第67話 試験の理由
「よし! 決まりだな……」
ソンホーさんは玉葱茶が入ったティーカップを皿に戻した。
横のビディックさんもなんだか嬉しそうに微笑んでいる。
2人の様子を見て戸惑っていたのは、僕だけじゃない。査定をしたヤンソンさんも同様だった。
「何スか? 2人も気持ち悪いなあ」
ヤンソンさんは眉間に皺を寄せる。
「何が決まりなんですか?」
「実はね。この賄いは試験だったんだよ」
「試験?」
「まさか、もう厨房に入れるってことですか?」
ヤンソンさんは立ち上がる。
ソンホーさんは手を振って、「落ち着け」と言ってヤンソンさんを座らせた。
「近く大きなパーティーが屋敷で催されることになった」
「うん? 直近のパーティーっていったら、夏の納涼祭か? でも、まだ1ヶ月はありますよ」
納涼祭は僕がトリスタン家にいた頃にもあった貴族の祭りだ。
夏の盛りに行われ、みんな思い思いの恰好で市中を練り歩いた後に、氷塊をベッドにしたり、水にちなんだ料理を食べる。
簡単に言うと「暑い夏を吹き飛ばせ」という趣旨のお祭りで、豊穣祭や収穫祭などとは少し趣が異なる。
祭りというよりは、貴族が主催となって催すパーティーという趣向の方が強い。
「その納涼祭で、我が息子ルーシェルのお披露目を行うことにした」
厨房では滅多に聞かない人の声が聞こえた。
慌てて振り返ると、やはり屋敷の当主クラヴィスさんが炊事場の入口に立っていた。
「僕のお披露目?」
「ああ。自慢の息子ルーシェルをみんなに紹介するためにな」
僕は俯く。
「それは……僕が養子だからですか?」
僕とクラヴィスさんは血が繋がった家族ではない。だから、たくさんの人に認めてもらうために、お披露目会…………痛っ!
突然、頭にデコピンを食らう。
主犯はヤンソンさんだ。
「それは関係ねぇよ。養子だろうと、実の子どもだろうと。公爵家の子どもはみんなに顔見せするもんだ」
ヤンソンさんはぶっきらぼうに説明する。
「ヤンソン……。いくら炊事場の中とはいえ、坊ちゃんの頭を叩いたらダメだろ? 旦那様の前だぞ」
「やべっ! そうだった。す、すみません。つい……」
ヤンソンさんは慌てて立ち上がって謝るけど、クラヴィスさんは豪快に笑って、一笑に付した。
「ぐはははは……。よいよい。むしろ厳しく教えてくれているようで何よりだ。手を抜いてもらうよりはよっぽどいい」
それを聞いてヤンソンさんはホッと胸を撫で下ろす。
「それにヤンソンの言う通りだ。公爵家の子どもは他のものに示しをつけるため、皆にお披露目する習わしになっている」
「トリスタン家でもあった――――イテテ」
ビディックさんはヤンソンさんの頬をつねる。
「さすがに言い過ぎだ、ヤンソン。すまないねぇ、ルーシェル君」
「いえ。大丈夫です」
とは言ったけど、確かに僕の頃にもそういう風習はあったかもしれない。
けれど、僕にお披露目会がなかったのは、単純に紹介するまでもないと、父上が考えていたからだろう。
【剣聖】の子どもが病弱では、家の未来を不安視する人が出てくる。
だから、父上は僕のような半端者を皆の前で紹介しなかったのだ。
「ルーシェルよ。もしかしてお披露目会は初めてか?」
クラヴィスさんが確認する。
僕が頷くと、クラヴィスさんは口角を上げた。
「ならちょうど良い。300年前やらなかったことをするだけだ。何も問題なかろう」
「そうだ、坊主。何も気に病むことはなかろう。やったことがなかったから、やるだけだ。むしろ、そっちの方がわかりやすいわい」
「うん。なら、腕によりをかけて料理をしないとな。な! ヤンソン」
「うす! 頑張ります!」
「ソンホーさん、ビディックさん、ヤンソンさん……。ありがとうございます」
僕は頭を下げた。
やはり僕は果報者だ。
こんなに素晴らしい家族と仕事仲間に囲まれているのだから。
「よろしくお願いします」
「うむ。……さて、実はルーシェルよ。まだ話は終わっておらんのだ」
クラヴィスさんは顎を撫でると、ソンホーさんの方に顔を向けた。
「ソンホー。私の口から言っても構わぬか?」
「ええ……。こっちは問題なしです」
「うむ。ならば――――ごほん」
クラヴィスさんは少し勿体ぶった様子で、咳払いをする。
「ルーシェルよ。お披露目会では通例、子どもが何か得意な芸などを披露するのだが……。是非お前の魔獣料理を振る舞ってはくれないだろうか?」
「僕の魔獣料理を?」
そこで僕はハッとした。
振り返ると、ソンホーさんとビディックさんが頷いている。
ヤンソンさんもやっと意味がわかって、手を打った。
クラヴィスさんは説明を続ける。
「この話をソンホーに相談した時、こう言ったんだよ」
『じゃあ、試験をさせて下さい。その試験にヤンソンがOKサインを出したら合格とします』
「な、なんで俺?」
「お前が一番公平に判断できるからだ」
驚くヤンソンさんに、ソンホーさんは即答した。
そのぶっきらぼうな答えに、ビディックさんが補足を入れる。
「私と師匠じゃ、ルーシェル君は孫みたいなものだからね。どうしても温情が入ってしまう」
「その点、お前は違うだろ?」
「坊ちゃんにデコピンを入れられるぐらいだからね」
ビディックさんは声を出して笑うと、ヤンソンさんの顔は赤茄子みたいに赤くなってしまった。
「それなら、そうと最初から言って下さいよ」
最後はムスッと唇を尖らせる。
それを見て、ソンホーさんもクラヴィスさんも声を上げて笑った。
「それを言ったら、お前まで温情をかけちまうだろ?」
「賄い料理の修業だと言っておけば、余計なプレッシャーを生むことになる。お前、自分ではポーカーフェイスだと思ってるけど、意外と顔に出てるんだぞ、ヤンソン」
ビディックさんは「ししっ」と意地悪く笑った。
それを聞いたヤンソンさんは益々唇を尖らせる。
「ああ! くそ! 今度、同じことがあったら、絶対断りますからね」
ついにはそっぽを向いてしまった。
それを見て、僕まで釣られて笑う。
「いや、ヤンソンのおかげだ。お前のおかげで公正なジャッジができた。ルーシェルの父親として、礼を言うぞ」
「よ、よしてくださいよ、旦那様。ネタばらしされて、今身体の震えが止まらないんですから。これ以上は勘弁してください」
ヤンソンさんは自分の手を見せる。
本当に微妙に手が震えていた。
「さて、色々と言ったが、やることは2つだ。1つはルーシェルのお披露目会を、次の納涼祭の中に加えること。2つ目はその納涼祭の中で、ルーシェルは皆に一品だけ料理を振る舞うこと。 ……よいか?」
「はい。わかりました。ルーシェル・ハウ・トリスタン改め、ルーシェル・グラン・レティヴィア。必ず皆さんに『おいしい』と言っていただけるような料理を作ってみせます」
僕はクラヴィスさんの前で膝を突き、胸に手を当て誓約した。
クラヴィスさんは満足そうに微笑む。
「その意気だ。ルーシェルの料理、楽しみにしてるぞ」
「はい。お任せください」
こうして僕は自分のお披露目会で料理を出すことになった。
さ~~て、何にしよう。
納涼祭だし、やっぱり冷たいものがいいよなあ。
何人来るかもわからないお披露目会なのに、僕は料理のことばかり考えていた。
本日は拙作『「ククク……。奴は四天王の中でも最弱」と解雇された俺、なぜか勇者と聖女の師匠になる』のコミカライズ更新日となっております。
ニコニコ漫画で更新されておりますので、是非チェックをお願いします。
コミックス1巻は発売中。2巻も12月9日発売予定です。ご予約よろしくお願いします。
また17時より作画を担当していただいている芳橋アツシ先生のTwitterにて、
2巻の宣伝のために1話が無料公開されます。
Twitterのアカウントをお持ちの方は、宣伝にご協力いただきますと幸いです。
(詳しくは本日更新されたコミカライズのあらすじをご確認ください)
コミカライズの編集がバズりたいと駄々をこねてるので、
是非よろしくお願いしますw








