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第68話 材料採りに

「ハンカチを持った? 水筒は満タン? 救急用の回復薬は持ったわよね?」


 心配そうに尋ねたのは、ソフィーニさんだった。


 側にはクラヴィスさんも付いている。周りにはフレッティをはじめ騎士団の人たちも揃っていた。さらには炊事場メンバーや、カンナさんまで揃っていた。


 時間はまだ早朝。空もまだ白々として明けきっていない。


 なのに、屋敷の入口にはレティヴィア家に関わる人たちが勢揃いしていた。


「大丈夫ですよ、ソフィ――――母上……」


 僕は言い換えた。


 このところ納涼祭に向けて、ソフィーニさんのことを「お母さん」と呼ぶようにしている。ただどうしてもそこまで砕けることができずに、今は「母上」止まりだ。


 トリスタン家にいた時もそう呼んでいたし、ちょっと難しいかもしれない。


 ちなみにクラヴィスさんのことも、「お父さん」と呼ぼうとしているのだけど、こっちも「父上」のままだ。


 納涼祭までに言えるようにしないと……。


 レティヴィア家の納涼祭には、たくさんの貴族の方たちが来る。その中で、僕のような住所不定の子どもを養子にしたことをよく思わない人間もいるそうだ。


 僕がクラヴィスさん、ソフィーニさんの子どもであることを示すためにも、「お父さん」「お母さん」と呼べるようにしないと……。


「すみません、ソフィ――じゃなかった、母上」


「いいのよ。そういうのは、ゆっくりやりましょう。焦ることはないわ」


「ソフィーニの言うとおりだぞ、ルーシェル君」


 クラヴィスさんは頷く。


「それよりも大丈夫? 1人で……」


「はい。もう300年も住んでいた山なので、問題ありません。それにユランもいますからね」


 僕が振り返ると、そこには銀色の鱗をしたホワイトドラゴンが座っている。


 朝早いだけあって、眠たそうだ。欠伸を隠さず、大きな口を開けていた。


「やはり私も同行した方がいいんじゃないか?」


「そんなに危険がある場所に行くつもりはないですが、森に慣れてない人には難しいかもしれません」


「しかし――――」


 フレッティさんは追いすがる。


 優しい騎士に向かって、僕はなるべく笑顔を作った。


「それに僕が何を作るか、まだみんなに知られたくないんですよ。だから、納涼祭までどんな食材を使うか、楽しみにしていて下さい」


「うーん……」


「フレッティ、もうその辺にしてやれ。……だが、ルーシェルよ。魔獣は大丈夫でも、人間は怖いぞ」


 恐らくクラヴィスさんが言っているのは、魔族側に寝返ったトリスタン家のことを言っているのだろう。


 今のところ、その痕跡は確認できないけど、確かに気を付けるべきはそこかもしれない。


「任せろ! 我もいる」


 ユランは翼を広げる。


 ようやく眠気が覚めてきたみたいだ。


 ユランの強さは、フレッティさんたちもよく知っている。それに加えて、僕もいるのだ。いくら魔族が強いといっても、逃げるぐらいはできるだろう。


「それよりもリーリスはどこへ行った?」


 クラヴィスさんが振り返る。


 僕とユランは思わず背筋を伸ばした。ちょっと顔に出たかもしれないけど、慌ててそっぽを向く。


「部屋にはいらっしゃらなかったのですが……」


「あの子、何をしているのかしら。ルーシェルが山に行くのよ……」


 母上は困惑しながら、頬に手を置いた。


「も、ももももしかしたら、昨日稽古で寝ているかも」


「そうだ。トイレへ行ったら、そのまま寝ちゃったかもしれないぞ」


 ユラン! リーリスはそんなお行儀の悪いことはしないよ。


 それをしていたのは、一昨日のユランだろう。


 声を上げてツッコミたかったけど、僕はぐっと堪える。


 これ以上、みんなと話していると襤褸が出そうだ。早く出発しないと……。


 すると、地平から太陽が現れ始めた。


 真っ白な輝きが、レティヴィア家の庭に差し込む。


「それでは、父上、母上……。行って参ります」


「うむ。吉報を待っておるぞ」


「気を付けてね」


 屋敷のみんなに手を振ると、僕はユランの背に乗る。


 大きく羽ばたくと、一気に上昇した。あっという間に、屋敷がミニチュアみたいになる。

それでもみんなが手を振っているのが見えた。


 僕は手を振り返す。ユランも1度旋回した後、北へと移動し始めた。


 少し肌寒い朝の空気を斬り裂く。空の移動は快適だ。ユランの背に乗るのは、何度かあるけど、自分で飛行魔法を唱えるよりも上空の空気が気持ちよく感じる。


 何より僕が飛行魔法で移動するよりも速いからね。


「ユラン、ちょっと速度を緩めて……」


「ん。わかった」


 ユランは速度を緩めると、僕は持ってきた魔法袋を取り出す。


 手を突っ込み、一気に引き揚げた。


 取りだしたのは道具でも、魔導具でもない。


 現れたのは、リーリスだった。


「ぷはっ!」


「しんどくなかった? 大丈夫?」


「はい。中に入った時は怖かったですけど、一瞬でしたから」


 リーリスはホッと息を吐く。


 その姿は寝間着姿ではなく、しっかりとした山用の装備になっていた。


「魔法袋の中身は、空間の広さも、時間も関係ないからね」


「えっと??」


「ああ。わからなくていいよ。僕もなんとなくわかってるだけだから」


 僕は手を振る。


 すると、ユランが飛びながら僕たちの方を向いた。


「でも、いいのか? リーリス、連れてきて。あとで怒られるぞ」


「それはそうなんだけど……」


 僕はリーリスを横目で見た。


 今から僕たちは僕が育った山へと向かう。


 目的は1つ。納涼祭の食材を取りにいくためだ。


 今の納涼祭について調べてみると、意外と僕ぐらいの貴族の子どもが多く参加することがわかった。


 納涼祭というのは、普通の社交の場ではなく、どっちかという家族ぐるみで付き合うことを重きを置いている。


 だから通常の社交界よりも、子どもの参加が多いのだ。クラヴィスさんが僕をお披露目するのに、納涼祭を選んだのはそういう理由もある。


 僕はそこで子ども向けの料理を作ることを提案し、クラヴィスさんとソンホーさんの監修の下でOKも出た。


 いざ食材を取りに行こうとした時、リーリスがこう言ったのだ。



 わたくしも連れてってほしい……。



 と――――。


 どうやら僕の育った山が、どんなところか見てみたいのだそうだ。


 もちろん、僕は最初断った。


 けれどリーリスの決意は固く、説得がめんどくさくなったユランまで仲間になって、僕を責め立てた。


 このままではユランと一緒に山まで付いてきそうだったので、屋敷のみんなには申し訳ないけど、こうしてリーリスを連れてきたのである。


 リーリスって、1度決めるとなかなか譲らない頑固なところがあるんだよね。


 その点においては、僕なんかより遥かに強いや。


「でも、すぐにばれるんじゃないのか?」


「一応、協力者がいるから。その人に頑張って誤魔化してもらうよ。てか、心配するぐらいなら、ユランもリーリスを連れていくのに賛同しないでよ。最初裏切ったくせに……」


「そうだっけ?」


 僕が頬を膨らませると、ユランは首を捻る。


 馬鹿にしてるわけではなくて、本当に記憶していないのだろう。もう……。覚えててよ。


 やれやれ、と辟易しつつ、装備を調えたリーリスに振り返った。


「リーリス、昨日も言ったけど……」


「はい。覚えてますよ。ルーシェルから離れない、森のものに無闇に触らない、何が起きてもとにかく慌てず、ルーシェルかユランの位置を確認する――ですね」


「うん。僕は300年あの山で育ったけど、それでもイレギュラーは起こるからね」


「わかってます」


 見ると、リーリスの手は震えていた。


 やはり怖いものは怖いのだろう。


 だけど、怖じ気づいたからって引き返すリーリスではないことは知っている。それにリーリスだって、物見遊山で行く訳じゃない。


 リーリスにはリーリスなりに、山に行く理由があるのだろう。


 僕は震えているリーリスの手を取った。


「心配しないで。リーリスのことは僕が守るから」


 僕は約束すると、透き通るような青い瞳と目が合った。


 その頬は赤くなっている。それを見て、僕の方まで緊張してしまった。


「我もいるぞ。心配するな、リーリス」


 ユランの声に僕たちは我に返る。


 僕は慌ててリーリスの手から手を離した。


「なんだ、お前ら? すごく顔が赤いぞ? 風邪か??」


「な、なんでもないよ。ね、ねぇ、リーリス」


「え? ええ……。なんでもないですよ、ユラン」


「そうか。……おっともうすぐ着くぞ」


 もう着いたのか。速いなあ。さすがはユランだ。


「それより何を取りに行くんだ、ルーシェル」


「ふふふ……。この時期といえば、あれしかないよ」


「ん?」


「なんですか、ルーシェル?」


 ユランとリーリスが揃って首を傾げる。


 僕は自信満々に答えた。


「甘い甘い……。カカオバチの……」



 巣だよ。


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