第57話 未晶化訓練
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「よし! 早速!!」
フレッティさんがフレイムタンを鞘から抜く。
僕は慌てて止めた。
「待って下さい、フレッティさん。フレイムタンなんか使ったら、スライムが過剰ダメージを受けて、塵すら残らなくなりますよ」
「た、確かに……」
スライムは言わずもがな雑魚魔獣だ。
ちょっとした衝撃で死んでしまう可能性がある。
フレイムタンなんて使ったら、先っちょが触れただけで死んでしまう。
「スライムの未晶化の肝は、魔獣の致死ダメージ量を見極めることです」
「ダメージ量……ですか。それは【鑑定】などで確認可能なのですか?」
カリムさんの質問に、僕は首を振った。
「難しいと思います。僕の【竜眼】でも……。だから、感覚で覚えてもらうしかありません」
「ふむ……。なかなか手強いですね。スライムなのに」
「私は気に入りましたよ、カリム様。感覚で覚えるのは大歓迎です」
フレッティさんは鼻息を荒くする。
タイプが違うカリムさんはやれやれと首を振った。
僕はアドバイスを続ける。
「まずは武器のレベルを落とすのがいいと思います。力に自信がある人は素手から始めてもいいかもしれません。触るのが苦手な人は、ナイフからでいかがでしょう?」
スライムを未晶化する特訓が開始された。
あちこちから騎士たちのかけ声が聞こえてくる。
その度にスライムが魔晶化して、消えてしまう。
「みなさん、苦戦されてますね」
リーリスは訓練の様子を見つめて言った。
「ルーシェルはどうやって?」
「スライムはたまたまかな? 子どもだったし、無我夢中だったから。でも、1度やったら不思議と出来ちゃうんだよね」
「子どもの時に? わたくしもやってみようかな」
リーリスは目の前のスライムと対峙する。
両者はじっと睨み合った。
リーリスvsスライム。
勝者は誰に……。
「だめ~! 1度愛着を持ったら、愛らしくなっちゃって倒せません」
リーリスはぶんぶんと両手を振って、負けを認めた。
勝者スライムだ。
「騎士団のみなさんや、ルーシェルはよく倒せますね」
「僕の場合、スライムは自分の薬の材料だったからね」
「あっ!」
リーリスは反射的に口元を隠した。
僕に向かって、頭を下げる。
「ごめんなさい。ルーシェルにとって、スライムは生きる術だったのに……。わたくしったら、自分ができないばっかりに」
「全然気にしてないから顔を上げて、リーリス」
「いえ。わたくしも心を鬼にしてスライムを倒します」
「倒しちゃダメなんだけどね……」
「何かコツとかありますか?」
「そうだな。僕が初めて成功した時、スライムの中に手を入れて、こう――抉るように外殻をそぎ落としたんだけど」
「なるほど。もう1度やってみます」
リーリスとスライムの再戦が始まる。
リーリスは小さな喉を鳴らす。ギュッと覚悟を決めたように唇を結ぶと、そろそろとスライムに向かって手を伸ばした。
冷たい外殻に触れると、小さく悲鳴を上げたけど、そのまま中へと手を入れていった。
「いい感じだよ。優しくね」
「はい。優しく」
「スライムを倒すわけじゃないからね。そこにある外殻をもぎ取ることだけを意識して」
「もぎ取る……」
リーリスは木の実をねじ切るように手首を回転させる。
指を折り曲げると、外殻を掻くようにゆっくりと手を引いた。
リーリスの手が外殻の中で蠢く度にスライムが反応したが、魔晶化することはない。
「これは――――」
僕は息を飲みながら、リーリスの手を見つめていた。
ついにリーリスの手が外殻から抜かれる。
「ふぅ……」
リーリスは息を吐いた。
小さな手の平を見つめる。そこにはスライムの外殻の一部――あのネバネバしたものが握られていた。
僕はもう1度スライムを見つめる。外殻の一部がこそぎ落とされたにもかかわらず、変わらず動いていた。
ただ先ほど保っていた形が、潰れたパンみたいにひしゃげている。
「魔晶化してない」
「じゃあ――――」
「うん。成功だよ、リーリス」
「やった!!」
リーリスは嬉しさの余り持っていたスライムまで離して、手を上げる。
「あっ」と気付いて、動作をやめたけど、すでに後の祭りだ。
スライムの一部はリーリスの頭に降り注ぐ。ベトベトした外殻が、小さな身体に貼り付いてしまった。
「はうぅ……。ベトベトですぅ」
リーリスは困った表情を僕に向けた。
鼻先や金髪、胸元にまでスライムの一部がかかっている。
僕は顔を赤くし、固まった。
リーリスの姿が、その…………ちょっとエッチだ……はっ!
「わわわわわ……。リーリス!」
僕は慌てて道具袋から布を取り出す。スライムを拭おうとした。
だが、飛び散ったスライムはリーリスにかかっただけじゃない。
地面に貼り付いていた。
「きゃっ!」
「わわ!!」
僕は足を取られると、そのままリーリスに向かって倒れる。
「リーリス様が成功したって?」
「すごーい!」
「やるではないか、リーリス」
「やったね、リーリス。兄として鼻が高いよ」
「おめでとうございます、リーリス様」
そこにみんなが噂を聞きつけてやってくる。
だが、その時みんなの目に、僕とリーリスの姿に映っただろうか。
懸命に少女についたスライムを拭おうとした少年の姿として捉えてくれただろうか。
それともスライムまみれになった少女を――――いや、もう何も言うまい。
「おやまあ……」
「ちょ!! リーリス様、ルーシェル君」
「ほう。奥手と思っておったが、なかなか」
「しかも、随分とマニアックな――」
「カリム様、どこを感心してるんですか!」
みんなの反応はそれそれだけど、1つ合致してるのは、何故かみんなが満更でもないと言う顔をしていることだ。
いや、ここは怒るところでしょ。
「こ、これは誤解――――」
「うんうん……」
「役得ですね、ルーシェル君」
「まあ、私も5歳の時は母さんのスカートを」
「儀式みたいなものさ」
「儀式ってなんですか、カリム様」
だから、なんでみんな怒らないんですか!
もしかして300年から倫理観が変わったとか?
そんなことがあるのかなあ。
「あ、あのルーシェル? そろそろどいていただけませんか」
僕はそこでやっと下になっているリーリスのことに気付く。
さらに言うと、僕の手はリーリスの胸に置かれていた。
「ご、ごめん、リーリス!」
「大丈夫です。事故なのはわかってますから……」
「で、でででででも、僕はそのリ、リーリスのむむむむ、胸を――」
「胸? 別に気にしてませんよ。それにルーシェルとわたくしは兄妹でしょ?」
リーリスはいつも通りに花のように笑う。
鼻先にスライムをつけたままだけど。
「でも、リーリス様とルーシェル君って」
「しぃー! ミルディ、しぃー!」
「うん。兄妹は仲良きことで素晴らしい」
「よろしいのですか、父上」
「え? え? どういうことだ!!」
あー。もー。
大人勢はややこしいから、訓練に戻って下さい!
その後の訓練は、僕にとっては身の締まらないものになってしまった。
僕の頭にずっとリーリスの顔が浮かんでいたからだ。
みんなが変なことを言うからだよ~。
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