第60話 驚きの白さ
僕はカンナさんに案内され、屋敷の洗濯場に向かう。
洗濯場といっても、そこは屋敷の外にある井戸場の近くだった。手押しポンプ式の井戸からジャブジャブ水を出しながら、女給たちが足で洗ったり、もみ洗いをしたりしながら服や鎧を洗っている。
側には山と積まれた服と鎧が置かれていて、順番を待っているが、作業は一向に進んでいないみたいだ。
竿にかかっていたのは、服と鎧を含めても、7着。
カンナさん曰く、今日の早朝から始めてるみたいだけど、それで7着というのはかなり効率が悪い方らしい。
カンナさんが怒るのも無理もないだろう。
それにしても、こんなことを言うと失礼だけど年配の女給の人が多いなあ。若い人は1人もいない。
屋敷にはカンナさんみたいな若い女給さんも多いのに。
「コリンヌさん、進捗はどうですか?」
カンナさんが声をかけたのは、洗濯をしている女給の中でも、大柄な女の人だった。
「カンナかい? 見ての通りさ。全然さね」
カンナさんの方を見ずに作業をしながら、大きな声を上げる。多分怒っているわけではなくて、これが地声なのだろう。
「全く……。騎士団も厄介なものを持ち込んでくれたもんだよ。洗う人間の気持ちぐらい考えてくれってもんさ。なあ、カン――――」
そこでコリンヌさんは口を開けたまま固まった。
視線が合う。僕は苦笑で返すのが精一杯だった。
「ぼ、坊ちゃん!!」
気付いたのはコリンヌさんだけじゃない。他の女給の人たちも、作業を止めてピンと背筋を伸ばした。
「す、すみません、坊ちゃん……。別にその坊ちゃんを悪く言ってるわけじゃなくて」
「いえ。皆さんにご迷惑をおかけしているのは事実ですから」
「迷惑なんて……。ちょ、ちょちょ! カンナ! あんた、さっき飛び出していって。坊ちゃんになんていったんだい?」
「はっきりと言いましたよ。スライムのおかげで作業が進まなくて困ってるって」
「ああ! もう! この子は……。坊ちゃんはクラヴィス様の大事なお子様なんだ。もうちょっと丁重に――」
「コリンヌさんだって怒ってたじゃないですか?」
カンナさんが指摘すると、コリンヌさんはブルドッグみたいに頬を揺らして首を振った。
「と、とんでもない! (ちょっと! カンナ、なんてこと言うんだい)」
コリンヌさんが声を潜めるけど、元々地声が大きいから、丸聞こえだ。
「別に気にしてませんよ、コリンヌさん。女給の方々にご迷惑をおかけしてるのは事実なので」
「それでルーシェル坊ちゃま。こちらには何を?」
この辺りは裏方の人間が出入りする場所だ。
僕のようなレティヴィア家の親族でもあまり寄りつかないらしい。
それでもクラヴィスさんやソフィーニさんはたまにやって来て働いてるコリンヌさんを労いに来るそうだけど……。
僕のような子どもがやって来るのは、かなり珍しいそうだ。
「スライムの頑固な汚れに、ルーシェル様なりの解決方法があるそうです」
「この汚れを取る方法があるんですか?」
コリンヌさん以下、年配の女給たちはやや前のめりになりながら尋ねた。
まさに喉から手が出るほど欲しかったものなのだろう。
「はい。任せてください」
まず用意したのは盥いっぱいのぬるま湯だ。
そこに――――。
「ルーシェル様、これは?」
「アシッドスライムだよ」
「アシッド――――」
カンナさんは息を飲む。
そう。炊事場で皿を洗う時に使っていたアシッドスライムだ。
これをぬるま湯の中に入れて希釈する。
「これでよし」
「え? それだけ?」
コリンヌさんは目を点にした。
「大丈夫です。これだけで汚れは落ちますから」
早速、スライムでベトベトになった衣服を1着借りて、先ほどのぬるま湯の中に浸け置く。
「これでしばらく放置していれば、勝手にスライムの汚れが消えますよ」
「放置しておくだけでいいのかい?」
「そんなうまい話が……」
コリンヌさんも、カンナさんも信じられない様子だ。
だが、その疑念は10分後に晴れてしまった。
「そろそろかな?」
僕はアシッドスライムを希釈したぬるま湯の中から、先ほどの服を取り出す。
「「――――ッ!!」」
カンナさんや、女給の人たちは息を飲んだ。
コリンヌさんが僕から服を奪う。
太陽に向かって服を掲げ、汚れがないか目を皿にして探す。
しかし、服は真っ白で、気持ちのいい微風に揺られていた。
コリンヌさんの目がキラキラと光り始める。
「驚きの白さだわ!!」
屋敷に轟くような大きな声を上げる。
「すごい! スライムどころか、頑固な脂や古い血の痕なんかも消えてる……」
カンナさんは1度眼鏡をよく拭いた後かけ直した上で、目を瞠った。
「新品同然だよ。すごいね。まさに魔法だ」
「浸け置くだけというのも、簡単でいいですね」
「ああ。それでも落ちない場合は、軽くもみ洗いすると取れると思います。浸け置く時間がない場合も1度お湯に浸けてもみ洗いすればうまくいきますよ」
僕はもう1着の服を、盥の中でジャブジャブと洗って実演して見せる。
予告通り、簡単に汚れもスライムもとれてしまった。
「まるで狐にばかされた気分だよ」
コリンヌさんは首を振る。
「しかし、鎧はどうしますか? 革製のものも一部ありますが、ほとんどが金属製ですよ」
確かに鉄などの金属製のものは、錆びてしまうかもしれない。
だけど、そういう時にいいものがあるのだ。
僕は先ほど取り出したアシッドスライムが入った瓶とは別に、同じ大きさの瓶を取り出す。
アシッドスライムが赤紫だったのに対して、こっちは水色だ。細かい気泡も混じっている。
「なんだい、そりゃ? なんだが麦酒みたいな気泡が混じってるけど」
「こっちはソーダスライムっていう、スライムの一種です」
アシッドスライムに対をなすスライムで、こちらも物を溶かす性質を持つ。
ただ両者が違うのは、アシッドスライムが酸性に対して、ソーダスライムは強い塩基性を持つということだ。
「え、塩基……性……。すまないねぇ。学のないあたしにはさっぱり」
コリンヌさんは首を捻る。
「要は酸性のものを中和する性質を持っているということです。火に水をかけると、火も水も消えてなくなるでしょ。あれと似たようなものです」
カンナさんはざっくり説明する。
「難しい話は後にして、まずは2つを合成してみましょうか?」
「え? そんなことをしたら、2つとも消えてしまうんじゃないのかい?」
「大丈夫ですよ」
僕はニコリと笑って、2つの瓶を目の前に置く。
手を掲げて、集中した。
【合成】
ふわりと2つの瓶から魔力の光が浮き上がるのだった。
本日ですが、拙作『魔物を狩るなと言われた最強ハンター、料理ギルドに転職する~好待遇な上においしいものまで食べれて幸せです~』がニコニコ漫画で更新されました。
こちらも是非よんでいただければ幸いです。よろしくお願いします!








