第5話 タンステーキ(後編)
手が滑って、一気に「後編」まで投稿してしまったけど後悔はない!
タンをよく洗ってから、皮を剥ぐ。
宣言通りタン元のところを大胆に厚くカットした。
そのままの状態だとグロテスクで食べ物にすら見えないのだけど、真っ黒な皮を剥ぎ、縦にナイフを入れてみると、ほのかに桃色をした身の部分が現れる。
ここまで来ると、牛の舌とあまり変わらない。その美しさにトロルであることを忘れるぐらい見惚れてしまう。
ずっと見ているわけにはいかないので、調理を続けた。
少々塩をまぶして馴染ませた後、自分で作った鉄のフライパンでじっくりと焼き始める。
「いい匂いだ……」
肉の焼ける香ばしい匂いが、直接お腹をノックする。
久々のご馳走なので、自然と涎が溢れてきた。
忍耐、と心に念じつつ、時間をかけて肉の表面を焼いていく。
魔獣の肉で失敗しないのは、結局のところよく火を通すことだ。
焦ると、1週間水しか飲めないようになってしまう。あの時は困ったものだ。
お手製のフライパンに余熱を入れて、あくまでじっくりと火を通していく。
皿に載せたら完成と宣言したいところだけど、まだ我慢。
熱々もおいしいけど、ちょっと待ってからの方が通好みである。
頃合いが来たら、ナイフで食べやすい大きさに切っていく。
元がトロルとは思えないぐらい綺麗にナイフが通る。
そして現れたのは、淡い桃色の身だ。
言うまでもなくおいしそうだった。
「いただきます」
まず何も付けないで食べてみる。
早速、手製のフォークを刺して、口の中に入れた。
「うま~~~~~~い!!」
肉、柔らか!
噛んだ瞬間、ホロッと消えてしまうような肉を食べたのは、トリスタン家にいた時以来だ。
タンなのに、極上のサーロインステーキを想起させる。
我ながら、うまく焼けたな。
熱の通り具合が完璧だ。
外側が香ばしく、ちょっとカリッとなっている所がいい。
口に噛んだ瞬間、肉の旨みが溶け出し広がっていく。感動的なおいしさだ。
今度は岩塩を付けてみる。
こっちもうまい。
岩塩のストレートなしょっぱさが、ピリッと舌を刺激する。
肉の旨みともあっていた。
俺は嗜まないけど、果実酒がちょっと欲しくなる。
今度、作ってみようかな。
誰に? 誰と食べる?? 君は1人でずっとこれからも食べて行くの?
「??」
えっと……。
今のはなんだろうか。
独り言? でも、僕は何も喋っていない。
無意識に何か口にするぐらい、このお肉に夢中になっていた。そういうことだろうか?
結局は僕はいつも通り全部お腹に収めてしまった。
さすがは食べ盛りだけあって、腹八分目といったところだ。
満足そうにごろりと転がる。
いつの間にかトロルが魔石化していた。仮死状態が長く続くと、魔力供給が緩やかになり、最後は止まってしまうようだ。
それよりも問題は集まってきた魔獣や野生の獣たちだろう。
おいしそうな匂いに釣られてきたのか、みんな殺気立っていた。
「ご飯を食べたばかりなんだけどなあ」
やれやれ、と俺は頭を掻く。その手を下ろして、鋼の剣を握った。
食後の運動にしては激しすぎるきらいもあるけど、仕方ない。やるか。
その時だった。
【軍進凱歌】
この感覚は魔法を覚えた時と同じだ。
どうやらトロルを食べたことによって、新しい【スキル】を得ることに成功したらしい。
頭の中に浮かんだ文字を唱えると、【スキル】が発動する仕組みだ。
【軍進凱歌】か。ちょっとやってみようかな。
俺は大きく息を吸い込んだ。
【軍進凱歌】!
叫んだ瞬間、その声は遠吠えのように山に響き渡る。ビリビリと空気が揺れ、衝撃で木々が揺れた。
集まってきた魔獣や野生動物が逃げていく。残った魔獣もいたけど、その場から動こうとはしなかった。
それよりも俺の方にも変化が起きていた。
「身体が熱い……。力が漲る……」
身体の中から湧き水のように力が溢れ出てくる。ふっと力を入れて飛び上がるだけで、雲の高さまで飛べそうな感覚に襲われた。
急速に熱を消耗し、皮膚から微かに白い湯気のようなものが見える。それが徐々に冷めていく。熱々のタンのようだ。
「これが【軍進凱歌】の力……」
おそらく一時的に力を飛躍させる魔法なのだろう。
トロルのランクは“C”。
まだまだ俺の力は、ランクCの魔獣を倒すのにやっとということだ。
父上なら目を瞑ってでも倒せる相手に、俺は10年もかかってしまった。
やはり父上のいうとおり、俺は欠陥品なのかもしれない。
元々『剣聖』にふさわしくなかったのだ。
だけど、俺には俺の道がある。
たとえ『剣聖』という高みに到達しなくても、それに近いぐらいの人間になってみせる。
【軍進凱歌】はそのための力だ。
ふと顔を上げると、空に大きな翼を広げて飛行する魔獣の姿があった。
竜だ。
大きい。ドラゴングランド? 竜の中で最強種に近いサイズがある。
それが西から東へと、悠然と翼を広げて飛んでいた。
竜にとって、トロルを倒した俺程度など、蟻ぐらいにしか見えていないのだろう。
「決めた」
剣を掲げ、俺は宣誓した。
「俺はドラゴンを倒す」
そして、食べてみせる。
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