第59話 婦長のカンナさん
ロリキャラじゃないよ!
「ルーシェル様! ちょっとご相談がございます」
僕の前に立ちはだかったのは、1人の女給仕さんだった。
この辺りでは珍しい深い黒の髪に、対照的な白い肌。
背は平均的だけど僕より高く、鋭角に尖った眼鏡とともに、鋭い眼差しで僕を見下ろしている。
騎士や魔獣と向かい合う時とは、別種の恐ろしさがあって、僕は思わず後ずさりしてしまった。
「えっと……」
誰だっけ? 挨拶は1度したことあるような……。
てか、なんか怖い。僕、何かしたっけ?
特にこのところ悪戯のようなものはしていないはず。そもそも屋敷に来てから、人を困らせるようなことはしたことがないはずだ。
目の前の女給仕さんの名前と一緒に考えていると、向こうから口を開いた。
「婦長のカンナ・ハドロフです」
への字に結んでいた口を開くと、ややこめかみの辺りをピクピクとさせながらカンナさんは言った。
そうだ。婦長のカンナさんだ。
僕は思わず心の中で手を叩いた。
屋敷の中の人はたいてい僕に優しい。
すれ違っても、クラヴィスさんが山から連れてきたという養子の僕に対して、嫌な顔1つしない。
それもまた給料のうちなのかもしれないけど、何よりもクラヴィスさんに対する忠誠と信頼を感じる。
しかし、それは僕に対する信頼じゃない。あくまでクラヴィスさんに対する信頼だ。
だから家臣の中には、僕のことを不信に思ったり、陰口を叩く人がいることも知っている。
カンナさんがその1人かどうかは知らないけど……。
「僕に何か用かな?」
「先日の訓練のことですが……」
「ああ。スライムの未晶化の」
「そう――――それです! あの訓練のおかげで困っていまして。発起人はルーシェル様と伺いました」
凄く怒ってるけど、言葉は一応丁寧だ。
むしろ言葉と表情が全く合ってなかった。
「発起人とは違いますけど、僕が主導して講義を行ってました」
「なんてことしてくれたんですか!」
ずいっとカンナさんが僕の顔に近づける。
僕のアングルだと、その……カンナさんの大きな胸が揺れるのが見えた。
話に関係ないけど、なんでこの屋敷の人たちって、その――育ちがいいというか、魅力的な女の人が多いんだろう。
クラヴィスさんの趣味? いやいやいやいや……。
「ルーシェル様、聞いてますか? 私――――」
スパンッ!
直後気持ちのいい音が、陽光が降り注ぐレティヴィア家の廊下に響き渡った。
カンナさんはつんのめる。
「痛~~!」
ちょっと涙目を浮かべながら、振り返ると鬼の形相のリチルさんが立っていた。
こんなに怒りを露わにしているリチルさんは初めてだ。僕はまた1歩後退る。
「ちょっと! リチル! 何するのよ!!」
「あなたこそ何をやってるのよ、カンナ。ルーシェル君は、ご当主様の息子なのよ」
「別にいいでしょ! クラヴィス様からも一切の手加減無用。悪さをすれば叱り、善行を積めば褒めてあげてほしいって」
「それでも詰問するのはダメでしょ。ただでさえ、あなたの言い方には棘があるんだから」
「うっ!」
指摘されて、カンナさんは少し冷静になれたようだ。
「申し訳ありませんでした」
カンナさんは頭を下げる。
僕は慌てて首を振った。
「いえ。別に気にしてませんから。僕もその邪な――――」
「よこしま?」
「ああ! いや、何でもないです。とりあえず何か僕に言いたいことがあったんですよね」
僕は咳払いをして誤魔化すと、カンナさんは説明した。
カンナさんはレティヴィア家の屋敷にいる女給さんたちを取りまとめている。女給の主な仕事は、料理の配膳から屋敷の掃除、洗濯など多岐に渡り、カンナさんはその仕事の管理を行っているそうだ。
問題が起こっているのは、洗濯なのだという。
「訓練など汚れた服や鎧などを洗うのも私たちの役目なのですが、今回その……未晶化というのですか? スライムがあちこちに貼り付いていまして」
「「あっ――――」」
僕とリチルさんは声を揃える。
普通、スライムは一定のダメージを与えると、魔晶化して最後に消えてなくなってしまう。
だからこれまで魔獣だったものが付着したことはなかったのだろう。
けれど、僕は未晶化を教えたから……。
「ごめんなさい」
僕はすぐに謝った。
こういう事態になることは、少し考えればわかったことだ。
なのに、僕は得意げになって……。
「別にルーシェル君が悪いってわけじゃないのよ。そうでしょ、カンナ?」
「え? あ、ま、まあ……そうです。訓練の後の衣服に汚れは付きものですし。私こそすみません。あまりに仕事が進まないので、そのイライラしていたというか……」
カンナさんも頭を下げた。
白い頬が少し赤らんでる。
僕とカンナさんはお見合いする人同士みたいに頭を下げ続ける。
それを見ていたリチルさんは、ふっと息を吐いた。
「2人とも頭を下げるのはそれぐらいにして、今はそのスライムを除去するのが先決でしょ?」
スライムは元からネバネバしてるから、鎧のような滑らかな表面でもこびり付いて離れない。
繊維のあるものなら尚更、除去は難しいだろう。
「針金のブラシで擦ってみたら?」
「それでは鎧や武具に傷がついてしまいます。騎士団が着る鎧が傷だらけでは、レティヴィア家引いてはクラヴィス様が笑われてしまいますよ」
「衣服なんかに使ったら、破いてしまいそうだしね」
「あの……」
手を上げたのは、僕だった。
「1つ方法があります」
「方法?」
「はい。衣服や鎧についたスライムを簡単に取る方法があります。困らせているお詫びに、僕に任せてくれませんか」
僕は願い出るのだった。
拙作『ゼロスキルの料理番』がニコニコ漫画の方でも、
不定期ながらアップされております。昨日、ちょうど更新されましたので、
気になる方は是非読んでください。
タイトルに関して、ご意見をいただきありがとうございます。
参考にさせていただきます!








