印象づけるためか」
「はっ! しかし、今は少しやりすぎたと反省しております」
ヴェンソンは再び頭を下げる。
「ヴェンソンさんは悪くありません、父上」
「わかっているよ、ルーシェル。ヴェンソンはヴェンソンなりの考えがあったというだけだ。まあ、私としてはもっと子どもらしくと思ったが、ルーシェルのこれまで歩んできた人生を考えると、子どもらしいというのは酷かもしれんな」
クラヴィス父上は咳払い、仕切り直すと、僕の頭に手を置いた。
「良いスピーチだった。それはスピーチの内容だけではなく、ルーシェルの態度についてもだ。リーリスが褒めたように、子どもが大人を前にして喋るのは並大抵のことではないからね」
「本当に……。まるでお父上のように堂々としていましたわ」
父上が僕の頭を撫でる横で、リーリスはまた僕を褒める。
確かに緊張したけど、精神を制御する術は山で暮らすうちに自然と身につけてしまった。
手練れの騎士よりも、魔獣や野生の獣は気配に敏感だ。心臓の鼓動が少し大きくなるだけで、逃げていく動物だっている。
山に来た時は、驚きの連続だったけど、それが日常化していくと、いつの間にか心を制御する方法を生み出していた。
「さて、しばらく自由時間だ。リーリスと一緒に庭を回ってくるといい。出店もたくさん出ているから楽しいぞ」
「え? でも、料理の準備が……」
「それは俺がやっとくよ」
そう言ったのは、とんがり耳に伝統的なピアスを付けたエルフだった。
「ヤンソンさん!」
「親方が手伝ってやれってよ。一応、レシピはもらってるし、すでに食材はルーシェルが用意してくれてる。問題ねぇよ」
「でも――――」
「わからねぇのか? ガキはガキらしくしろってことだよ。ほら、いったいった」
僕の肩を押す。思わずつんのめった先には、ユランが立っていた。
「ん? どうした、ルーシェル?」
「ぱ、ぱ、ぱ……」
「は? 何を言ってるのだ、お主?」
ふわーーーーーー! やばい。さっきの着替え室のことが頭に……。
落ち着け! 精神を制御しないと……。
「ほら、お嬢ちゃんたちをちゃんとエスコートするんだぞ」
「わ、わかりました。なるべく早く戻ってきますからね」
そう言い残して、リーリスたちとともに出店が出てる方へと向かっていった。
「ご当主様、あれでいいんですよね?」
ヤンソンはクラヴィスに話しかける。
そのクラヴィスは満足そうに頷いた。
「今回の納涼祭は、ルーシェルにとっては自分の料理を出す大舞台だと思っているけど、私の考えは違う」
「というと……」
「私はね。ルーシェル・グラン・レティヴィアに紹介したいんだよ」
今の世界の納涼祭をね……。
大丈夫かなあ……。
レシピは渡してるけど、手順として難しいところもあるし……。
ヤンソンさんたちの技術を信じないってわけじゃないんだけど、やっぱり自分でやった方がいいんじゃないだろうか。
眉間に皺を寄せた僕は、ふと顔を上げた。
そこには三度リーリスの顔があった。
「ルーシェル!」
「あ、ごめん!」
「わたくし、まだ何も言ってませんよ。それより納涼祭を楽しみましょう」
そう言って、リーリスは僕の手を引っ張る。
その先では、すでにユランが出店の前で手を振っていた。
「おい! 早く来いよ」
赤い魔法灯が灯る出店に、僕たちは吸い寄せられるように近づく。
出店がある場所に来ると、また活気が違う。僕ぐらいの子どもが多く、その周りに親たちが集まっているからだ。
飴を舐めたり、何かゲームをしたりしている。
「あれは?」
僕が気になったのは、水槽のある屋台だった。
300年前にも、すでに出店が並ぶ文化はあったけど、これは初めてだ。
水槽の中には無数の小さな魚が浮かんでいる。
種類によって赤、黒、青など色鮮やかだけど、どの尾ひれも金粉を振ったように黄金色になっていた。
「これ、みんなゴールドフィッシュ?」
「そうですよ」
リーリスは微笑んだ。
ゴールドフィッシュは、貴族――特に子どもが最初に飼う小魚の一種だ。
大層な名前がついているけど、養殖は簡単で、安いものなら下町の人間でも買える程度のもある。
一方、貴族が飼うゴールドフィッシュは餌や血筋からこだわっていて、血統書付きのものでは、とんでもない金額になる種類もある。
水槽の中のものは、どちらかというと大量生産されたものだ。
「なんだ、この魚たちは? 食べるのか?」
ユランはじっと魚を見つめる。
手を伸ばそうとしたところで、リーリスがユランの手を叩いた。
「違うのよ、ユラン。はい、これ。ルーシェルも」
「ありがとう――――って、これ何?」
店主からリーリス。リーリスから僕とユランに渡されたのは、輪っかの中に薄い紙が貼られた何かの道具だった。
名前は【ほい】と言うらしい。
「【ほい】を使って、この碗の中にゴールドフィッシュを移す遊びです」
「へぇ~」
そんな遊びが……。300年前にはなかった遊びだ。
「こいつを使って、この碗に移せばいいんだな。ならば、簡単ではないか」
ニヤリと牙を剥きだし、ユランは笑う。
【ほい】を水の中に入れて、早速ゴールドフィッシュを捕まえようとした。
だけど……。
「あれ? なんじゃ、こりゃ?」
あっさりと【ほい】に穴が空いてしまった。
そりゃそうだよね。紙なんだから。
「もう1回! もう1回だ、親父!」
店主を親父呼ばわりして、もう1本【ほい】をもらう。
店主は嬉しそうだ。ユランの反応を見て、楽しんでいた。
「今度は紙を破れる前に――――」
ユランなりの対策を考えたんだろう。
おそらく紙が水に濡れて破れる前に、ゴールドフィッシュを椀に移すつもりだ。
凄まじい速度で水の中に入れる。
バシャッと水が大きく跳ねて、ユランの銀髪にかかるけど、お構いなしだ。
「今度こそ!」
ユランは腕を引き抜く。
しかし――――。
「あ、あれ~~~~」
【ほい】はまたも破れていた。
それを恨めしそうに見つめるユランを見て、僕は思わずプッと噴き出す。
すると、吊られてリーリスまで笑い出した。
軽やかな笑声が、出店の集まる一角に響く。
僕とリーリスが笑っていると、ユランはくしゃみをする。また恨めしそうに、今度は僕の方を向いた。
「そこまで笑うなら、ルーシェル。そなたがやってみるがよい!」
破れた【ほい】を僕に向かって掲げる。
僕はゴールドフィッシュが泳ぐ水槽を見た。
「よーし……」
腕をまくり、【ほい】と木椀を握る。
「ルーシェル、頑張って!」
リーリスの声援を受けながら、僕はゴールドフィッシュ掬いに興じる。
いつの間にか料理のことを忘れ、僕は納涼祭を楽しんでいた。
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