第63話 抜擢
作者は2回目の接種を無事終えることができました!
特に副反応もなく……。でも、若い人ほど出るらしいですね。
ということは…………。
「坊主……」
夕食が終わり、いつも通り炊事場で片付けを手伝っていると、ソンホーさんに話しかけられた。
夕食の後にソンホーさんが炊事場にいるのは珍しい。片付けは僕や、弟子であるビディックさん、ヤンソンさんに任せて、屋敷内にある自分の部屋で休んでしまうからだ。
その代わり、朝――というよりはまだ深夜といってもいい時間に起きてきて、その日から3日後の昼食と夕食を考えるのだという。
だから僕たちが炊事場に入る頃には、メニュー表が置かれていて、ビディックさんやヤンソンさんはそれを参考にしながら、御用商人たちに発注をかけたり、自分で市場まで買い付けにいって品定めをするのだ。
こんなことを言うと失礼だけど、年を取ると夜起きてるのが辛いんだよね。異様に早起きになるし。
僕も老人だったことがあるから、ソンホーさんの行動はよくわかる。
「坊主……。聞いておるのか?」
「え? あ、ごめんなさい」
「よそ事を考えておったな。……まあ、いいわい。それよりもだ、3日後の朝の賄いな。お前に任せる」
ソンホーさんは僕を指差した。
「僕が賄いを?」
むろん、賄いという言葉は知っている。
つまり賄い料理のことで、料理人が食べるご飯のことだ。
ソンホーさんたちは毎日朝昼晩と食べているけど、実は僕はまだ賄い料理を1度も口にしたことがない。
炊事場で手伝っているけど、朝食などはいつもクラヴィスさんたちと一緒に食べているからだ。
「いいんですか、ソンホーさん。まだ早いんじゃ」
横で話を聞いていたヤンソンさんが口を挟む。
そのヤンソンさんをたしなめたのが、ビディックさんだった。
「早いってことはないだろう。ルーシェル君がここで働くようになって1ヶ月近く。お前だって入って1ヶ月ぐらいで、あの甘ったるいゲテモノを作っていたじゃないか」
「あ、あれは! 塩だと思ったら、砂糖で――――あっ!」
ヤンソンさんは顔を真っ赤にしながら抗議する。思わず過去の失敗談を披露しそうになったが、途中でやめてしまった。
あるよね、塩と砂糖を間違えるの。
僕は苦笑する。
「というわけだ。どうだ?」
「やります! やらせて下さい!!」
僕は即答する。
ソンホーさんたちには1度僕の魔獣料理を食べてもらっているけど、他にもたくさんのレパートリーがある。
料理人としての評価を是非教えてほしい。
「うむ。では、あとはヤンソンに聞け。任せたぞ、ヤンソン」
「え? ……は、はい!」
ヤンソンさんは直立する。
すると、ソンホーさんはエプロンを着たまま自分の部屋に戻っていった。
着たままなのは、部屋に帰るまでがレティヴィア家の料理長であるという自覚から来るそうだ。
「俺、何も聞かされてないんですけど」
「今、賄いを作ってるのはお前だろ、ヤンソン。なら適役だ。それに教育係を任せたってことは、お前の料理も師匠が認めてるってことだよ」
「そんなもんすかね~」
ヤンソンさんは頭を掻きながらも、ちょっと嬉しそうだった。
あのソンホーさんに「頼む」なんて言われたら、僕でも頑張っちゃうからね。
ヤンソンさんの講義は次の日の朝食後から始まった。
元々ヴェンソンさんの歴史の授業があったけど、急遽キャンセルさせてもらい、僕は炊事場にやってくる。
ヤンソンさんは包丁を研ぎながら、僕を待っていた。
「遅れてすみません」
「ああ。別にいいって。ヴェンソンさんから聞いてるから。時間がないし。早速始めるぞ」
炊事場には僕とヤンソンさん以外いない。
ソンホーさんは、カンナさんと明後日の料理の打ち合わせ。ビディックさんは街の市場に自ら出向いて買い出しに行っている。
特にビディックさんは多忙で、料理を作る時以外、ほとんど炊事場にいない。
皿や食器の買い付けや、レティヴィア家が保有する農園の作物の生育具合の確認なども、ビディックさんが1人でやっている。
ソンホーさんは年齢が年齢だけに、外回りはビディックさんが担当してるから基本的に忙しいのだ。
僕は炊事場にいるだけだけど、ただ立っているだけでも色んな事がわかる。
1つ大きくわかったことは、料理人はただ料理を作っていればいいというわけじゃないってことだ。
食べている人を笑顔にするのに、様々な努力と工夫を払っていることを、僕はこの1ヶ月の間で学ぶことができた。
だけど、今回僕が任された賄い料理はちょっと違う。
「賄い料理と普通の料理の違いは、材料に制限があることだ」
「制限?」
「賄い料理ってのは、公爵家の屋敷の料理人から、下町の料理人までみんなが食うものだ。料理人は自分の腕を振るってなんぼだ。注文を貰えれば貰えるほど、売上が出る。だが、賄い料理は別だ」
「料理人が食べるから売上にならない」
「そうだ。しかも、使う材料も客が食ってるものと同じ物になる。――――ってことは必然どうなるかわかるか?」
僕は少し考えた後、答えた。
「材料費を抑える必要がある」
「ちょっと違う。賄いのための材料費なんてそもそもないんだよ」
「え? じゃあ、どうやって材料を揃えるんですか?」
いくら料理人の腕が良くても、材料がなくては意味がない。
僕ならちょっと走っていって、山から木の実や山菜などを採ってくることができるだろうけど、ヤンソンさんはそういう訳にはいかない。
「答えは簡単だ。昨日の残り物を使う。あとは調理で使わなかった野菜の切れ端や、余った卵ぐらいだな」
「それってつまり――――」
「そうだ。ルーシェルが得意な魔獣料理が使えないってことだな。……どうだ、やれそうか? ビビッたんなら」
「やります!」
魔獣を食材として使わない料理。
いいじゃないか。
望むところだ。
むしろそっちの方がいい。
僕が言うのもなんだけど、魔獣料理はどちらかと言えば邪道だ。
みんなが使わない食材を使って、驚かせている部分が多い。
皿洗いをしていてわかったけど、僕の料理人としての腕は、ヤンソンさんにすら及ばない。
僕には300年という長い間、研鑽する期間があったけど、料理の技術はほとんど我流だ。
対して、ヤンソンさんやソンホーさんの技術は脈々と受け継がれ、研鑽されてきた技術。
その年数は僕の300年より遥かに長い。
多分、今回の賄い料理は僕の純粋な調理技術が試される。
審査される怖さもあるけど、どちらかと言えば……。
楽しい!!
「はは……。こいつ、目が輝いてやがる」
「はい! ワクワクします!」
「ふん! まあ……頑張れ」
ヤンソンさんは僕の背中を優しく叩いて激励した。








