第58話 ガラガラワニの水餃子
訓練は三日の昼まで続いた。
結果的に騎士団の3分の1が、スライムの未晶化に成功した。
初日に習得したのはリーリスとカリムさん。そして騎士団の中で最初に会得したのは、なんとリチルさんだった。
僕からのアドバイスが功を奏したらしい。
こう言ったんだ。
「回復魔法をスライムにかけながら行うと成功率が高くなりますよ」
要はスライムを癒やしながら、その一部を抜くという技だ。そうすることによって、魔晶化する前にスライムの一部を抜くことができる。
魔法を使える人のお手軽なやり方だ。
結果、リチルさんが3番目に早い未晶化を体得した。
初日はその3人だけ。
だけど、2日目になるとみんな、自分なりのコツを考えるようになったらしい。
わっと人が増えた。
僕がよく知る人で未晶化に成功したのはミルディさんと、ガーナーさんだ。
ミルディさんは自分の爪を使って、ガーナーさんはナイフを使ってコツコツとダメージを与えて、未晶化に成功したらしい。
その時点で騎士団の3分の1近くが未晶化に成功し、クラヴィスさんも――――。
「ひとまずよかろう」
満足げに髭を撫でて笑っていた。
ただ騎士団の中でどうしても、訓練を続けたいと申し出る人が現れた。
フレッティさんだ。
3日目の朝に出発し、帰途につく予定が昼になったのはそのためだ。
しかし、甲斐あってフレッティさんも未晶化を習得した。
「おおおおおおおおおお!!」
成し遂げたフレッティさんが手を掲げて、喜んでいるのを見て僕も嬉しくなってしまった。
訓練の間、炊事は僕が担当した。
1日目の夕飯だけ紹介しておくと、湿地帯に棲んでいたガラガラワニを使った。
ガラガラワニは、鰐肉と同じく淡白でヘルシー。食感は鶏肉に近いけど部位によっては豚肉のようなボリュームを感じるところもある。
ステーキにしてもよし、衣を付けて唐揚げにするのもよし。色んな料理に使える万能食材だ。
僕はそれをミンチにし、刻んだ白菜、茸に数種類の薬味を入れて、混ぜ込み、餡を作る。
小麦粉、塩、水だけで作った生地を伸ばして、先ほどの作った餡を包んでいった。
さすがに僕1人だけでは騎士団のみんなの量を作れないので、騎士の人たちにも手伝ってもらった。
リーリスにも手伝ってもらって、ひとまず準備完了。
そこで僕は秘密兵器を投入した。
あらかじめ沸騰させていた大鍋の蓋を開ける。
お腹を直接刺激するような濃厚な香りに吊られて、人が集まってきた。
覗き込んだ人たちは、一様に驚いていた。
「ルーシェル君、これは?」
「ガラガラワニの骨です。つまり鰐ガラですね」
「鰐ガラ!!」
湯気とともに現れたのは、ガラガラワニのガラ だ。
ガラガラワニはお肉もおいしいけど、なんと言ってもこのガラがおいしい。
風味が少しワイルドだけど、豚のように濃厚でありながら、鶏のように後味がすっきりしているのが大きな特徴だ。
濃厚なスープにもなるし、さっぱりとした出汁にもなる。
お肉と同じく万能食材なのだ。
「それは夢のような食材だな」
クラヴィスさんは感心するけど、横のカリムさんは苦笑を浮かべた。
「父上、ガラガラワニはスライムと違って強敵です。ルーシェル君みたいに、素手でノックアウトできる人材なんてそうそういませんよ」
「むっ! 確かに! つまりそのガラガラワニを食える私は、果報者ということだな」
クラヴィスさんは満足そうに笑う。
その声を聞きながら、調理を続けた。
ガラガラワニから取った出汁をベースに、昔使った乾燥野菜の元を加え、魚醤と塩だけで味を整えていく。
そこに先ほどの餡を包んだ皮を投入していき、湯立ち、皮が浮き上がってきたら完成だ。
「お待たせしました。ガラガラワニの水餃子の出来上がりです」
おお!
騎士団の人たちも含めて、みんながどよめく。
「いい匂い!」
漂ってきた芳しい香りに、ミルディさんは酔いしれた。
「では、早速いただこうかな」
最初に口を付けたのは、クラヴィスさんだ。
本来公爵ともなれば、毒味を必要とするのだけど、全く構うことなくスプーンを入れる。
よほどお腹が空いていたのだろう。
「熱いから気を付けてくださいね」
「うむ。では――――」
クラヴィスさんはよく冷ましてから、慎重に口の中に入れた。
「うまい!!」
直後、唸りを上げる。
「鰐肉とは思えぬジューシーなミンチ肉。加えて、白菜のシャキシャキ感がたまらん!」
クラヴィスさんの反応を見て、カリムさんとリーリスも口を付ける。
「うん。おいしい。父上の言う通り、ミンチ肉のボリューム感と、白菜の食感がよくあってる」
「はい。でも、このピリッとした味はなんでしょうか? 香辛料は入っていなかったようですが」
「リーリス、よく気付いたね。僕も気になったところだ」
リーリスの言葉に、カリムさんも頷く。
その反応に満足しながら、僕は笑顔で答えた。
「ガラガラワニのちょっとワイルドな風味を少し抜くため、生姜を使ってます。だからちょっとピリッとするかと」
「うむ。ルーシェル君の言うとおりだ。鰐肉のクセのある匂いや風味を感じさせない。しかし、何より――」
「ですね、父上。この水餃子の肝はそこではない」
「はい。このお料理はやはり――――」
スープ!
「最初の強いインパクトのある濃厚な味が来たと思ったら……」
「後味がとても清らかで奥深い……」
「旨みたっぷりという感じで、思わず頬が緩んでしまいますぅ」
最後にリーリスがうっとりとスープを眺め、レティヴィア家の親子は吐息を漏らした。
「気に入っていただけて何よりです」
「ご当主様、早く食べたいです」
当主が食べ終わるのを待っていたミルディが手を上げる。
騎士団の人たちもそわそわしていた。
唇をむずむずさせて、自分たちの番を待っている。
普段物静かなガーナーさんの唇からも、少し涎が垂れていた。
「何をしておる、お前たち!」
突然、クラヴィスさんは騎士団を叱り付けた。
一瞬、ピンと空気が張り詰めるが、それを見てクラヴィスさんは悪戯に成功した子どものように笑った。
「早く食べねば、冷めてしまうぞ」
事実上の解禁宣言に、騎士たちは色めき立つ。フレッティさんの許可もおりたことで、それぞれ英気を養った。
「ありがとう、ルーシェル君。疲れていないかい?」
フレッティさんは、小さな僕の身体を気遣ってくれた。
「いえ。皆さんにも手伝ってもらったので、大丈夫です。それにガラガラワニは身体の体力を向上させる効能もあります。一晩ぐっすり寝れば、明日には疲れは吹き飛んでますよ」
「そこまで考えてくれたのか。ありがとう、ルーシェル君」
フレッティさんは目を細めた。
こうして騎士団の訓練は終わったのだけど、屋敷に帰ったら大問題が待ち受けていたのだ。
◆◇◆◇◆
2日半の訓練が終わり、僕たちは屋敷に帰ってきたんだけど……。
「ルーシェル様!」
廊下で仁王立ちになって、僕の進路を塞いだのは、1人の女給仕さんだ。
「ちょっとご相談があります!」
鋭い眼差しに、鋭い角度がついた眼鏡を光らせ、その女給仕さんは僕に迫ってきたのだった。
タイトルがコロコロ変わってすみません。
書籍化に向けて、ある程度長文タイトルを圧縮しないと背表紙に入らないという問題が、
度々出てくるので、色々と試している最中なので許して!
明日『魔物を狩るなと言われた最強ハンター、料理ギルドに転職する』も更新予定です。
そちらも是非!
10月7日発売の『「ククク……。奴は四天王の中でも最弱」と解雇された俺、なぜか勇者と聖女の師匠になる』のコミックスもよろしくお願いします。








