第69話 ソーラーウッド
活動報告には報告させていただきましたが、しばらくお休みをいただいておりました。
更新が空きましたことをお詫び申し上げます。
今現在、お仕事優先で動いております。また更新が空くかもですが、ご容赦いただければ幸いです。
魔獣生態調査機関によれば、カカオバチの危険度ランクは、下から数えて2つ目のEランクに相当する。
名前の通り、カカオと呼ばれる果実の実を膨らませたみたいなお腹をしていて、体長は僕の腕よりも少し大きい。
超巨大な蜂だ。
普通の蜂と同じく群れで行動し、そして同じように巣を作る。特に群れで行動した時は要注意だ。一個体の強さはEランクでも、群れとなればその危険度は倍増する。
僕でもまともにぶつかったら痛い目を見ることになる。
山に到着した僕、リーリス、ユランの3人は山の西側を目指した。
「ルーシェル、どこに向かってるんだ?」
人間の姿に戻り、殿を務めるユランが尋ねた。
「まずはカカオバチを見つけないとね」
「当てがあるのですね」
僕とユランに挟まれたリーリスは、胸に手を当てながら尋ねた。
「うん。この時期、カカオバチはソーラーウッドの樹液を集めていると思うんだ」
「ソーラーウッドって……。魔樹ではありませんでしたか?」
リーリスの言うとおり、ソーラーウッドは葉や枝を動かして、常に太陽の方を向く魔獣の一種だ。
他の植物も似たような動きをするけど、ソーラーウッドは特に露骨で、動きが速い。
他の木々の日照権を奪ってしまうため、必然周りの植物が枯れ、同じソーラーウッドが群生するようになる。森林にとってはとても害悪となる魔樹だ。
僕たち人間には直接害はないけど、ソーラーウッドに何度マークしていた果樹を枯らされたことか……。
「でも、あいつの樹液はめっちゃうまいんだよな」
何を思い出したのか、ユランはずるりと涎を飲み込んだ。
「そうなのですか、ルーシェル」
「うん。見つけたら、試しに舐めてみるといいよ」
「楽しみですわ」
リーリスは笑った。
山に着いた直後は、恐々とした様子だったけど、今は落ち着いている。
足元じゃなく、遠くを見るようになってることからもわかる。緊張していると、どうしても足元ばかりを見て、視野が狭くなりがちだからね。
「リーリスは山が怖くない?」
「え? ええ……。少し……怖いです。でも――――」
「でも?」
「それ以上に楽しいですわ。こうして屋敷の外に出て、手つかずの自然に触れることができるのは……」
手つかずの自然か。リーリスってやっぱりお嬢様なんだな。そういう所に感動を覚えるなんて。でも、そんな風に価値のあるように思ってくれるのは、嬉しいかな。
だって、この山は僕の家そのものだからね。
「それに、ルーシェルがいますから。何も怖くはありませんよ」
リーリスは花が咲いたように笑う。
僕は「はわわわ」とまた赤くなってしまい、リーリスから顔を背ける。なんだろう。最近のリーリスって益々可愛くなってるような気がするんだよね。
「ルーシェル、どうした? また顔が赤いぞ。熱か?」
今度はユランが僕に顔を近づけてくる。
言動は無作法でも、ユランもまたリーリスに負けないぐらい可愛い容姿をしている。
また僕の体温はみるみる上がっていった。
「いいいい、いや、何でもないよ」
「「??」」
リーリスとユランは首を傾げる。
ユランはともかく、リーリスは気付いて、僕の今の気持ちを……。
そんなことをしてる間に、目的の場所に辿り着いた。一見、鬱蒼と生い茂った森にしか見えないけど、もうここはソーラーウッドの群生地に入り込んでいる。
「ここにある木がすべてソーラーウッドなんですか。普通の森にしか見えませんね」
「リーリス、頭上を見てごらん」
「頭上?」
リーリスは空を見上げる。
大人で7人分ぐらいの高さの上では、枝や葉っぱがたくさん繁茂していた。空を覆うように、ほとんど隙間がない。
突如、その枝や葉っぱが動き出す。梢の音が反響し、まるで蝉の鳴き声みたいに耳障りな音を立て始めた。
「これは?」
「ソーラーウッドが動いている音だよ。少しでも太陽の光に当たろうと、争っているんだ」
「うるせぇ!」
「ええ……。これはなかなか不快ですわね」
「うん。けれど、この音がとても大事なんだよ」
しばらくしてソーラーウッドの梢の音が鳴り止む。ずっと争っているわけではなく、太陽の位置がある角度まで動いた時に一斉に動くらしい。
そもそも魔樹は動く時に、動物よりも非常に力を使う。動物のような筋肉がないからだ。使い過ぎると、それこそ栄養失調になって枯れてしまう。
僕とリーリス、ユランはしばらく茂みに隠れて様子を窺う。
いくらも待たないうちに、それは僕たちの前に現れた。
鋭い羽音が近づいてくる。
予想通り現れたのは、カカオバチだった。
「あれが、カカオバチ。図鑑で大きさは知っていましたが、やっぱり大きいですね」
「あいつ、生で食えないんだよなあ」
リーリスが驚いている横で、ユランはとんでもないことを言い出す。元が竜だから仕方ないかもしれないけど、リーリスが驚くようなことを、さらっと言わないでほしい。
カカオバチはソーラーウッドに取り付く。すると、2つの牙を使って、木皮を食べ始めた。やがて現れたのは、樹液だった。
濃厚な粘性の樹液が、滴り落ちてくる。濃い麦茶の色をしているけど、薄暗い森の中でキラキラと光っていた。
カカオバチは樹液をせっせと集めている。牙の下に蜜袋という場所があって、牙と前肢を使って中に詰め込んでいるのだ。
その蜜袋が満杯になったのか、カカオバチはソーラーウッドから離れて行く。
「ルーシェル、逃げていきますよ」
「大丈夫」
僕は手をかざす。
【風印】
カカオバチに風が吹き込む。それはそよ風程度のものだったが、はっきりとそのお腹には、呪字が刻まれた。
「これであのカカオバチの位置をいつでも確認できるよ」
今の魔法は対象にマーキングする魔法だ。
マーキングした対象が死なない限り、追跡することができる。
これは山の中で覚えたんじゃなくて、屋敷にあった魔導書を読み解いて、会得した初歩の魔法だ。
こういう生活レベルの魔法は、山で習うのは難しい。僕が会得したものは、だいだい生物を傷付けるものが多かった。
魔物のほとんどが、相手を捕食するための能力をまず身に着けるからだ。
「すぐに追いかけないのですか?」
「うん。それよりも、リーリス。あの樹液を舐めてみたいと思わない?」
僕がソーラーウッドの樹液を指で掬い上げると、リーリスはごくりと喉を鳴らした。
そして、ふんふんと頷く。
僕が味見をしてみせる。万が一、リーリスに何かあったら悪いからね。
味を確かめ、【竜眼】でも確認し、安全が確保されたところでリーリスに勧めた。
リーリスは恐る恐る指を近づけ、樹液を掬い取る。
濃厚な樹液の塊が、リーリスの真っ白でちっちゃな指に絡み付いた。
口を開けて、一気に含む。
レディヴィア家にはいないけど、トリスタン家のマナーにうるさかった家庭教師が見たら、卒倒してたかもね。
「あまい!」
リーリスは幸せそうに頬を膨らませた。
自分の指を舐めると、もう1度樹液を掬う。僕の目があることも忘れて、夢中になってソーラーウッドの樹液をなめ取っていく。
「我も舐める」
そう言って、ユランは指ではなく、樹液を直接舐め始めた。
「あま~~~~~~~~~~~~~~~~~~い!」
森にこだまするほどの絶叫を上げた。
リーリスとともに、夢中になって樹液をなめる。
ペロペロと、まるでカブトムシみたいだ。
「ちょ! ユラン、さすがにそれはお行儀が悪いよ!」
叱るのだけど、火が付いたユランをもう止めることはできない。
「ユラン、ずるいです! わたくしも――」
わ、わたくしもって!
僕が呆然と眺めていると、リーリスまで直接樹液を舐め始めた。ガッとソーラーウッドに貼り付いて、ユランと一緒に懸命に樹液をなめる。
あわわわわ……。
ユランどころか、リーリスまで……。
確かにソーラーウッドの樹液は、病み付きになるぐらい美味しいけど、これはやばい。
絵面的に、クラヴィスさんに見せられないよ、こんなの。
「2人ともストップ! 舐めるのやめぇぇええええええ!!」
僕は叫びながら、2人をソーラーウッドから引き剥がす。
リチルさんが言ってたけど、女の子が甘いものに目がないというのは本当だったみたいだ。
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