第72話 お着替え
納涼祭は貴族の伝統的な祭りの1つだ。
元々夏場に行われる社交界が元になっているらしい。社交界はほとんどの場合、貴族の屋敷や王宮のダンスホールなどで行われる。
けれど、夏場は暑く、しかも皆が華美なドレスや立襟のついたダブレットではとても暑く、ダンスどころではない。
夏場の社交界ではバタバタと人が倒れて、ついに開催しても誰もこなくなったらしい。
そんな中、ある貴族が外で社交界を行うと言いだした。さらに女性は薄いワンピースドレス、男は薄手のシャツとパンツだけで参加し、社交界では禁じられている子どもの入城も許した。
懐疑的な貴族がほとんどだったけど、思いの外その社交界は大盛況のうちに終わったらしい。
これが後に納涼祭と言われる貴族の祭りに発展したという。
夏場になれば、主立った貴族があちこちで納涼祭を行い、多くの貴族や有力な商人たちが集まってくる。
レティヴィア公爵家ともなれば、その規模はかなり大きい。
屋敷の庭だけではなく、門の外にまで及び、領民たちも貴族と似たような恰好をして、独自でお祭りを楽しんでいる。
納涼祭の素敵なところは、領民たちも一緒になって祭りを楽しめることだ。
領地の中にある街では屋台が並び、夜が更けても煌々と明かりがついている。
その光をドレッサーの前で見ていた僕は、「ルーシェルくん」という声を聞いて我に返った。
「どう? きつくない?」
質問したのは、リチルさんだ。
今は僕の側付に徹するために、給仕服を身につけている。
そのリチルさんはシルク地で作った帯を結ぶ。半袖に半パン、さらにお腹の辺りに薄い帯を結ぶのが、最近の納涼祭の流行らしい。
納涼祭では基本的にお洒落を禁止されているのだけど、これぐらいの装飾は許されるようだ。
「いえ。全然大丈夫です」
「うん。じゃあ、正面を向いて」
僕は目の前の鏡を見る。頭を髪油で整え、ゆったりとした白い服に身を包んだ自分の姿に驚いた。
「なかなか決まってるわよ、ルーシェルくん」
もう1人の側付きであるミルディさんが親指を立てる。
こちらも給仕服に整えた彼女は、スカートの中の尻尾を機嫌良く揺らしていた。
自分で言うのもなんだけど、自分じゃないみたいだ。
いや、確かに300年前こうして身綺麗にしたことがある。
けど、あの時はこうして鏡を使って自分で自分の姿を見ている余裕なんてなかった。
父上よりも強くなる。
そのためだけに一心になって剣を振り続けていた。
自分の姿形に注意を払う事なんてなかったんだ。
「ありがとうございます、リチルさん、ミルディさん」
「側付きとして当然のことをしただけよ。うふふ……、でもありがとうね、ルーシェルくん」
「むふふふ……。あたしとしても、こんな美形男子のお世話をしたなんて、ちょっと鼻が高いわ」
リチルさんが微笑むと、ミルディさんはふんと鼻息を荒くし、こちらも満足そうに笑った。
「さて、納涼祭が始まるわ。そろそろ行きましょうか? 多分、リーリス様とユランの支度もそろそろ終わる頃だと思うから」
リチルさんはウィンクする。
エスコートしてこい――そんな合図なんだろ。
「はい。じゃあ、迎えに行ってきます」
僕は着替え室から飛び出していく。
屋敷の別棟で着替えているリーリスとユランを迎えに行った。
軽くノックをする。
「どなたですか?」
リーリスの声が聞こえた。
「ルーシェルだけど? リーリス、ユラン、着替え終わった?」
「今、ちょうど終わったところですわ。入ってもいいですよ」
僕は着替え室の扉を開く。
飛び込んできたのは、街の明かりを背にしたリーリスだった。
真っ白なワンピースに、青いリボンを腰の辺りで結んでいる。決して華美ではないけど、その分リーリスの金髪がとても映えて見えた。
「綺麗だ……」
気が付いた時には呟いていた。
「え?」
「あわわわわ……。ごごごごめん、いきなり。でも、お、思ったことを口にしただけで」
「あ、ありがとう、ルーシェル。とても嬉しいです」
リーリスは頬を染めた。
照れることなんて全然ない。
本当にリーリスは綺麗だったのだ。
300年生きてきた僕でも、感動するほどに。
「何をしておるのだ、お前たち。顔を赤くして、見つめ合いおって」
ニュッと顔を出したのは、ユランだ。
半目で僕とリーリスを交互に睨む。
そのユランも当然ながらきちんと正装していた。
リーリスと同じ白のワンピース。こっちは薄桃色のリボンを腰に結んでいる。
普段はやや無造作に結んでいる銀髪を下ろし、真っ直ぐストレートに首もとまで伸びていた。
髪を下ろしたせいだろうけど、ちょっと口が偉そうなお嬢様に見える。
しかし、今のその口はへの字に結ばれていた。
「リーリスの姿が可愛いから見とれていただけだ。もちろん、ユランも可愛いよ」
「むっ! そうか? わしはなんかスースーして気持ち悪いがな。特に股の下が……」
「ゆ、ユラン様!!」
突然、素っ頓狂な声を上げたのは、リーリスの側付きだった。
どうやらユランのお世話も一緒にしたようだ。
その側付きの女給仕さんは、顔を赤くして困惑している。その手には何やら薄い布がヒラヒラと揺れていた。
「どうして、パ――――こ、腰布まで脱いでいるんですか?」
「ん? 服を脱いでくれと言ったのは、お主ではないか?」
ユランは首を傾げる。
僕は呆然としながら固まっていた。
こ、腰布って……。あれって、もしかしてユランのパパパパパ――――。
パンツ!!
「ルーシェル……」
視界を遮るようにリーリスが、目の前に現れる。
「ちょっと外に出ていてくれませんか?」
そう言ったリーリスの口調は、刃物のように冷ややかだ。
ついには問答無用で僕を部屋の外へと押し出す。
直後、ぎゃああああああ! という悲鳴が聞こえ、騒然とする中改めてお着替えが始まる。
しばらく僕の頭からパンツが離れることはなかった。








