第54話 綺麗なお皿の訳
前話の後書きについて、感想欄で反応いただきありがとうございます。
とても勇気づけられました。いつになるかわかりませんが、企画として考えておきます。
ありがとうございました。
講義が終わり、僕は炊事場の手伝いに行く。
すでに料理長のソンホーさんと、他の料理人が集まっていた。
夕飯のメニューの打ち合わせかなと思っていたら、3人が見ていたのはお皿だ。
何故か料理が盛られていない空皿を見て、首を捻っている。
「どうしたんですか?」
僕が声をかけると、ギョッとしたように料理長を含む3人の料理人が振り返った。
ソンホーさんはすぐにムスッと唇を結ぶ。
「なんでもない」
そう言って、持っていた皿を置いた。
「いや、それがね」
1人の料理人が僕に話しかける。ビディックさんといって、ソンホーさんの1番弟子だ。ソンホーさんの次にレティヴィア家で働いていて、主にメイン料理を任されている。
つぶらな瞳と丸い団子鼻が特徴的な優しそうな顔の人で、実際ソンホーさんと違って穏やかな性格の人だ。
ソンホーさんの1番弟子だけあって、料理の腕は確か。師匠を差し置いて、メイン料理を任されているだけはある。
「ビディック、別に言わなくてもいい」
「いや、確認は必要でしょう。万が一、料理に害するものが使われていたりしたら」
「ならとっくにクレームが入っとるわい」
「あの……。どうしたんですか?」
口論になりかけたところで、僕は口を挟む。
ソンホーさんは腕を組んで、ドカドカと足音を鳴らしてどこかへ行ってしまった。
何を怒ってるんだろうか?
「すまないね、ルーシェル君」
「いえ。……それより何かありましたか?」
「そんなに深刻なことじゃないと思うんだ。ただ君に確認したいことがあってね」
ビディックさんは、僕の前に皿を掲げる。
おそらくだけど、これは今朝僕が洗った皿だ。
僕はまさに目を皿にして凝視するけど、何か異常があるように見えない。
白い陶器の部分は魔法灯を鈍く反射し、うっすらと僕の影が映り込んでいた。
「僕、何かしました?」
何がなんだかわからず、僕は首を傾げる。
すると、動いたのはビディックさんの隣に立ったもう1人の料理人だ。
ヤンソンさんという人で、ソンホーさんやビディックさんと比べると一回りぐらい若いエルフの料理人。
種族を表すとんがり耳には民族的なピアスが下がっていて、草原のような柔らかい金髪が揺れている。
釣り目が鋭くて、いつも怒ってるように見えるけど、性格はそこまででもない。
多少ぶっきらぼうなところはあるけど、ソンホーさんやビディックさんに対してはとても敬愛しているのがわかる。
ただ僕が炊事場で働いていると、睨んでくることがある。
料理人にとって聖域である炊事場に、300歳とはいえ、5歳児にしか見えない僕がいることが嫌なのかもしれない。
そのヤンソンさんは、もう1枚皿を取り出した。
「こっちが俺が洗った皿……。で、こっちがお前が洗った皿……。どっちが綺麗だ?」
問われて、一目瞭然だった。
僕が洗った皿の方が断然綺麗だったからだ。
「えっと……。何か悪かったでしょうか?」
「最近、果皮を使った石鹸が出回っているが、粗悪品も多い。うちでは基本的に水か灰汁だけだ。だが、それだけでこんなに綺麗になるわけがない」
「君が間違って、石鹸を使って洗ったんじゃないかって思ってね」
次第に口調に棘が出てきたヤンソンさんに変わって、ビディックさんが最後に優しく僕を問い質した。
ああ、なるほど。
僕はようやく事情を飲み込むと、首を振った。
「使う前に報告すべきでした。ごめんなさい。山では当然のように使っていたので」
「やはり石鹸を?」
「いえ。石鹸は全然使ってません。僕が使っているのはこれです」
僕は道具袋から瓶を取り出す。
コルクの栓を抜くと、ぬるぬるベタベタしたものを指の先に絡め取った。
ビディックさんとヤンソンさんは思わずギョッとする。
サッと血の気が引いていくのがわかった。
「おいおい。もしや、それ……」
「まさかと思うけど、ルーシェル君」
どうやら、察しがついたらしい。
僕は苦笑いを浮かべる。
「はい。アシッドスライムです」
「「やっぱり!!」」
2人は声を揃えた。
アシッドスライムは、通常のスライムよりも酸性が強いスライムだ。
強いといっても、身体に1日中貼り付けても赤く腫れ上がる程度で、結局弱い。
彼らの餌は主に麦などの穀物だ。
何度かこのアシッドスライムのおかげで畑をダメにされたことがある。
見ての通りのスライムだから、猪や鹿除けに張った網なんかはあっさりと通過してしまうからだ。
「うーん。君がスライムを食材にしてるのは知っているし、我々も食べたから美味なのはわかるが……」
ビディックさんが腕を組み、考え込む。
「アシッドスライムは酸性が強いんだろ? さすがに口に入るかもしれないものを洗剤に使うのはなあ」
ヤンソンさんが顔を曇らせる。
「いえ。アシッドスライムも食べることができますよ」
「「え?」」
「舐めてみます?」
僕は指でアシッドスライムの残骸を取ると、ビディックさんとヤンソンさんは舐める。
「「酸っぱっ!!」」
顔を歪ませ、ぺろりと舌を出した。
「なんだ、これ?」
「これ……。酢じゃねぇか」
ヤンソンさんは料理服の袖で口元を拭う。
僕は首肯した。
「ヤンソンさんの言う通り、酢なんです。だから、そのまま使うより水で希釈したり、そこに果汁を混ぜたりすれば料理に使う事も可能ですよ」
ちなみに洗剤として使う場合も、水で希釈して使っている。スライムは基本的に無臭だから、食器に匂いも残らない。
こびり付いた穀物の粒の跡とかも綺麗に落としてくれるのだ。
「こりゃ便利だ」
試しに使って見たビディックさんが、その効果に驚く。
ソースが固まって、ピッタリと貼り付いた汚れも簡単に落としてしまった。それどころか皿についたわずかな黄ばみまで消えている。
「すげぇな」
まさに驚きの白さだ。
ヤンソンさんの目も、洗った皿のように輝いている。
「これならうちで採用してもいいかもな」
「でも、あらかじめ洗剤を使うなら報告はしろよ。お前が危ないもん使ってたら、咎められるのはソンホーさんなんだからな?」
「ヤンソンの言う通りだな。報告・連絡・相談は仕事の基本中の基本だぞ、ルーシェル君」
「ごめんなさい」
ビディックさんとヤンソンさんから注意を受けて、僕は素直に謝った。
2人の言うとおりだ。
これから使う時はちゃんと相談しないと。
「話はまとまったか?」
ソンホーさんが戻ってきた。
どうやら外に出て、一服してきたらしい。若干煙草の匂いがした。
「親方、聞いてください。これ――――」
「小僧が魔獣を使った洗剤でも使ってたんだろ?」
「親方、知ってたんですか?」
「はっ! そんなとこだろうと思ってたよ。――小僧」
ソンホーさんは僕を睨む。
「仕事ってのは、お客さんがいるんだ。客ってのはレティヴィア家のご当主様だけじゃない。もしかしたらここにいる料理人だって、お前の客になる時がある。全員、自分の客だと思って客がして欲しいことを考えろ。いいな?」
料理を提供する人だけじゃなくて、炊事場にいる人全員がお客さんか……。
お客さんのように同僚も大切にするってことかな。
山でずっと1人料理をしていた僕には、思いもしなかった考え方だ。
「はい」
僕は短く答えた。
「よろしい。じゃあ、ディナーの指示を出すぞ」
ソンホーさんは手を叩く。
しかし、この出来事がその後の大騒動に発展することになるとは、僕でも予想ができなかった。
※※ お知らせ ※※
いつも『300年山で暮らしてた引きこもり、魔獣を食べてたら魔獣の力を使えるようになり、怪我も病気もしなくなりました。僕が世界最強? ははっ! またまたご冗談を!』をご愛顧いただきありがとうございます。心温かい感想やTwitterでの感想などを見て、大変勇気づけられております。
さて次回の更新についてのお知らせです。
実は有り難いことに最近書籍化以外のお仕事もいただくようになり、
おかげさまで毎日忙しい日々を送らせていただいております。
ただ複数の書籍化作業にプラスして、別媒体の作業にも集中して取りかからなければならず、
WEBの方の更新まで手が回らないようになってきました。
定期的に更新したいとは頭では思っているのですが、
夏場で身体も悲鳴を上げておりまして、難しい状況です。
また1週間ほどお休みをしようかなと思っていたのですが、
それよりも今目の前のお仕事をきちんとスッキリさせた上で、
更新を続けようと考えに至り、8月30日までお休みいただこうと決意いたしました。
読者の皆様にはご迷惑をおかけしますが、何卒ご容赦のほどよろしくお願いします。
その上で、できればブックマークはそのままにしてお待ちいただけると大変有り難く思います。
ご理解のほどよろしくお願いします。








